「誰もが働ける」環境づくりで一歩未来へ  女性・障がい者が輝く企業

特集 02
「誰もが働ける」環境づくりで一歩未来へ 女性・障がい者が輝く企業

少子高齢化が進み、人材確保がこれまで以上に重要となっている現代。人口減少が特に顕著な東日本大震災の被災地で新たな取り組みが進み、多様な人材が活躍する企業が生まれている。「環境づくり」「やりがい」「制度」の3つの観点から、2つの事業例を紹介する。

INDEX

Case1 女性が活躍する職場…株式会社一苺一笑
女性の能力と視点を活用 「誰もが働ける」農業に活路を見出す

Point1 環境づくり:ICTによるノウハウの「見える化」

後継者不足に伴う人材確保、この課題が特に深刻なのが1次産業だ。イチゴ産地の復活を掲げ、宮城県山元町で2012年に創業した株式会社一苺一笑は、ICTの活用で栽培のノウハウを「見える化」し、経験と勘で行う旧来的な農業から脱却。「誰もが働ける」農業にすることで、幅広い人材の活躍を生み出している。

温度や湿度、二酸化炭素の量などを管理しているシステム画面 温度や湿度、二酸化炭素の量などを管理しているシステム画面

現在の従業員は16人で、うち男性は3人。年齢層は30〜60代と広く、40代が中心。一部の力仕事を除いて男女で仕事内容に違いは無い。まさに女性が活躍する職場の典型だが、「当社では収穫も何もかも、女性の方が早いんです」と代表取締役の佐藤拓実氏は笑う。

お話を伺った佐藤拓実代表取締役 お話を伺った佐藤拓実代表取締役

家族で農業をしていたころから、地域のほかの農家の様子も含めて、女性の働きが欠かせないことは認識していたと言う。「仕事内容に男女の差はありませんが、実はイチゴ栽培はテキパキとした女性が担っている部分が多くて、だからこそ成り立っていたのを見て分かっていました。ですので、法人化する時にも男性だけの集団になっては先行きが無いと、女性に参画してもらうことを最初から意識していました」。

2018年に仙台市内に開設した観光イチゴ農園の松森農場にも、女性活躍の視点が反映されている。「松森農場を作る時は、すべて女性視点で物事を考えました。台車の移動などの動線も、重い物を手で運んで歩くという行動を極限まで排除できるように工夫しています」。同時にバリアフリーな作りにもなっており、女性や高齢者、障がいのある人でも働きやすい環境が整っている。

Point2 やりがい:「作りたい」の熱意第一

松森農場で消費者との直接的な接点ができたことをきっかけに取り組み始めた6次産業化にも、女性従業員の力が発揮された。「ラベルのデザインをプロに依頼したのですが、現場をそれほど見ていないのでこちらの意図が伝わりにくく……。そこで女性従業員に試作してもらったところセンスが良くて、売れる商品に。そういうところでも女性の力は感じましたね」。

自由な発想を生かすために、「作りたいものを作ってもらう」ことを大事にしている。

「本当はまずお客さま側に立たないといけないのですが、作りたいという思いがあればこそ、熱心にやって最後まで完成させてくれるわけですよね。それを大事にしつつ、どんな人たちがどういう状況で買いに来るのかということを伝えて軌道を修正したり、出来上がったものに対してどこで売れば効果的かを考えたりすることでサポートしています」。

企画開発により生まれた、イチゴとリンゴを掛け合わせた酢「ICHIZU(イチズ)」 企画開発により生まれた、イチゴとリンゴを掛け合わせた酢「ICHIZU(イチズ)」

会社発展に欠かせない女性の力をさらに取り入れるべく、農業のイメージ向上も図る。作業中、女性スタッフがまとうのはおしゃれなユニフォームとエプロンだ。「農業というと麦わら帽子に長靴というイメージですが、私たちが長靴を履くことは、年に1、2度しかありません」。そして、旧来的な「見て覚える」農業ではなく、生産工程が「見える化」されている。「そういう農業だったらやってみようかなと思ってもらって、女性のスタッフを増やしていければ」と佐藤氏。

Point3 制度:固定観念の枠を捨て、柔軟な勤務形態に

勤務体系も、子育てなどライフステージに応じた本人の希望と、繁忙期、閑散期といったその時々の状況を照らし合わせ、時給と固定給の社員を組み合わせて柔軟に対応できる環境にしている。「こういう働き方をしたいという要望があれば、じゃあそれで、とお願いするだけです。会社が一つ枠を作ってしまうと、それしか無くなってしまう。ならば枠を作らなければいい」と明瞭だ。

年齢層の広さもあって、仕事中に子育てや家庭について話をしたり、それに対して人生の先輩がアドバイスしたりする姿も見られる。女性スタッフ同士が互いに理解し、フォローし合うため、家族が急病の時などでも休みや早退の融通が利きやすい。「そういったところはすごくいいなと思っています」と佐藤氏。

女性に限らず、障がいのある人も活躍している。福祉事業所からイチゴ狩りを体験したいという声があったことをきっかけに、「仕事として携わってもらえないか」と依頼し、利用者を迎え入れた。すると、働き手を求める山元町の地域全体に農福連携が広がっていった。

その裏には佐藤氏の工夫がある。「農家さんも少なからず心配があったと思うのですが、1から10まである作業のうち、ここまではできるというところを適切に見定めて、やり方のマニュアルを作って提示しています」。それぞれの農家で手法が異なるため、佐藤氏が一軒一軒検証しながら行っているという。

ICTこそ活用してはいないが、これも「見える化」により「誰でもできる」農業を実現している例だろう。そしてここにも女性の力が生かされているという。「女性従業員に同行してもらうと判断が早いですし、逆にこっちのやり方の方がいい、と農家さんに提案することもあります。既成概念にとらわれていたやり方を変えるきっかけをつくってくれるんです」。

ICT活用に始まり、仙台市内での観光農園事業、6次産業化、今後は沖縄での農場開設を計画するなど、既成概念を破る取り組みを次々と行っている一苺一笑。今後も女性が活躍し、会社も発展するという好循環が続いていくだろう。

いちご畑にいる人々

Case2 障がい者・女性が活躍する職場…株式会社幸呼来Japan
障がい者が織り上げる「裂き織」を通して、お互いを認め合う社会を紡ぐ

Point1 環境づくり:十分な働き手の確保でスタッフの負担を軽減

一苺一笑と同様、女性が活躍するとともに、障がい者の雇用という点で先進的な事業者が、裂き織製品の製造を手がける株式会社幸呼来(さっこら)Japanだ。

布を細く裂いた横糸を、経糸を通した織り機で一段一段ていねいに織り込んで作る裂き織 布を細く裂いた横糸を、経糸を通した織り機で一段一段ていねいに織り込んで作る裂き織

2010年に岩手県盛岡市の緊急雇用創出事業の受託を受け、リフォーム会社の一部門として立ち上がった裂き織事業部が前身。翌年に発生した東日本大震災の影響で事業部の閉鎖が決まり、部門を任されていた石頭悦氏が事業を継承する形で独立した。

石頭氏は東日本大震災の翌朝、会社に駆け付けてきた障がいのある社員の姿が印象に残っているという。「その日、会社に来たのは社長と私とそのスタッフだけでした。その時、仕事に対する思いを強く感じました」と振り返る。もちろん、事業を継承したのは障がい者の働く場所を無くしてはいけないという思いだけでなく、ビジネスとして成立するという見込みも持っていたからだ。

事業部立ち上げのきっかけとなった支援学校視察の際、障がいのある学生が手がける裂き織の緻密さと美しさに衝撃を受けた。「同情で買ってもらうのではなく、商品として正当な評価を得て市場に受け入れられるものになるだろうと確信しました」。

事業を軌道に乗せるには十分な生産体制が必要であることから、就労支援事業所を立ち上げて織り手を確保。量産体制が整ったことで大手通販会社が取引をしてくれることになったが、当初は困難もあったという。

「障がいのある方に体力的、精神的な部分であまり負担をかけることもできず、私の見通しが甘くて納期を延ばしていただくなどご迷惑をおかけしました」。その苦い経験を生かして、量産の話が来た際のスケジュール管理を交渉も含めてしっかり行うとともに、近隣の就労支援施設とも連携することで、生産体制を拡充した。

社内にある織り機。現状6台が稼働しており、今後はさらに3台増やす見込み 社内にある織り機。現状6台が稼働しており、今後はさらに3台増やす見込み

Point2 やりがい:伝統文化と織り手の感性を生かし、企業コラボで未来につなげる

岩手県外の人には聞きなじみが無いであろう「さっこら」という言葉は、東北五大祭りの一つに数えられる「盛岡さんさ踊り」の掛け声だ。その踊り手らが身にまとう浴衣を材料にしているのが同社の裂き織の特徴で、カラフルな模様が裂き織を知らなかった若い人たちからも人気を集めている。

ウェブサイトや展示会を通して県外の企業からの引き合いも増え、コラボレーション商品も次々と生まれた。浴衣を提供する企業やコラボ相手の企業は、リユースや障がい者雇用に間接的に関わることとなり、SDGsの観点からも喜ばれているという。もちろん、石頭氏が確信していた通り、クオリティーの高さも定評を得ている。

近年は新ブランド「SACCORA」を立ち上げ、コンセプトの異なる4つのラインを展開。なかでも「SACCORA Signature」は障がいのある織り手の個性が尊重されたラインで、自由な感性で自由に織られた裂き織から、唯一無二のアイテムが生み出されている。

新たな試みに、「スタッフは悩みながらも、想像の上を行く素晴らしい作品を織ってくれている」と石頭氏 新たな試みに、「スタッフは悩みながらも、想像の上を行く素晴らしい作品を織ってくれている」と石頭氏

働いている織り手の様子を聞くと、「幸呼来が好きで、楽しくて、そしてプライドを持ちながら仕事をしているんですよ。自分たちが作業したものが製品になって、市場に出て、お客さまからすてきだねと言われたり、喜ばれたりする。そうすると、仕事に誇りを持てるようになり、ちゃんとやらなきゃという気持ちにもなるみたいで、だんだん職人の顔つきになってきますね」と石頭氏。

「幸呼来Japanのミッションは、いろんな人たちに障がいのある方たちの力を知ってもらって、差別や偏見を無くしていくこと。そのために企業間コラボをより多く行って、その企業さまの後ろにいるお客さまにも障がいのある方たちの力を知ってもらいたい」と力を込める。

人気ブランド「オニツカタイガー」とのコラボで生まれた裂き織スニーカー 人気ブランド「オニツカタイガー」とのコラボで生まれた裂き織スニーカー

Point3 制度:時間単位での有給休暇で家族を優先

現在の従業員は役員を含め21人。多くは20代で、知的、精神、身体とさまざまな種類の障がいを持つ従業員が13人いる。それぞれの特性に合わせた働き方ができるように、短時間勤務や在宅勤務に対応。声の掛け方や、仕事の段取りの組み方も変えている。

「目標設定や指示の出し方も、口頭ではなかなか理解が難しい方には紙に絵を描いて伝えたり、今日の業務がどうだったかの振り返りを一緒にしたりと、一人ひとりに対応しています」。

わかりやすい色使いやイラストなど、工夫が凝らされた指示書 わかりやすい色使いやイラストなど、工夫が凝らされた指示書

社員のうち男性は5人のみと、女性が大多数の職場でもある。女性が働きやすい環境づくりとして、時間単位での有給休暇の取得ができるようにしている。

「家族が第一という視点で、こどもの学校行事には必ず会社を休んで行くようにお伝えしていて、介護や病院の付き添いなどでも気兼ねなく休めるような体制にしています。家族が幸せでなければ、いい働きもできませんので」と石頭氏。こども連れでの出勤も認めており、仕事をする母親の隣でこどもがお絵描きをしている光景も日常的に見られる。

そんな多様な従業員が働く社内で、繰り返し伝えていることがある。「私たちは『チーム幸呼来』で、幸呼来Japanの商品は誰一人欠けても商品にはならないんだよって。浴衣を解体する人や洗濯をしてアイロンをかける人、一定の幅に裂く人がいて、誰が欠けてもきれいな織りにならない。だから、みんながやっている仕事は一つひとつ大事で、みんなが一生懸命手を抜かないでお仕事をするから輝いて見える商品ができて、それにお客さんが感動して買ってくださるんだよ、と話しています」。

やわらかさの中に芯の強さを感じさせる石頭悦代表取締役。後ろにそびえるのは「南部富士」と呼ばれる岩手山 やわらかさの中に芯の強さを感じさせる石頭悦代表取締役。後ろにそびえるのは「南部富士」と呼ばれる岩手山

「誰もが相手も認め、お互いを認め合いながら心を豊かに生活ができるように、みんなが協力し合いながら働いていける社会になってほしいですよね」と石頭氏。美しく織り上げられる裂き織のように、障がいの有無、性別の違いにかかわらず協力し合ってこそ、誰もが輝く社会が織り成されていくのだろう。

一苺一笑と幸呼来Japan、両社に共通するのは、多様な人材の活躍を特別なものだと認識していないことだ。前者ではICT、後者ではアナログな手法で作業内容を明確にし、「誰もが働ける」仕事環境を整備。その上で一人ひとりにできる仕事を見極め、それぞれの能力を最大限に生かす工夫をしている。ライフステージや特性に応じて柔軟な働き方のできる制度や環境は当然であり、そのための環境整備が企業の使命だととらえている。課題先進地での先進事例は、人材確保の根本的な考え方を見直させてくれるのである。

Summary

一苺一笑

Point1 環境づくり

  • ICTによるノウハウの「見える化」
  • 男女差のない業務内容
  • 女性視点での動線の確保、バリアフリー

Point2 やりがい

  • 女性ならではのセンスを生かしたデザインを採用
  • 「作りたいものを作る」自由な取り組みの奨励
  • 洗練されたユニフォームなどで農業のイメージ向上

Point3 制度

  • 時給と固定給の社員を組み合わせた勤務形態
  • ライフステージに応じた本人の希望を優先
  • 農福連携の取り組み

幸呼来Japan

Point1 環境づくり

  • 障がい者の雇用創出
  • 就労支援事業所を立ち上げて織り手を確保
  • スケジュール管理と生産体制の拡充で負担を軽減

Point2 やりがい

  • 地元の伝統文化の継承・発展
  • 織り手の個性を生かしたオリジナリティあるアイテムの展開
  • 企業間コラボによる販路拡大・認知度向上

Point3 制度

  • 家族優先のシフト
  • 一人ひとりの特性に合わせて働き方やフォローの方法を調整
  • 時間単位での有給休暇、こども連れ出勤の許可

企業情報

企業名
株式会社一苺一笑
所在地
本社:宮城県亘理郡山元町浅生原字新田58
松森農場:宮城県仙台市泉区松森字城前157-1
WEB
https://ichiichigo.jp
企業名
株式会社幸呼来Japan
所在地
岩手県盛岡市安倍館町19-41
WEB
https://saccora-japan.com