監修委員座談会 被災地から日本を変える! 復興事例に学ぶ新しいビジネス

特集 01
監修委員座談会
被災地から日本を変える! 復興事例に学ぶ新しいビジネス

新型コロナウイルス感染症、地震や豪雨などの自然災害、さらにウクライナ情勢や円安の影響など、企業を取り巻く環境は厳しい状況が続いている。
このような状況下でニューノーマル時代を生き抜き、ビジネスを持続的に成長させるためには、どのような考え方が必要なのか。そのヒントは、東日本大震災を乗り越えた被災地の企業の取組にあるはずだ。

ここでは本事例集の監修委員に集まっていただき、本誌で取り上げた優れた事例の解説を交えながら、被災地、そして日本の目指すべき未来を語っていただいた。

INDEX

復興から新たな進化へと移りつつある企業活動

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

2011年3月の東日本大震災から11年以上が経過し、被災地復興の論点が、どのように復興を進めるかということから、新しいビジネスモデルをどのように見つけて、進化させるかに移ってきたように思います。今回の事例でも福島県の株式会社リードは、精度の高いダイヤモンドワイヤで、岩手県の炎重工株式会社は、船舶ロボットや遠隔モニタリング用水中カメラなどで、新たな市場の開拓に取り組んでいます。新しい動きだと思いますね。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

伸びている企業に共通しているのは、「高付加価値商品にシフトする」「販路の拡大や新しいチャネルの開発に取り組む」「人材確保も含めて海外を視野に入れる」のいずれかを進めていることです。たとえば岩手県の丸友しまか有限会社は、地元の高校や大学などとのコラボレーションで商品を開発したり、これまでとは違う販路を開拓したりしています。海外を視野に入れて活動している事例もいくつかありました。中でも宮城県の株式会社菅原工業は、インドネシアからの技能実習生を受け入れるだけでなく、逆にインドネシアに進出し、現地法人を設立して道路整備事業を展開しています。雇用の確保と販路の拡大を複合的に行っているいい事例です。

菅原工業は2015年、インドネシアに合弁会社を設立。道路整備を行っている 菅原工業は2015年、インドネシアに合弁会社を設立。道路整備を行っている
弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
弓削

近年、水産資源の枯渇が問題になっていて、実際に漁獲高は減少傾向にあります。その一方で食生活が世界的に変化し、欧米や中国などでも生魚を食べるようになり、消費量が増えています。そうした状況の中で、魚介類の養殖は進み、陸上養殖といった新しいキーワードも生まれています。欧米や中国などに高く販売できる魚介類、ウニをはじめアワビやマグロ、タイなどの養殖技術は今後さらに重要になると見込まれるので、技術の蓄積に取り組むことが必要です。

求められるマーケットインの発想とデザインの重視

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

魚介類の養殖に当たっては、おいしさや新鮮さを消費者に伝えることはもちろん大切ですが、養殖にはどのような価値や意味があるのかを理解してもらうことも重要です。付加価値の高いものをつくるだけでなく、消費する側がいいものと思えるものをつくることも大切で、いわゆるマーケットインの視点が商品開発に欠かせないと思います。その点で岩手県の有限会社小島製菓が、自社のECサイトを通じて得た顧客情報を生かし、⼦どもの偏⾷・栄養不⾜を解消するクッキーの新商品を開発・販売されたのは、意欲的で面白い試みだと思いました。また、丸友しまかが、ネーミングを含めたデザインを重視することで商品の売り上げを伸ばしているのは、デザインを学ぶ大切さを伝える貴重な事例と言えます。

丸友しまかは”手にとってもらえる”パッケージデザインとネーミングでヒット商品を生み出した 丸友しまかは”手にとってもらえる”パッケージデザインとネーミングでヒット商品を生み出した
弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
弓削

最近の商品展示会などを見ると、パッケージやネーミングに改善の余地のある商品がまだまだ少なくありません。中には、腕のいいデザイナーがつけば大きく変わるだろうと思える惜しい商品もあるので、デザインの力を理解してほしいですね。また、海外への進出には、海外のユーザーが好むものを知ることが大切です。マーケットインの発想が求められるので、専門家がバックアップすることが必要でしょう。

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

高付加価値商品の開発という点では、福島県の株式会社smile farmは、鉢植えとしても、切り花としても人気のある「アンスリウム」に特化して栽培しているのが面白いですね。福島県の株式会社ネクサスファームおおくま株式会社ナラハプラントファクトリーは、新しい技術を用いて、それぞれイチゴとトマトの栽培を行っています。ネクサスファームおおくまのイチゴは、年間を通じて収穫できるそうです。ナラハプラントファクトリーのトマトはJGAPを取得し、高い安全性が売りになっています。このように農業の分野では、全般に新しい技術の導入が活発に行われていて、イノベーションが進み、付加価値の高い商品も生まれてきています。

ナラハプラントファクトリーはJGAPの取得で風評に立ち向かった ナラハプラントファクトリーはJGAPの取得で風評に立ち向かった

水産加工業が抱える課題の解決に必要なこととは

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

今回の事例では、ウニの養殖を行っている岩手県の株式会社北三陸ファクトリー以外にも、「福うなぎ」の名前で養殖ウナギのブランド化に取り組み、「うなおむすび」といった独自商品も開発している福島県のニューフロンティア株式会社など、水産加工関連の事業者が取り上げられています。しかし、被災地全体で見ると、イノベーションが進みつつある農業分野に比べて、水産加工の分野は、総じて厳しい状況に置かれていて課題が少なくありません。地球温暖化の影響からか、「磯焼け」のような海が荒れる現象が見られるようになり、漁期も魚種も変わってしまっています。サンマやシラスなどはとれなくなり、加工品の原料不足は深刻です。その影響は中規模以上の事業者ではまだ耐えられるものですが、零細な小規模事業者では深刻なものになっています。事業者の規模によって明暗の二層化が進んでいるので、業界一律ではなく、それぞれに応じた施策が必要です。また、地域によっても状況は異なります。たとえば宮城県石巻市では、梱包資材の企業をはじめ、味噌、醤油などの醸造業者など、水産加工に関連する産業の集積が進んでいます。取引も域内が約1,000億円、域外が約400億円と幅広いものになっています。それに対して、同じ宮城県でも女川町では鮮魚の販売がほとんど。当然のことながら、必要な施策は違ったものにならなければなりません。

福島県田村市で陸上養殖された「福うなぎ」を使った、ニューフロンティアの「うなおむすび」 福島県田村市で陸上養殖された「福うなぎ」を使った、ニューフロンティアの「うなおむすび」
額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

水産加工業全体がうまくいっていない、ということではないわけですね。

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

そうですね。中規模以上の企業にはいい結果を残しているところもありますし、面白い試みをしている企業もあります。たとえば石巻市では、12の企業が共同でインドネシアからの外国人技能実習生を受け入れています。また気仙沼市の企業では、開発した商品を外国人技能実習生に試食してもらい、海外進出やハラル食品開発のヒントにしています。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

外国人技能実習生のあり方も再考する必要がありますね。これまでのような出稼ぎ型では、賃金の多くは母国に送金されるので、地元にお金を落としてもらえませんし、3〜5年で帰国してしまうので、技術の蓄積も難しい。従来の出稼ぎ労働者では地域の経済がすり減ってしまうので、出身地と地域とのつながりを深め、共に発展していけるような関係にしたいところです。

大きく変わる国際情勢をプラスに活用するために

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

技能実習生の動向は、海外の情勢に左右される面があり、コロナ禍では、多くの技能実習生が来日できなくなって、さまざまな企業や産業に影響を与えました。最近ではウクライナ侵攻や円安といった大きな問題が発生しています。こうした国際的な問題や変化は、技能実習生の動向以外に、被災地に何をもたらしているのでしょうか。

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
弓削

金属加工や樹脂加工などの製造業で、サプライチェーンを国内に戻す動きがあります。円安や国際紛争、災害などによって、サプライチェーンが分断されるリスクが高まっているので、リスクヘッジのために複数のサプライチェーンを確保する必要が生じ、そのひとつを国内に設けようという動きになっているわけです。国内の事業者にとっては、ある意味でビジネスチャンスが生まれたとも言えるでしょうね。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

SDGsの目標では、環境に関するものがクローズアップされがちですが、人権に関係するものも重視されるようになっています。海外の企業や業界では、ビジネスと人権に関するガイドラインなどが作成され、強制的な労働や不当な労働環境の下で生産されたものは使わない、取り引きしない、輸入しないといったことが当たり前になりつつあります。そこに円安なども重なって、国内にサプライチェーンを戻す動きが生じているわけです。被災地の事業者も、この動きをうまく利用したいところですが、注意したいのは「円安で中国などより安く製作できます」といった発想で臨まないことです。それでは安価で受注するだけで、企業の利益にも、従業員の賃金の上昇にもつながりません。「震災で厳しい経験をした我が社なら人権の面でも問題はなく、サプライチェーンが分断されるおそれもないので、安心して発注できます」とアピールすべきです。人権と環境の面で問題のない社会をつくるというのは、今後も揺るがない世界的なトレンドだと思います。

従来にはない新しい発想で進めたい企業活動

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

今回の事例で気づいたのが、地域の産業や自治体との連携です。これからの被災地復興へのヒントがあるように思いました。たとえば、岩手県の農事組合法人宇部川ファームでは、特産の短角牛が食べる籾米サイレージを作っています。農畜連携の一環として行われているもので、農家が籾米サイレージを提供する例はあまりないそうです。福島県の有限会社ふるさとのおふくろフーズでは、自治体などの協力を得て、地元の女性たちが中心になって、伝統の「凍み餅」の生産に奮闘中です。いずれも地域との連携のあり方を考える上で 、格好の参考例と言えます。

「籾米サイレージ」を食べる短角牛。畜産側ではなく、宇部川ファームのような農家が飼料を作る例は珍しい 「籾米サイレージ」を食べる短角牛。畜産側ではなく、宇部川ファームのような農家が飼料を作る例は珍しい
弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
弓削

コロナ禍によって、リモートでの勤務や商談などが当たり前のものになりました。IT を活用すれば、東京や大阪などの大消費地に出かけなくても商品の売り込みができるとわかったのは、被災地にとっても大きいと思います。これからは、進化しているオンライン展示会の活用も考えてほしいですね。

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

売り方については、引き続き研究してほしいですね。円安で輸出が増えることを考えると、海外への売り込みについては、もう一歩踏み込んだ工夫が必要になると思います。また、リモートという観点では、Wi-Fi環境や住環境などが整えば、被災地でリモートワークをしたいという人も増えるはずです。こちらも実現には自治体との連携が欠かせませんね。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

被災地では沿岸部の造成が終わって、更地が広がっているところが少なくありません。それを「空き地が多い」「復興が進んでいない」ととらえるのではなく、「可能性のある貴重な財産がある」と考えて、活用を考えてほしいと思います。東日本大震災の発生当時とは、日本社会も世界も状況が変わっているわけですから、話題に上がった陸上養殖など、今までの発想の延長線上ではない使い方を考えることが必要でしょう。大きなビジネスチャンスがある土地ととらえることが大切です。

ソーシオは宮城県女川町の津波跡地でオリーブ栽培を行う  農業法人 株式会社ソーシオは宮城県女川町の津波跡地でオリーブ栽培を行う

「女性」「多様性」「学び直し」がキーワードに

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

海外の人権問題でサプライチェーンが国内回帰するというお話がありましたが、身近な人権というか、被災地における働きがいや幸せな働き方といったものも考えたいですね。また、女性の活用や、さまざまなタイプの社員が活躍できるダイバーシティの実現なども重要なテーマになります

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
弓削

福島県のリードは「学び直し」、つまりリカレント教育に力を入れています。リカレント教育は、大手企業では当たり前のものになりつつありますが、中小企業ではまだまだこれからです。マーケティングや経営、管理といったことを学び直す社員が増えれば、企業としての次の展開も見えてくるはずですから、新しいことを学ぶという姿勢を大切にしてほしいと思います。

かつては離職が多かったというリード。労働環境の改善や人材育成に取り組み社員の成長へつなげた かつては離職が多かったというリード。労働環境の改善や人材育成に取り組み社員の成長へつなげた
田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

働き方改革やダイバーシティなどについて、面倒だとか難しいとか、マイナスに考える経営者が少なくありません。しかし、社員が生き生きと働ける環境になれば、企業にとって大きなプラスになるはず。ぜひ、前向きにとらえたいですね。

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

知り合いのドイツ人から、東北は多様性に富んでいると言われたことがあります。各県それぞれに違いがあり、さらに四季によっても違うと言われたのですが、その多様性を実は東北ではあまり理解されていません。東北や日本を理解するためには、異文化を知ることが欠かせませんが、東北からの出国者数はほかの地域と比較して少ないというデータもあり、東北の海外理解は進んでいないところがあります。インバウンドを期待する前に、やるべきことが少なくありません。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

東北から外に出て行かなければ、外からも東北に来ないということです。発信が無いと受信も無い。東北のインバウンドについては、まだまだ伸び代があると考えて取り組みたいものです。

より幅広い事例集の活用を実現するために

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

今回から事例集はWebに移行します。Webでの情報発信の意義や特性といったことをどうお考えでしょうか。また、Webへの移行で期待できることを聞かせてください。

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

大学の授業で使う資料なども事前にオンラインにアップする方式に変わっています。Web情報として気になるキーワードで検索できるようになると、学生をはじめ若い人にとって、なじみやすく使いやすい事例集になりますね。動画で事例紹介ができれば、若い人にさらにアピールできるものになると思います。アフターコロナをにらんで被災地のさまざまな産業の復興と観光をうまくつなげていくことが大切ですが、みなさんが東北の旅のプランを考えるときなどに気軽に検索に引っかかり、現地のことについての関心と知識を深める事例集になっていってほしいです。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

Webだと海外の人でも読めるものになるというメリットがあります。最近の自動翻訳は性能が向上しているので、日本語の事例集でもある程度は理解できるものに翻訳することができますが、ハードコピーでは、当然のことながら翻訳機能をまったく使えません。海外とつながることが、これからの企業には求められるので、その点でWeb移行は重要です。

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
弓削

事例集のURLを二次元バーコードに変換し、さらにシールにして配ることを提案したいですね。シールを関係各所の店頭や窓口、商品のパッケージやパンフレットなどに貼ってもらい、スマートフォンで簡単に読み取れるようにして、拡散を図るわけです。また、TwitterやFacebookなどのSNSでも発信すれば、リツイートするなどによって、私たちも拡散に協力できます。

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

Webへの移行によって、事例集はさらに多くの人の目に触れることになりそうです。これまで以上に、事例集が活用されることを期待したいと思います。

PROFILE - プロフィール

柳井 雅也(やない・まさや)氏
東北学院大学 教養学部 地域構想学科 教授

柳井 雅也(やない・まさや)氏

法政大学大学院人文科学研究科地理学専攻博士課程中退。岡山大学文学部助教授、富山大学経済学部教授を経て現職。東日本大震災後の復興政策について論文を発表。富県宮城推進会議幹事(宮城県)、多賀城市復興構想会議会長、石巻市・山元町復興有識者会議委員、仙台市復興推進協議会長、復興庁ハンズオン事業等を歴任。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
一般財団法人ダイバーシティ研究所 代表理事

田村 太郎(たむら・たろう)氏

兵庫県伊丹市生まれ。阪神・淡路大震災で外国人支援や復興まちづくりに従事。2007年1月からダイバーシティ研究所代表として、CSRや自治体におけるダイバーシティ戦略に携わる。東日本大震災後は東北での被災者支援や復興にも参加。2012年2月より復興庁上席政策調査官となり、2014年4月からは復興推進参与としても東北復興に携わる。

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
日本女子大学 家政学部 家政経済学科 准教授

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏

一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。商学博士。生活者の視点を大切にしながら、地域経済の持続のダイナミズムとジェンダー・ダイバーシティ・マネジメントの2つの領域の研究に取り組む。平成26年度新産業集積創出基盤構築支援事業「地域産業活性化研究会」委員(経済産業省、2014年10月~2015年2月)。

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
株式会社エスト・コミュニケーションズ 代表取締役
日本工業大学大学院 技術経営研究科 教授

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏

東京・浅草生まれ。法政大学法学部卒業。クリエイターとして商品開発、広告・販促キャンペーンを成功させる。1994年、株式会社エスト・コミュニケーションズ設立後は「ものづくりマーケティング」を標榜し、日本の土台である中小製造業を、その下から支えるコンサルタントとして活動。

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