監修委員座談会 被災地から日本を変える! 復興事例に学ぶ新しいビジネス

特集 01
監修委員座談会
被災地企業に学ぶレジリエンス向上のカギ

新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行に伴い、社会が元に戻る動きを加速させている中、東日本大震災などのさまざまな困難を乗り越えて身に付けた「レジリエンス」は、企業がアフターコロナを生き残るための大きなヒントとなるはずです。

ここでは本事例集の監修委員に集まっていただき、本誌で取り上げた優れた事例の解説を交えながら、これからの企業に求められる取り組みについて語っていただきました。

監修委員

柳井 雅也(やない・まさや)氏
東北学院大学 地域総合学部 地域コミュニティ学科 教授

柳井 雅也(やない・まさや)氏

法政大学大学院人文科学研究科地理学専攻博士課程中退。岡山大学文学部助教授、富山大学経済学部教授を経て現職。東日本大震災後の復興政策について論文を発表。富県宮城推進会議幹事(宮城県)、多賀城市復興構想会議会長、石巻市・山元町復興有識者会議委員、仙台市復興推進協議会長、復興庁ハンズオン事業等を歴任。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
一般財団法人ダイバーシティ研究所 代表理事

田村 太郎(たむら・たろう)氏

兵庫県伊丹市生まれ。阪神・淡路大震災で外国人支援や復興まちづくりに従事。2007年1月からダイバーシティ研究所代表として、CSRや自治体におけるダイバーシティ戦略に携わる。東日本大震災後は東北での被災者支援や復興にも参加。2012年2月より復興庁上席政策調査官となり、2014年4月からは復興推進参与としても東北復興に携わる。

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
日本女子大学 家政学部 家政経済学科 准教授

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏

一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。商学博士。生活者の視点を大切にしながら、地域経済の持続のダイナミズムとジェンダー・ダイバーシティ・マネジメントの2つの領域の研究に取り組む。平成26年度新産業集積創出基盤構築支援事業「地域産業活性化研究会」委員(経済産業省、2014年10月~2015年2月)。

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
株式会社エスト・コミュニケーションズ 代表取締役
日本工業大学大学院 技術経営研究科 教授

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏

東京・浅草生まれ。法政大学法学部卒業。クリエーターとして商品開発、広告・販促キャンペーンを成功させる。1994年、株式会社エスト・コミュニケーションズ設立後は「ものづくりマーケティング」を標榜し、日本の土台である中小製造業を、その下から支えるコンサルタントとして活動。

INDEX

被災地企業のレジリエンスに求められるものは?

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

今年度掲載する30事例について、企業が生き残る力、レジリエンスという観点から見ていきたいと思います。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

企業の生き残り、レジリエンスのキーワードとして、僕が挙げたいのは三つの多様性です。一つ目は「雇用の多様性」。人手不足の現状を女性や外国人、障害者などの多様な人材を積極的に活用することで乗り切るというのが、雇用の多様性です。二つ目は「商品やサービスの多様性、多様化」。従来にはない商品にチャレンジするとか、従来のサービスを新たな視点でつくり替えるなど、多様なものにすることによって、新たな販路や取引先を開拓するわけです。最後は「取引先の多様化」。取引先を多様化することで、経営上のリスクを軽減し、生き残る力を高めてくれると思います。

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
弓削

レジリエンスのポイントとして挙げたいのは、ブランド力と、ウェブやSNSの発信力です。元々ブランド力のある企業は、レジリエンスが強いと思います。また、復興を機に新しいブランドを立ち上げ、ネーミングを工夫したり、キーワードを使ってうまく発信したりすることができたところは、やはり、いち早く立ち直りを見せています。そもそもブランドパワーの向上や拡散も、ウェブやSNSの力によるところが大きいですからね。Twitter改めXやInstagramなどをうまく活用できている企業は、ファンがついているので、クラウドファンディングなどもファンをうまく巻き込んで行うことができ、レジリエンスや企業力の維持につながっているように感じました。もちろん前提として、長年培ってきた商品力や技術力があって、その土台の上でのことだと思います。

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

ウェブやSNSは、たしかに無視できない力がありますね。

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

私も多様性は大切なポイントだと思います。ウェブやSNSでの発信は、従来、日本経済の中心を担ってきた男性が苦手としがちな領域です。そのような領域に若い人や女性が入ってきて活躍している。多様な人材が働きやすい環境をつくった企業から、新しいアイデアが生まれてくると感じました。

東日本大震災の経験がコロナ禍を乗り切る力に

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

レジリエンスを感じた事例はありましたか?

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

岩手県宮古市でダウンウエアを製造している有限会社クラスターは、東日本大震災で被災し、2016年の台風第10号でまた被災します。さらに、羽毛の利用はSDGsの面から問題だという誤った認識が海外に広まり、逆風を受けてしまいます。羽毛は食用として育てた水鳥から取るもので、副産物の利用であり、むしろSDGsに即していることが理解されていないわけです。

有限会社クラスター[岩手県宮古市] 2011年に婦人服からダウンウエア製造に切り替え、コロナ後に自社ブランドを立ち上げた。 有限会社クラスター[岩手県宮古市] 2011年に婦人服からダウンウエア製造に切り替え、コロナ後に自社ブランドを立ち上げた。
額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

このように、地域で使われなくなったものに新しい価値を見いだしていくのが、本来の持続可能性であり、災害や誤解に立ち向かうのがレジリエンスであると思います。

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

東日本大震災では生産設備が壊れたり、流通が寸断されたりといった問題がありました。それに対してコロナ禍では生産や流通の問題ではなく、マーケットが突然なくなったり、通販などに切り替わったりといったことが起きました。その点が大きく異なります。また、東日本大震災では、被災後にどこから対応すればよいか分からず、2年ぐらい経過してようやく動き出せたという記録を読んだことがありますが、コロナ禍では、比較的早く対応しているケースが目立ちます。例えば、宮城県気仙沼市の有限会社たかはしでは、YouTubeチャンネルを開設したり、福島県南相馬市の大内安男商店では、梅酒や梅ワインの新たな販路を台湾に求めたりといった具合で、東日本大震災の経験が生きているように思います。

有限会社たかはし[宮城県気仙沼市] 着物の着方や疑問点を解説する動画をYouTubeで公開。1万8,000人以上の登録者数を誇る人気チャンネルとなった。 有限会社たかはし[宮城県気仙沼市] 着物の着方や疑問点を解説する動画をYouTubeで公開。1万8,000人以上の登録者数を誇る人気チャンネルとなった。
大内安男商店[福島県南相馬市] 希少品種の梅を使った梅酒のターゲットを「アジア圏の富裕層」に定め、アプローチを行う。 大内安男商店[福島県南相馬市] 希少品種の梅を使った梅酒のターゲットを「アジア圏の富裕層」に定め、アプローチを行う。
柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

その上で「地産地消」という言葉を使って、今回の事例を業種別に紹介すると、岩手県釜石市の株式会社釜石電機製作所のように、製造業は「知産地消」です。地元で生まれた知識や技術を地元で使って、製品や事業として展開しています。農業は「地産遠消」です。通販やネット販売で遠くの消費者に送り出すという動きが見られます。サービス業は逆に、地元でつくったものを地元で使うので「地産地使」です。そして、岐阜県が本拠の浅野撚糸株式会社が、新工場をあえて福島県双葉町に開設したように、今回の事例の根っこに共通してあるのは「実践する勇気」だと思います。

株式会社釜石電機製作所[岩手県釜石市] 独自の光触媒技術を用いた空気抗菌装置「CAZANOIA」を開発。酒造メーカーを中心にさまざまな団体・企業が導入する。 株式会社釜石電機製作所[岩手県釜石市] 独自の光触媒技術を用いた空気抗菌装置「CAZANOIA」を開発。酒造メーカーを中心にさまざまな団体・企業が導入する。
浅野撚糸株式会社[福島県双葉町] 2023年4月に双葉町の新工場「フタバスーパーゼロミル」が稼働。産業観光の拠点として、交流人口の拡大を狙う。 浅野撚糸株式会社[福島県双葉町] 2023年4月に双葉町の新工場「フタバスーパーゼロミル」が稼働。産業観光の拠点として、交流人口の拡大を狙う。

企業が「勇気」を奮うために必要なこととは?

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

復興庁の事務次官だった岡本全勝さんは、著書の中で「これからの行政の役割は安心保証だ」と述べています。安心や品質に関する保証や認証などを設けて、企業が提供する商品やサービスが基準を満たした安心できるものであると保証することが、行政にできて、かつ、最もすべきことというわけです。勇気を持って事業に乗り出した企業に対するサポートの手段として、安心保証は大切だと思います。産業復興事例集も、企業の良い取り組みや商品、サービスを紹介するわけですから、安心保証の一つだといえますね。また、浅野撚糸では、人気タレントが「自分もこの会社で働きたい」と発信したことで、人員募集が軌道に乗ったそうです。これも安心保証の一つの形ですね。勇気を出して始めた事業でも、企業は不安を感じていると思いますし、消費者や取引先も同じような不安があるはずですから、安心保証で企業を支えていくことは大切だと思います。

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
弓削

勇気ということでは、被災した東北三県の頑張りや粘り強さを見て、初めてボランティアを行ったり、起業したりしたという例もあるので、日本全体に良い影響や力を与えているところがあります。

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

印象に残った具体的な事例はありますか?

弓削 徹(ゆげ・とおる)氏
弓削

クラスターはクリエーティブディレクターの方の指導でブランドのコンセプトをつくり、ダウンジャケットなどの商品化を進めています。自社にクリエーターやデザイナーがいればいいのですが、なかなかそうはいかないので、外部の実力のあるクリエーターの知見やデザイン感覚を借りて、商品価値やブランド力を高めているわけです。こうした例がもっとあってもいいと思います。

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

前年の事例集に掲載された宮城県気仙沼市の株式会社阿部長商店を訪ねた際に、東日本大震災だけでなく、前年の2010年に起きたチリ地震でも、津波でカキの養殖場が被害を受けたとお聞きしました。私は連続した被害で大変でしたねと申し上げたのですが、チリ地震の経験で、どのように人とつながり、復旧体制を整えれば被害を克服できるかを知っていたから、東日本大震災からの復興も可能になったというお答えでした。困ったときに周囲とつながり、力を引き込むことによって立ち直るという経験や知識が地域に詰まっていて、それがあるから、確実に成功することが見えなくても、新しい事業や商品作りなどに挑戦できていると、今回の事例の多くから思いました。例えば、宮城県山元町の山元いちご農園株式会社では、冷凍イチゴの輸出に取り組んでいますが、すぐに利益が出そうだから頑張っているわけではありません。不確実な将来への対応として大切だから行っているという感じを受けました。

山元いちご農園株式会社[宮城県山元町] イチゴの6次化商品製造の他、2023年には海外へのイチゴの輸出もスタートした。 山元いちご農園株式会社[宮城県山元町] イチゴの6次化商品製造の他、2023年には海外へのイチゴの輸出もスタートした。
柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

すごく良いお話ですね。

ダイバーシティに取り組み次々と現れる課題に対応

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

昨年の事例集では、女性の役割の重要性について、額田さんから指摘してもらいましたが、今年の事例ではいかがですか。

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

いずれも宮城県ですが、たかはし、一般社団法人イシノマキ・ファーム株式会社鐘崎と、女性が活躍している事例が多いですね。例えば、たかはしでは、洋服感覚で着られる着物用の肌着を開発しています。着物は手入れが大変で、シミでもつけばクリーニング代がかなりかかります。そこで、気軽に着物を楽しむために必要なものを考えて、取り組んだのが肌着の開発です。そうした事業機会の見つけ方に女性らしさを感じます。イシノマキ・ファームの高橋代表理事は、ジョブコーチとして障害者の就労支援に当たっていたのが、今ではビールの専門家とクラフトビールを造り、古い映画館を使ってブルワリーを経営している。人とつながりながら、使っていない資源を生かしてビジネスにしているのです。

一般社団法人イシノマキ・ファーム[宮城県石巻市]農業に特化した就労支援を実施。栽培したホップからクラフトビールを製造する。 一般社団法人イシノマキ・ファーム[宮城県石巻市]農業に特化した就労支援を実施。栽培したホップからクラフトビールを製造する。
柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

女性社員が6割を占めるという鐘崎でも、工場で廃棄されていた規格外商品をアップサイクル商品として販売していますね。

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

鐘崎のように、従来からある企業で女性がリーダーシップを取っている事例は、これからもっと増える必要があると思います。ただ、女性の活躍だけでなく、多様な人材が活躍して新しい価値を生み出していくことが重要です。それと、チリ地震と東日本大震災の津波の被害を受けたけれども、そこから立ち直ったというお話がありましたが、事業における課題は山脈であって、富士山のような独立峰ではないと思っています。

株式会社鐘崎[宮城県仙台市] 2023年に「お魚で女性のなりたいを応援する」をコンセプトにした新ブランドをスタート。 株式会社鐘崎[宮城県仙台市] 2023年に「お魚で女性のなりたいを応援する」をコンセプトにした新ブランドをスタート。
田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

全ての事例に共通しているのは、課題は一つではなく、一つ解決すると次の課題が現われるということです。次々と課題が現われるのが事業においては当たり前のことで、その課題にダイバーシティに取り組んで備えるとか、経営体制や組織を見直したりすることが大切だと思います。

柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

課題への対応を諦めたら全てがおしまいですから、諦めないことが大切ということですね。また、事例から気付いたのは、東日本大震災からの復興をきっかけに、長年温めていた事業、いわば夢にチャレンジするケースが多いということです。例えば、岩手県陸前高田市の株式会社醸は、地域で江戸時代から行われてきたみそやしょうゆ造りなどの発酵事業を、現代に合う形で復活させたいという思いからスタートしています。勇気は夢から生まれるので、事例集でも夢をもっと拾いたいと思います。

株式会社醸[岩手県陸前高田市] 発酵食の集積拠点として、2020年12月に8店舗が入居する商業施設「CAMOCY」をオープン。 株式会社醸[岩手県陸前高田市] 発酵食の集積拠点として、2020年12月に8店舗が入居する商業施設「CAMOCY」をオープン。

次の10年を見据えて企業や地域が考えたいこと

田村 太郎(たむら・たろう)氏
田村

今回の事例でもう一つ気付いたのは、次の世代に経営のバトンを渡した、事業承継の事例が出てきていることです。後を継ぐ人が現われたのは希望だと思います。また、子どもが継ぐだけでなく、外から来た人が事業に新たに参加しているケースがあることもポイントとして挙げたいですね。軽食・喫茶レインボーの武内氏は「外部からの移住者に期待し、そのための支援や受け入れ体制づくりを町が積極的に行うべき」だと話しています。自身もこれからの町づくりの当事者である若者たちを支援している。やはり、外から人が来ないと先細りになるので、新しい人が来る町づくりをする必要があるし、その後押しをしなければなりません。

軽食・喫茶レインボー[福島県大熊町]2021年4月に、10年ぶりに大熊町で営業を再開。地元産イチゴを使ったメニューでPRに協力する。 軽食・喫茶レインボー[福島県大熊町]2021年4月に、10年ぶりに大熊町で営業を再開。地元産イチゴを使ったメニューでPRに協力する。
柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

「事業承継」というキーワードが出てきましたね。

額田 春華(ぬかだ・はるか)氏
額田

東日本大震災の記憶があるのは今の大学生ぐらいがギリギリで、それ以下の世代では、もはや歴史の中の出来事になっていると思います。これまでは復興を応援したいという意識を持った人が多くいて、観光に出かけたり、食材を買ったりする応援消費で被災地ともつながっていたわけですが、今後はそうした人が少なくなるので、外から来て町や事業を引き継ぐ人も減ることになります。防災教育を継続している岩手県宮古市の三陸鉄道株式会社のように、子どもたちに東日本大震災の経験をつないでいくことが、10年後の未来には大切になると思います。

三陸鉄道株式会社[岩手県宮古市] 2012年より「震災学習列車」の運行を開始。社員や住民がガイド役となり、パネルを用いた被災状況の説明を行う。 三陸鉄道株式会社[岩手県宮古市] 2012年より「震災学習列車」の運行を開始。社員や住民がガイド役となり、パネルを用いた被災状況の説明を行う。
柳井 雅也(やない・まさや)氏
柳井

東日本大震災から10年以上が経過し、新たなコミュニティーが形成され、新たな産業が登場してきているように感じます。こうした状況において、震災および、震災からの復興の経験を他の地域に横展開していく上で参考にしたいのが、いわゆる「百年企業」といわれる老舗企業に残っている家訓・社訓といったものです。家訓や社訓は、言葉にすることが難しい経験や苦労などから得た教訓や知恵といったものを形にしています。それらを横展開の参考にしたり、各企業においても、教訓や社訓として残し、未知の諸困難に立ち向かっていく「知恵」としていく必要があるでしょう。また、災害に対する地域産業政策の在り方についても、さまざまなケースを想定しながら、ブラッシュアップしていくことが求められるでしょう。