農事組合法人宇部川ファーム

農事組合法人宇部川ファーム

【岩手県久慈市】

農地の集約化と湛水直播栽培で省力化を実現
地域の農業の未来つくり出す

法人情報

  • 法人名 農事組合法人宇部川ファーム
  • ヨミガナ ノウジクミアイホウジンウベガワファーム
  • 業種 農業
  • 代表者 鹿糠沢津嘉氏[代表理事]
  • 所在地 岩手県久慈市宇部町12地割8-1
  • TEL 0194-75-3015
  • WEB 無し
  • 創業年 2014年
  • 資本金 510万円
  • 従業員数 15人
  • 売上高 5,500万円

法人概要

2013年から始まった大区画化の圃場整備事業をきっかけに、整備後の地域営農を担う組織として2014年に法人化。農地中間管理事業を活用し、受益面積の約6割を宇部川ファームで集積した。2015年に試験的に導入した「湛水直播栽培」により生産コストの低減、省力化を実現。以降、久慈地区の特産である短角牛へ給餌する籾米サイレージの製造、ミニトマトの栽培もスタート。一部作業を障がい者福祉施設へ委託することで、障がい者の就業機会を創出している。

被災した地域の農業を守るため、地元の農家たちが集結

岩手県の北東部に位置する久慈市と野田村。この地域は昔から、梅雨時期から夏にかけて海から吹き付ける冷風「やませ」の影響を大きく受ける場所として知られている。そのため夏は非常に涼しい気候に恵まれる一方で、太平洋に面していることから冬は降雪量が少なく、県内の他地域に比べて日照時間が長いのも特徴だ。

そうした特性を生かし、この地域ではかねてから農業が盛んに行われていた。中でもこの2市村をまたがる宇部川地区は、その広大な土地と豊富な土壌から、稲作、畑作などを中心とした農業が展開され、特産物を活用した加工品開発、産直販売などの6次産業、農商工連携といったアグリビジネスも推進されている。

宇部川ファームの所有するビニールハウス。主にミニトマトを栽培している 宇部川ファームの所有するビニールハウス。主にミニトマトを栽培している

2011年の東日本大震災で沿岸部を襲った大津波は、宇部川地区にも押し寄せた。以前より堤防のかさ上げ工事が始まっていたため被害は最小限にとどまったものの、約15haの農地にがれきが流れ込むなどし、復旧までに長い時間を要することとなった。

その傍ら、もう一つの大きな問題にも直面する。農家の人口減少である。高齢化による慢性的な後継者不足に悩まされていた中、東日本大震災を機に多くの農家が相次いで退き、地域産業の担い手が一気に減ってしまった。

穏やかに語る鹿糠沢津嘉代表理事 穏やかに語る鹿糠沢津嘉代表理事

そうした状況の中、設立されたのが農事組合法人宇部川ファームだ。代表理事の鹿糠沢(かぬかざわ)津嘉氏を中心に、地元の農業従事者5人が集結。東日本大震災以降、はびこる諸問題を解決し、地域の農業を守っていこうと、2014年に旗を揚げた。

「湛水直播栽培」導入で農作業の低コスト化・省力化を実現

広大な自然の中にたたずむ宇部川ファーム 広大な自然の中にたたずむ宇部川ファーム

東日本大震災の後、農地の区画整理が行われた宇部川地区。被災した農地15haの復旧工事を行うと同時に、この地区にある約80haの農地を大区画化し、原形復旧にとどまらない圃場(ほじょう)整備がされた。2014年に整備は完了するが、鹿糠沢氏によると、大きな課題はその後に待ち受けていたという。

「以前から宇部川地区の圃場整備の計画はありましたが、東日本大震災をきっかけに復興予算が付いたことで、受益者の負担も少なく比較的スムーズに整備は進んでいきました。とはいえ、整備を始めるに当たって放棄地が3分の1以上もあったので、いざ整備が終わっても、そこで作業をする人がそもそもいない。後継者不足の影響もあり、大きな課題として残りました」。

そこで宇部川ファームが行ったのが、農地の集約化だった。担い手不足の解消、経営の安定化を図るため、農地中間管理事業を活用。受益農地の約6割に及ぶ46haの農地の集積、集約化を行い、圃場整備後における地域営農の担い手としての役割を引き受けた。

「これまでは1枚当たりの農地面積も小さく、作業に時間がかかっていました。それが大区画化されたことで、軟弱だった地盤も大型機械を入れての作業が可能になっています。極端な話ですと、10枚あった田んぼが1枚になったことで、作業時間がおよそ半分に減りましたね」。

2015年からは、さらなる作業の効率化を図るため、「湛水直播(たんすいちょくはん)栽培」を試験導入する。従来のように水を張った田に苗を植えるのではなく、水田に種もみを直接まいていく栽培方法だ。宇部川ファームでは、主に飼料用米栽培にこの方法を用い、低コスト化、省力化にも努めてきた。

大規模な田でも、人数を割かず効率的に作業ができる 大規模な田でも、人数を割かず効率的に作業ができる

「宇部川ファームを立ち上げた当初は育苗施設が足りず、メンバーが所有するビニールハウスをあちこち借りるような状態でした。人数も少なく、どうすれば作業が賄えるかと考えた時に、たどり着いたのが湛水直播栽培の導入でした。従来の田植えだと作業に3人必要なところを、直播栽培だと1人で対応できるので、負担が大幅に軽減されました」。

約4haの面積で始め、翌年からは大型機械も導入し作付面積を拡大。従来の移植と直播栽培を組み合わせることで作期の分散化も可能となり、周辺地域では珍しい先進的な栽培事例として大きな注目を集めた。

農畜連携で地元に貢献。園芸農業にもチャレンジ

久慈地域では、ヘルシーで脂肪分の少ない赤身肉「いわて短角牛」が特産品として有名だ。飼料用米を栽培する宇部川ファームでは、そのいわて短角牛用の飼料「籾米(もみごめ)サイレージ」の製造を行っている。

「籾米サイレージ」は、稲を刈った後の生もみを破砕機に入れてすりつぶした後、乳酸菌を添加してパックに詰め2カ月ほど発酵させて作られる。

籾米サイレージを食べる短角牛。 籾米サイレージを食べる短角牛
籾米サイレージを保管している様子 籾米サイレージを保管している様子

「全国どこでもやっていることですが、そのほとんどは酪農側がもみを買ってきて加工しています。私たちは農家が飼料を作っているので、珍しいパターンだとよく言われますね」。

始めた当初は買い手が見当たらず苦労したというが、試験的に導入した久慈市山形町の「JA新いわてくじ短角牛肥育部会」がそのまま契約を結ぶことになり、年間約200tの飼料を供給。農畜連携を図ることで、地元の畜産農家の安定した経営にも多大に貢献している。

さらに2018年には、水稲を育苗した後のビニールハウスを活用し、園芸農業にもチャレンジ。その第1弾として始めたのが、発泡スチロールの栽培槽「うぃずOne」を使用したミニトマトの栽培だ。

「最初はホウレンソウやズッキーニを栽培してみたのですが、ハウス内の土を均平にするのに時間がかかってしまい、思ったよりも大変だということが分かりました。そこで『うぃずOne』システムを紹介してもらい、作業がいくらか楽になるということで採用しました。実際、『うぃずOne』システムは発泡スチロール箱を用いて栽培するので、土をならす必要がありませんし、設置や移動も簡単に行えます。そのおかげで、作業の手間を大幅に省くことができました」。

「うぃずone」を使用したミニトマトの定植の様子 「うぃずone」を使用したミニトマトの定植の様子
ビニールハウスの中で、順調に育つミニトマト ビニールハウスの中で、順調に育つミニトマト

「コメと違って、野菜は手間がかかります」と笑う鹿糠沢氏だが、葉野菜に比べるとミニトマトは管理がしやすく、作業が休まる時間も多い。土日は休みながら、園芸農業を楽しんでいる様子だ。さらに、従来のコメ栽培と並行して作業が行えるため、効率的な農業が可能となり、収益の大幅増にもつながっている。現在はビニールハウス3棟で栽培しているが、今後は2棟を追加し、栽培本数もおよそ2倍にすることで、さらなる収穫量向上を目指しているという。

異業種とのつながりに事業拡大のヒントあり さらなる発展目指す

宇部川ファームでは、ミニトマトのパック詰め作業を地元の障がい者福祉施設へ委託。障がい者の就業機会を生み出すなど、農福連携にも積極的に取り組んでいる。

「最初は慣れない作業に戸惑っている様子が見られましたが、何回も手伝ってくれるうちに、どんどん手際が良くなってきました。これまでは直接手伝いに来てもらいましたが、最近はこちらが施設に作物を持ち込んで作業をお願いしています。これからは収穫量も増えますので、今までパートタイマーさんだけで賄えていた部分も力を貸してもらえれば」。

そうした地域活性化の取り組みが評価され、2021年には、東北農政局「令和3年度土地改良事業地区営農推進功労者表彰」で東北農政局長賞を受賞した。鹿糠沢氏は「なぜ表彰されたかいまだに不思議」と謙遜するが、従来の枠を超えたさまざまな取り組みで、宇部川地域の産業に大きなにぎわいをもたらしている。

集合写真
表彰状

最近ではこのような活動が、思わぬ副産物を生んでいるという。

「農畜連携や園芸農業を始めたことで、いろんな業種の方とつながりを持てるようになりました。例えば酪農家さんとの付き合いでは、わらが欲しいと言われて持っていったところ、こちらで処理に困っていたもみ殻も引き取っていただけた。そうしたWin-Winの関係性を築くことができたのも、大きな発展ですね」。

今後は園芸農業により本腰を入れ、さらなる事業規模の拡大を目指す。

「コメ栽培は、12月から3月までの冬場の作業がほとんどありません。その休みの時期を収入につなげられるような、いい作物、いい品種が無いかなと、探しているところです」。

既成概念にとらわれないさまざまな取り組みが、宇部川地域の農業の未来を明るく照らしていくことだろう。

課題

・東日本大震災の津波により、宇部川地区の農地の約15haにがれきが流入。農地全体の3分の1以上が放棄地となり、手付かずの状態となっていた。

・かねて慢性的な後継者問題に悩まされていたが、東日本大震災をきっかけに農家の数が大幅に減少。地域営農の担い手不足がさらに深刻化した。

解決策

・農地中間管理事業を活用し、受益農地の約6割に及ぶ46haの農地を集積、集約化。圃場整備後の地域営農を担い、経営の安定化を図った。

・栽培するコメの約8割が飼料用米だったことから「湛水直播栽培」を試験的に導入した。

効果

・農地を集積、集約化したことで放棄地が大幅に減少。大区画化により田んぼ1枚当たりの面積も拡大し、作業の効率化にもつながった。

・湛水直播栽培の導入により農作業の低コスト化、省力化を実現。作業人数の削減に成功したほか、空いたビニールハウスを有効活用しミニトマトの園芸農業も始めた。

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