三陸産ではなく“北三陸”ブランドへ洋野町産海産物の魅力を世界へ発信

株式会社北三陸ファクトリー

【岩手県洋野町】

三陸産ではなく“北三陸”ブランドへ
洋野町産水産物の魅力を世界へ発信

企業情報

  • 企業名 株式会社北三陸ファクトリー
  • ヨミガナ カブシキガイシャキタサンリクファクトリー
  • 業種 水産養殖業/食料品製造業
  • 代表者 下苧坪之典氏[代表取締役CEO]
  • 所在地 岩手県九戸郡洋野町種市第22地割133-1
  • TEL 0194-75-3548
  • WEB https://kitasanrikufactory.co.jp
  • 創業年 2018年
  • 資本金 1,000万円(内資本準備金500万円)
  • 従業員数 30人
  • 売上高 非公開

企業概要

水産業の家系で育った代表取締役の下苧坪之典氏が、地元・洋野町で2010年に起業した「株式会社ひろの屋」の戦略的子会社。稚ウニを沖に放流し、約2年自然の環境で育てた後、豊富な昆布が生い茂る漁場に移し、最高品質の天然ウニに仕上げる「うに牧場®」ブランドを展開する。「洋野うに牧場の四年うに」などの商品を次々と発売するほか、「北三陸うみの学校」など多角的な事業も手がけている。

2010年に生まれ故郷で起業。掲げた目標は「北三陸の世界ブランド化」

岩手県沿岸部の最北端に位置する洋野(ひろの)町。昔から水産業が盛んなこの町で、水産業を営む家庭に生まれ育ったのが、株式会社北三陸ファクトリー代表取締役CEOの下苧坪(したうつぼ)之典氏だ。

今回お話を伺った下苧坪之典代表取締役CEO 今回お話を伺った下苧坪之典代表取締役CEO

大学卒業後は県外の都市部でサラリーマン生活を送っていたが、父親の体調悪化を受け、人生の大きな転機を迎えることとなる。

「父親から店を畳むという話を聞き、自分が地元のために役に立てることは何かないかと考えるようになったんです。『自分も水産業の道を歩もう』という漠然とした思いで、サラリーマンを辞める決断をしました」。

2009年、洋野町に帰郷。その翌年、株式会社ひろの屋を設立し、新たなスタートを切った。事業を引き継ぐのではなく起業した背景には、「洋野町の水産業を変えたい」という思いがあった。

「この町は、人口も減って、地域そのものが疲弊している。経済を回していく人が少なくて、未来は明るくないと思ったんです。悪い流れを断ち切って、新たな展開を仕掛けていくことで、地元に昔のようなにぎわいを取り戻すことができれば、という思いが根底にありました」。

しかし、そう意気込んでいた直後、東日本大震災が発生。洋野町の水産業も大きなダメージを受けた。だが、ピンチはチャンスと言わんばかりに、下苧坪氏はこの状況を前向きに捉えた。

「人口が減っていけば当然、漁師の人数、加工業者の数も減っていく。このままでは、今まであった地域一連のシステムが崩れると危惧しました。その一方、人数が減ればその分チャンスも増えるのではないかと思ったんです」。

下苧坪氏が目を付けたのが、洋野町産の海産物のブランド化だ。洋野町にはウニやアワビなど全国に誇れる海産物がたくさんあるものの、これまでは「三陸産」とひとくくりにされて出荷、販売されているケースが多いことに着目した。

水揚げされたばかりのウニ。 水揚げされたばかりのウニ
大粒で、身がぎっしりと詰まっている 大粒で、身がぎっしりと詰まっている

キタムラサキウニが本州随一の水揚げ地であるこの町の存在意義を考えた末に生み出したのは、「北三陸」のブランド化。今まで以上に商品自体の付加価値を高めていこうと決意した。

マーケットインの精神を忘れず、「最高においしい商品」を顧客に提供

2013年11月に、地域の食文化や食産業の復興支援を目的とした「キリン絆プロジェクト」に採択されたことで事業を本格化。2014年7月に「北三陸 世界ブランドプロジェクト実行委員会」を発足し、同年8月にはひろの屋の戦略的スピンアウトブランド「北三陸ファクトリー」を立ち上げた。

その中で、ブランドの目玉商品として開発を進めたのが「洋野うに牧場の四年うに」である。まずは孵化させ、1年間栽培漁業センターで育てた稚ウニを沖に放流。約2年間外洋に放ち、最後の1年は昆布が生い茂る増殖溝「うに牧場」に移す。計4年をかけてつくり育てるウニはすこぶる身入りがよく、うまみも抜群だ。

この「うに牧場®︎」は下苧坪氏が命名した。名付けた当初は、周囲の反発も多かったという。

「うに牧場と名付けた瞬間に、漁師さんたちから怒られましたね。『ここのウニは養殖じゃない、天然なんだ』と。ただ、その工程を消費者に伝えなければ、商品価値は高まらない。新しいものを作って、評価していただく、それを続けることでしか道は切り開けませんでした」。

数多のウニが放牧されている「うに牧場」。干潮時には、ひしめく昆布の中にウニが見える 数多のウニが放牧されている「うに牧場」。干潮時には、ひしめく昆布の中にウニが見える

2016年7月、いよいよ「洋野うに牧場の四年うに」の販売を始めると、程なくして注文が殺到。多くのメディアにも取り上げられ、たちまち人気商品となった。

「漁師さんも私の考えを受け入れてくれて、今は誇りを持って働いてもらっています」。

下苧坪氏が経営の信条として掲げるのは「マーケットイン」の精神。漁師から1円でも高く買い上げた上で、可能な限り利益を出すという考えだ。それには、水産業の町で生まれた人間だからこその熱い思いがある。

「いかに安くして売るかを重視してしまうがために、添加物をたくさん入れてしまう加工業者も少なくありません。でも、私たちはあくまでも、お客さまに対して最高においしいものを提供したいと思い、商品開発をしています。まずは漁師さんたちへ少しでも多く還元できるような価格で出荷をして、その後に、食べてくれる方々の喜ぶ顔を想像する。生産者の背景やストーリーを大切にしてくれているお客さまに向けたマーケティングを常に行っています」。

注目を集める「うに再生養殖システム」 環境問題にも果敢にアプローチ

2018年、それまでひろの屋のブランドだった「北三陸ファクトリー」を株式会社化。その後も「UNI&岩手産バターSPREAD」など、数々のヒット商品を生み出し、洋野町のウニの新たな食シーンを拡大していった。

水揚げしたばかりの旬のキタムラサキウニで作る、濃厚な風味の「UNI&岩手産バター SPREAD」 水揚げしたばかりの旬のキタムラサキウニで作る、濃厚な風味の「UNI&岩手産バター SPREAD」

しかし、近年は気候変動も影響し、ウニの水揚げは大幅な減少傾向にある。特に、海藻が枯渇して藻場が砂漠化してしまう「磯焼け」は顕著で、全国的に漁業関係者の頭を悩ませる問題となっている。

そうした環境問題を解決しようと同社で始めたのが「うに再生養殖システム」である。

磯焼けの原因は昨今の気候変動のみならず、主に春先に身入りの悪いウニ(いわゆる磯焼けウニ)が昆布の芽を食い荒らしてしまうことでも発生する。そこで同社ではその磯焼けウニを捕獲し、ウニのために特別に開発した餌を与えた。磯焼けの問題を解決すると同時に、身入りのいいウニを育てる試みだ。

「北海道大学や大手企業、研究者らと研究開発を行い、栄養たっぷりの餌を作ることができました。養殖ウニではありますが、餌がいいのでおいしくなりますし、安定して餌が供給できるので、季節を問わず1年通して養殖できるという利点もあります」。

2018年よりトライアルを始めた「うに再生養殖システム」は、場所を選ばず、さまざまな土地環境に応じたオーダーメードの養殖ができるとあって、瞬く間に注目が集まった。今では海外からも視察に訪れるほど、革新的な事業として広まっている。

研究開発した餌には、昆布など海藻の養分が多く含まれる。磯焼けウニを取り尽くした漁場は藻場が枯渇しているため、そこに新たな昆布等の種を蒔き、北海道大学と共同開発した栄養塩と呼ばれるウニ殻を使ったミネラルのブロックを配置。堆肥ブロックを栄養に、藻場が再生されていくのだという。

「私たちにとって、環境の変化は死活問題。そもそも海藻が生えなければ、おいしいウニやアワビが採れませんから。昨今、SDGsという言葉が叫ばれていますが、私たちにとってサステナビリティは当然の話。こうした取り組みは、次の代につなぐためにも必要なことです」。

「世界の洋野町」として、グローカルな視点でビジネスを展開

2021年から稼働している新工場。セレクトアンテナショップ「北三陸エクスペリエンス・ザ・ストア」を併設している 2021年から稼働している新工場。セレクトアンテナショップ「北三陸エクスペリエンス・ザ・ストア」を併設している

東日本大震災から10年が経過した2021年には、株式会社ひろの屋から株式会社北三陸ファクトリーに加工・販売事業のすべてを移管。北三陸のブランディングに向けた取り組みも新たなフェーズへと突入した。

近年、同社で推し進めているのが「北三陸うみの学校」と呼ばれる教育事業。ビーチクリーンや水産物のトレーサビリティについての研究開発を行ったり、地元の小中高校に出向き講義したりすることで、この地域の豊かな海の自然を守り、次世代につなげる狙いがある。

「北三陸うみの学校」で開催したビーチクリーン活動の様子 「北三陸うみの学校」で開催したビーチクリーン活動の様子

「どんな人が、どうやって収穫して、どんな風に加工して、商品が世に出て行くのか。それを知らないこどもたちがこの地域でもたくさんいます。これから10年、20年たった時に、水産業で働いている若者を1人でも増やしたい。彼らは大事な財産です。地域の未来を明るく照らす、いわば“人財”を育てていきたいと思っています」。

東日本大震災で甚大な被害を受けながらも、地域の資源を大事に育て、「北三陸」の水産物の価値を世界に発信している下苧坪氏。「地域と水産業の未来を創る」という同社のミッションの下、今後は海外へも積極的に展開して、その価値をさらに高めようと意気込む。

「2022年10月からはオセアニアエリアでの現地法人を設立し、海外事業を本格的に進める予定です。私たちの地域は『人』がボトルネックであり、特に水産業は今後、厳しい立場に置かれることが予想されます。そうした中、会社として生きていくために、地域に根差すことだけがすべてではありません。この洋野町で生まれた商品や技術、アイデアはたくさんあります。岩手で生まれたビジネスモデルをグローバルな視点で展開していくことが、これからの鍵になってくるはずです」。

岩手の枠を飛び越え、「日本の洋野町」、そしてゆくゆくは「世界のHIRONO」として誇れる企業になるために。同社の飽くなき挑戦はこの先も続いていく。

課題

・人口減少による過疎化が進み、地域のにぎわいが減少。東日本大震災のダメージもあり、水産業も衰退の一途をたどっていた。

・洋野町には素晴らしい漁場があるにもかかわらず、商品の出荷時には「三陸産」としてひとくくりにされてしまっていた。

解決策

・「北三陸」のブランド化に着手。海藻が繁茂する増殖溝を「うに牧場」と名付け、洋野町の水産物の付加価値を生み出した。

・北海道大学などと共同で「うに再生養殖システム」を研究開発。場所や季節を問わず、1年を通じてウニを養殖できる環境を実現した。

効果

・高価格で高品質の海産物が顧客から好評を博し、ヒット商品を連発。マーケットインを推進することで、地元の水産業もにぎわいを取り戻しつつある。2025年には売り上げ30億円を目標に掲げる。

・「うに再生養殖システム」は海外からも注目を集め、グローバルなビジネス展開も可能に。2022年10月からはオセアニアで現地法人を設立し、海外事業を本格的に進めるための実行可能性調査を実施。

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