株式会社smile farm

株式会社smile farm

【福島県川俣町】

リサイクル素材を活用した栽培で咲き誇る
「復興の花」を日本一のブランドに

企業情報

  • 企業名 株式会社smile farm
  • ヨミガナ カブシキガイシャスマイルファーム
  • 業種 農業
  • 代表者 谷口豪樹氏[代表取締役]
  • 所在地 福島県伊達郡川俣町山木屋字向東山5-9
  • TEL 070-4084-2799
  • WEB 無し
  • 創業年 2021年
  • 資本金 100万円
  • 従業員数 6人
  • 売上高 非公開

企業概要

代表の谷口豪樹氏は埼玉県出身。東日本大震災の2年後に前職で福島県に転勤となり、休日に農家の手伝いをする中で農業に魅せられ、脱サラ・移住を決意して2018年に川俣町で新規就農。熱帯植物であるアンスリウムを、土ではなく古着をリサイクルした「ポリエステル媒地」で栽培し、IoTの導入により管理の大幅な自動化を実現。2021年に法人化し、新たにイチゴやブルーベリーの栽培も始め、観光農園の開園を目指している。

転勤が人生の一大転機。義父、義母から感じた「農家のかっこよさ」

福島県の県北地方に位置する川俣町山木屋地区。ここは東日本大震災で発生した福島第一原子力発電所の事故の影響で計画的避難区域となり、住民が生活することができなかった場所だ。

現在、この地区で南国の花「アンスリウム」の栽培を手がけているのが株式会社smile farm代表取締役の谷口豪樹氏だ。前職はゴルフ用具販売店に務めていたが、2013年に福島市へ転勤したことがきっかけで新しいチャレンジが始まる。

避難先でも花卉栽培を続ける義父、義母の姿に心を打たれたと語る代表取締役の谷口豪樹氏 避難先でも花卉栽培を続ける義父、義母の姿に心を打たれたと語る代表取締役の谷口豪樹氏

「転勤して妻(川俣町山木屋地区出身)と出会い、優しさや面倒見の良さに触れるうちに漠然と『移住してもいいな』と思うようになりました。ところが、また他県への転勤の話があって、それなら仕事を辞めてこっちで生活しようと。今思うと自分でもよく決心したなと思います」。

周りも驚く思い切った決断をした谷口氏。前職関係の仕事をしながらも福島の復興のために何かできることはないかと思っていた。しかし、日々の仕事や暮らしの中で、その思いが現実に結び付かないことに悩んでいた。

「壊れた建物が建て替えられたり道路が整備されたりと、物理的な復興は進んでいましたが、福島はちょっと事情が違います。この山木屋地区だって知らない人が見たら山に囲まれたどこにでもある風景ですが、2017年までは人が住めない土地でした。見た目が変わらないからこそ、余計に心が苦しかったです」。

もやもやした思いを抱えながら日々を過ごしていたが、避難先でも家業の花卉(かき)栽培を続けていた義父、義母の姿を見て心を打たれた。

「妻の父は被災した翌年に、避難先で土地を借りて小菊栽培を始めました。元々この辺りでは大きな花卉農家だったので、避難先で働かなくてもいいのではと思いましたが、ある時、働く姿がとてもまぶしく、かっこよく見えたんです。それからですね、『自分も人生を懸けて農業をやろう』と思ったのは」。

川俣町山木屋地区で花卉農家として新規就労した 川俣町山木屋地区で花卉農家として新規就労した

そう決めたのが2017年。ちょうど川俣町山木屋地区の避難指示区域が解除となった年でもある。生活することができるようになったとはいえ課題が山積するこの場所で、谷口氏は花卉農家として新規就労する。

「右も左も分からない状況に不安はありましたが、自分が決めたことですし、前に進むことしか考えていませんでした」。

避難指示区域だった町で「南国の花」を栽培する

花卉農家へと転身した谷口氏が選んだ花は、コロンビアやエクアドルなどの熱帯アメリカから西インド諸島が主な原産地のアンスリウム。近年は生花店などで見かけるようになったが、日本で出回っている95%が輸入花で、国産花は5%程度しかない。

南国の花アンスリウムを栽培 南国の花アンスリウムを栽培

福島第一原子力発電所の事故により避難指示が出された地域では、避難指示の解除後の営農再開が課題となっていた。そうした中で、花の栽培は他の農産物に比べて風評の影響を受けにくいため、花を地域の新しい名産品にしようという動きが各地で起こった。

川俣町は元々トルコギキョウのブランド産地だったが、アンスリウムは、東日本大震災からの早期復興を支援するため、近畿大学による「“オール近大”川俣町復興支援プロジェクト」の一環として、2013年から実証栽培が行われていたものだ。

川俣町では2018年から、アンスリウムの栽培を本格的に始めた。この栽培には土壌の代わりに、ポリエステルをリサイクルした「ポリエステル媒地」という綿のような手触りをした素材と肥料を活用する手法が用いられている。土に比べ連作障害が起きにくい、難しい作業がいらない、再利用もできるなどのメリットがある。

2017年には町内11農家が「川俣町ポリエステル媒地活用推進組合」を設立。町内の11カ所に栽培用のハウスを整備した。谷口氏もその一員として参画し、アンスリウム栽培を始めた。

「川俣町で南国の花の栽培が本当にできるのか? ポリエステル媒地とは? ということから頭を整理しなくてはいけませんでした。それでも『やる』と決めたからには後戻りはできないと腹をくくりました」。

土ではなくポリエステル媒地と肥料を活用した栽培を行う 土ではなくポリエステル媒地と肥料を活用した栽培を行う

花や作物を栽培する上で大事なのは「土壌を作ること」といわれ、栽培するものによって土壌も変えなくてはいけないとされている。しかし、ポリエステル媒地そのものには肥料成分が含まれないため、栽培品目にかかわらず生育に適した肥料を用いることで、高品質のものを栽培することが可能とされる。

「実証栽培を重ねてできた栽培マニュアルを参考にしましたが、液体肥料の調整は試行錯誤でしたね。でも、『これだ』というものが一つ見つかれば、あとはその分量を与えれば同じ品質のものを栽培できるので、土壌よりも効率的です。手入れも媒地についたごみや雑草を除くだけでいいし、使用後は肥料を洗い流せば再利用もできます」。

こうして始まった町ぐるみのアンスリウム栽培は順調に進むかと思われたが、町の気候とアンスリウム自体のなじみの薄さがネックとなり、すんなりとはいかなかったという。

「かわまたアンスリウム」確立のために惜しまぬIoT化の努力

アンスリウムは南国の花だけあって寒さに弱いことは容易に想像がつく。川俣町山木屋地区は寒さが厳しく、真冬の時期にはマイナス10℃を下回ることもあり、田んぼに水をまいて作る天然のスケートリンクが冬の風物詩としてこどもたちの遊び場となっているほどだ。

「いくらハウス栽培だからといっても寒さを完全にしのぐことはできません。大型の暖房器具や、熱が逃げないように厚手のカーテンを取り付けるなどの設備投資もしていますがとても追い付かない状態です。がんばって栽培して出荷しても燃料代や箱代、運送費などもかかりますから冬場は赤字です」。

出荷のために栽培をしているのに、それまでに費やすコストが売値を上回ってしまう。冬場の苦労は川俣町でアンスリウム栽培をする農家にとって頭痛の種となり、どこかで補う必要がある。谷口氏が取り入れたのは現代風のやり方だ。

IoTを導入して作業を省力化 IoTを導入して作業を省力化
水分量が足りなくなれば自動的に水が散布される 水分量が足りなくなれば自動的に水が散布される

「ハウス内の管理にIoT(Internet of Things)を導入しました。ハウス内の温度上昇に伴う窓の開閉、水の散布などすべて自動です。それぞれの数値がスマートフォンのアプリで確認できるので、遠隔でも操作できます。メインのハウスだけでも300坪あるので水の散布も一苦労で、人がやると4、5時間かかるところを1、2分程度で終えることができ、時間と人件費をかけずに済みます。コストを削減できた分で冬場の赤字をある程度は補てんできています」。

気候への対応、さらに作業コストの削減は可能となったものの、アンスリウム自体の知名度を上げることには、ことさら労力がかかった。ましてや“川俣ブランド”となると、知る人はほぼ皆無だ。谷口氏は県内外のイベントなどに持ち込んで、花の素晴らしさと川俣町をPRして回ってきた。その効果は少しずつ実を結んでいるという。

「最初、アンスリウムがあってもお客さんは不思議そうに眺めるだけでしたが、見かける回数が増えてくると『これ見たことある』『あの川俣町で栽培しているの?』という反応に変わってきました。さらには『川俣のsmile farmの人』と私のことも覚えてもらえるようになりました。ちりも積もれば何とやらで、着実に認知度が上がってきたことを実感しています。覚えてもらったからにはいいものを栽培しないといけないとプレッシャーを感じる半面、とてもうれしいことでもあります」。

smile farmのアンスリウム栽培が軌道に乗り始めたことに合わせるかのように、2021年の東京オリンピック・パラリンピックでは競技会場周辺の装飾用に使われるなど、着実にブランド化も進んでいる。2021年には町の年間出荷本数が初めて30万本を突破、日本一を達成した。今後は年間50万本を目標に掲げて取り組んでいく。もちろん、smile farmがその一翼を担う。

自分の成功が未来を担う若者たちの「道しるべ」となる

アンスリウムの栽培が順調に推移している今だからこそ、谷口氏は次の展開を思案している。

「2021年からイチゴの栽培も始めました。寒暖差のある気候も栽培に向いているので、この土地にはピッタリの作物です」。

今後はアンスリウム狩りとイチゴ狩り、ブルーベリー狩りが同時に体験できる観光農園の開園を目指す。ほかにも園内の建物でのクラフトのワークショップ開催や、バーベキューが楽しめる広場の造成など、アイデアがどんどん湧き出している。

室内でフラワーアレンジメントなどのワークショップも開催 室内でフラワーアレンジメントなどのワークショップも開催

「働き場所を創出すれば、若者の新規就農も増えると思っています」。

人を呼び込み町を活性化させるだけでなく、若者に働く場所を創出することも視野に入れている。その根底には、農家としての誇りと義父、義母に対する尊敬の念がうかがえる。

「義父、義母の働く姿を見て感じた『農家ってかっこいい』という姿を、今度は自分が体現したいと思っています。若者から『かっこいい』と思ってもらえる農家になりたいですね」。

自分の選んだ道に間違いは無い。近い将来、株式会社smile famは笑顔あふれる場所になることだろう。

若者が働く場の創出も視野に入れて取り組んでいる 若者が働く場の創出も視野に入れて取り組んでいる
課題

・東日本大震災でダメージを負った川俣町の新しいシンボルの創出が急務だった。

・冬場は寒さが厳しく、燃料代などのコストがかさんで赤字になってしまう。

解決策

・近畿大学による「“オール近大”川俣町復興支援プロジェクト」の一環として、ポリエステルのリサイクル素材「ポリエステル媒地」を活用したアンスリウムの栽培に取り組む。

・ハウス内の温度や水分量などの管理にIoTを活用することで、作業量や時間を大幅に低減。

効果

・通常の栽培方法より高品質のアンスリウムを安定供給することが可能となり、町全体での出荷本数も2021年には30万本に達した。今後は年間出荷数50万本、引き続き日本一の生産地を目指すとともに、「かわまたアンスリウム」のブランド化を進めていく。

・人件費を抑えて、他の作業にコストをかけられるようになった。

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