株式会社ネクサスファームおおくま

株式会社ネクサスファームおおくま

【福島県大熊町】

経営的な視点で農業を見直し
人と機械が役割分担して働く

企業情報

  • 企業名 株式会社ネクサスファームおおくま
  • ヨミガナ カブシキガイシャネクサスファームオオクマ
  • 業種 農業
  • 代表者 島和広氏[代表取締役]
  • 所在地 福島県双葉郡大熊町大字大川原字西平2127
  • TEL 0240-23-7671
  • WEB https://nexus-f.co.jp
  • 創業年 2018年
  • 資本金 2億8,000万円
  • 従業員数 18人
  • 売上高 9,940万円

企業概要

大熊町より太陽光利用型植物工場を借り受け、イチゴを栽培・販売する。2019年から生産を開始。経営的な視点で農業を見直し、人と機械の分業化で誰でも働ける、安定的で継続可能な農業を目指している。「ポットスライド型高設養液栽培」により労働負荷を軽減し、農作業を楽にする工夫を行っている。「環境制御システム」を導入し、栽培環境、作業環境、経営環境のバランスを考えた効率的な栽培を実施。

新たな町の産業構築へ。食のプロフェッショナルが経営に尽力

東日本大震災により発生した福島第一原子力発電所の事故。発電所の施設が立つ大熊町は、大きな被害を受けた未曽有の出来事から10年以上が経過しても、町の約5割の面積が帰還困難区域に指定されている。避難を余儀なくされた住民約1万人に対し、2022年10月現在の町内居住推計人口は1,000人にも満たない。

このような厳しい状況の中でも町は、復興に向けて着実に歩みを進めている。町は「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を2017年10月、国に申請。翌月には認定を受け、復興へ歩み始めた。その復興再生計画に含まれる「営農再開」 の先駆けがイチゴの栽培だ。

イチゴ栽培は「営農再開」の先駆け イチゴ栽培は「営農再開」の先駆け

原子力発電所が地域雇用を創出し、産業基盤をつくり上げた大熊町だが、古くから農業や果実の生産も盛んだった。町には、「フルーツの香り漂うロマンの里」というキャッチフレーズもあった。

町の伝統産業である農業を新たなビジネスとして確立し、復興をアピールして、雇用を生み出すことで町民の帰還を促す。その事業を行うのが株式会社ネクサスファームおおくまだ。町が100%出資する第三セクターとして、町が整備した施設を借用する形でイチゴの栽培を行っている。

その工場で指揮を執っているのが取締役兼工場長の徳田辰吾氏だ。元々料理人でもある徳田氏は、さまざまな食のビジネスに携わってきた。東日本大震災後、宮城県の食品加工会社の再建に尽力し、黒字化するまで経営を立て直した実績を持つ。

取締役兼工場長の徳田辰吾氏は食のプロフェッショナル 取締役兼工場長の徳田辰吾氏は食のプロフェッショナル

そんな徳田氏にかつての仕事の先輩から、大熊町でイチゴ栽培を行うので、協力してもらいたいという話が届く。しかし、すぐに受けることはなかった。

「話をもらった時は一度断ったんです。イチゴ栽培に興味がありませんでしたし、自分が納得できる内容ではなかったから。その後、大熊町の考えを聞かせていただいたり、自分の仕事に対するスタンスを伝えたりとやり取りさせていただき、双方納得の形で参加させていただきました」。

数多くの食のビジネスに関わってきた徳田氏には3つのこだわりがある。1つは、家族を養えるだけの収入を得て生活ができるか。2つ目は、つらいことがあっても、嫌なことがあっても、自分のモチベーションを保ち楽しんでできるか。最後は、自分のやることが誰かのためになるか。「イチゴ栽培に関わろうと決めたのは、この条件がそろったことが決め手だったと教えてくれた。

24時間コンピューター管理で、夏秋イチゴの栽培に成功

ネクサスファームおおくまは、イチゴの栽培工場としては東北一となる敷地面積約4.8haを誇る。栽培施設および栽培関連施設は約2.8haで、約15万株のイチゴが栽培可能だ。施設内では、1株1ポット栽培を行う「ポットスライド型高設養液栽培」を採用。地上から約1mの高さに設置されたベンチにスライドコンベヤーでポットをセットしていく。

給液パイプを通して養液を自動供給 給液パイプを通して養液を自動供給
ハウス栽培用のヒートポンプ ハウス栽培用のヒートポンプ
ハウス栽培に欠かせない温風暖房器 ハウス栽培に欠かせない温風暖房器
作業を自動化した栽培システム 作業を自動化した栽培システム

イチゴ栽培を行うビニールハウス内は24時間コンピューターで管理されており、水と肥料を混合した養液も自動で一株ごとに給液パイプを通して供給される。室内には約60個のセンサーを設置し、温度、湿度、日射量、二酸化炭素などを感知。その数値を基に、天窓、保温カーテン、遮光カーテン、ミスト、循環扇、ヒートポンプ、加温機、LEDライト、CO2局所制御、株元温度制御などが連動し、イチゴにとって最適な環境が整えられている。

収穫後は、5℃に設定された予冷庫で鮮度を保ち、放射性物質非破壊検査装置で全量検査を実施。4kgから5kgのイチゴをおよそ1分で検査し、終了したものから一粒一粒重さや形、色、傷のルールによって選別され、トレーに並べられるという。ここまで徹底した品質管理を行うのは、福島でも安全なイチゴを栽培できるという証しであり、販売先の安心感につなげるためだ。

収穫したイチゴを選別してトレーに並べる 収穫したイチゴを選別してトレーに並べる

充実した設備を整えたことで、この地域では困難といわれた「四季なりイチゴ(夏秋イチゴ)」の栽培を可能にしている。消費者がよく目にするものは「一季なりイチゴ(冬春イチゴ)」で、冬から春に栽培、収穫されるもの。「四季なりイチゴ」は、洋菓子店などに提供され、ケーキなどに使われている。

「初めて計画の概要を見た時は、冬春イチゴのみの栽培が予定されていました。しかし、農業という視点だけではなく、植物工場のビジネスモデルをつくる上では、需要がある夏秋イチゴの栽培も重要でした。お客さまのニーズを調査し、ニーズに合ったイチゴについて、いかにして生産できる設備、生産方法をつくり上げるのかが重要となります」。

冬春イチゴは赤く熟した状態、夏秋イチゴは赤みを帯びない状態で収穫する。その両方を栽培するのが強みだ。夏秋イチゴは実をそのまま食べることはほとんど無く、ケーキを含めたお菓子、ホテルなどの食事、加工品に使用される。冬春イチゴだけでは栽培期間が短く出荷場所や数も限られるので、市場で需要の多い夏秋イチゴの栽培も行って、売り上げを立てている。

栽培したものをどこに売るかという出口戦略を固めた上で栽培に踏み切った裏には、食品を扱う料理人として、また、商品開発や品質管理など食のビジネスにさまざまな立場からも関わってきた徳田氏の考えが反映されている。

旧来のスタイルにとらわれず生産性の向上を果たす

ネクサスファームおおくまでは、農業経験者に限った雇用はしていないという。農業の新しいビジネスモデルを構築するという思いがあるからだ。

「イチゴ栽培を経験している人は、当然たくさんの経験と知識を持っています。その半面、自分がやってきたことへのこだわりも強く、変化に対応することができないことが多い。まして、この会社では前例が無いことに挑戦しているのですから、失敗したらやり方を変える必要がある。スピード感も早く、工業的、商業的な考え方が必要になります。そういった点では、農業未経験者の方がスムーズに仕事に対応していけることが多いです」。

農業の固定観念にとらわれることなく、さまざまな手法にチャレンジしていく。そして町に新たな産業を根付かせるという目標がある。だからこそ未経験者がチャレンジし、成功させて実績をつくっていけばイチゴ栽培に対するハードルが下がり、興味を持つ人も増えてくる可能性がある。「将来的に、町の人たちがみんなイチゴに詳しくなれば面白い。10年、20年後には、いつのまにか大熊町はイチゴの町になったねという声が聞こえてきたらいいな」と徳田氏。

農業未経験者たちがイチゴ栽培に取り組んでいる 農業未経験者たちがイチゴ栽培に取り組んでいる

2019年4月には本格的な栽培が始まった。それから3年半の歳月が流れ、さまざまなデータも蓄積され、品質改善はもちろん、生産性も向上しているという。

「従業員の労働については、個人単位、1分単位、1g単位、1トレー単位で仕事の内容をタブレットに入力してもらい記録しています。そこから得たデータを基に、それぞれの生産性を把握し、生産性が上がらない人がいれば、どうすれば上がるようになるか一緒に考えて、会社全体として生産性、作業効率の向上につなげています」。

会社として農業に取り組むからこそ、ルール管理も徹底している。ビニールハウスに入る際は専用の靴に履き替える。手を洗った後は乾かし、アルコール消毒をする。当たり前のことだが、守れない人も一定数いるという。だからこそ徳田氏は、「当たり前のことを当たり前にやりましょう」と従業員を教育している。

多くのデータが蓄積され、生産性も作業効率も向上している 多くのデータが蓄積され、生産性も作業効率も向上している

事業を引き継げる人材を育てるフェーズに突入

町の新しい産業構築へ向けて前例が無いことに挑戦しているネクサスファームおおくま。人材不足もあり、稼働率100%には届いていないが、安全なイチゴを栽培するという実績は積み重なっている。

「農業未経験の私たちでも、イチゴの周年栽培を行っているという実績はつくれました。会社を設立した際に、ここではイチゴは栽培できないと言う有識者もいましたが、今ではより良い栽培をするためのアドバイスも頂けるようになりました。事業をスタートする時点では『福島のいちごはね……』と抵抗を示していた方や業者様からも、購入のお問い合わせを頂いています。そうした効果が表れているので、人数を増やして生産量を上げていきたいです」。

大熊町の新たな産業としてイチゴ周年栽培を根付かせる 大熊町の新たな産業としてイチゴ周年栽培を根付かせる

現在の社員数は18人。当初の計画通りに稼働率を100%にするためには、あと30~40人の人材が必要だという。町内居住推計人口が1,000人にも満たない町にあって、新たな人材の確保は困難を極めるが、グローバルGAPを取得し安全なイチゴであることをアピールするなど、今できることを必死に行っている。

最後に徳田氏は「私がいなくなってもいいように、今、人材育成に力を入れています」と教えてくれた。

「毎日、従業員が確実にステップアップして、次の仕事ができるようになっている実感もあります。これからは、私が指示しなくても、自分たちでしっかりと考えてアイデアを出して、改善していける環境をつくることが大事。あと1年ほどを目安に次期工場長や次期管理部長にステップアップしてもらい、私がやっている仕事を引き継いでいきたいです」。

自身がやってきたことを引き継ぐことこそが会社の繁栄につながり、イチゴ栽培が町の新たな産業として根付くきっかけになる。フルーツの里・大熊町を復興させるため、徳田氏の挑戦はまだまだ続く。

課題

・当初の事業計画書では冬春イチゴのみの栽培を予定していた。しかし、その計画では会社としての利益が生まれにくいことが判明。

・町内居住推計人口が1,000人にも満たず、高齢者が多数を占める町において、どのように雇用を増やし、労働力を確保するか。

解決策

・計画を変更して、夏秋イチゴの栽培にも着手。販売経路を確立させて経営の効率化を図る。

・農業未経験者、他業種経験者の積極的採用を行い、生活スタイルに合わせた働き方の多様化にも対応。

効果

・夏秋イチゴは洋菓子店やホテルなどへ数多く出荷。冬春イチゴと併せ、グローバルGAPの取得で安全性をアピールしながら販路を拡大している。

・農業未経験者の農業へ対する疑問や、他業種経験者の知識、経験が新しいアイデアを生み、より良い農業、より良い会社づくりに生かされている。

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