浅野撚糸株式会社
【福島県双葉町】「工場」兼「オフィス」兼「商業施設」?
他にはない観光拠点で町を盛り上げる
企業情報
- 企業名 浅野撚糸株式会社
- ヨミガナ アサノネンシカブシキガイシャ
- 業種 繊維工業
- 代表者 浅野雅己氏[代表取締役社長]
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所在地
本社:岐阜県安八郡安八町中875−1
双葉事業所、福島新工場:福島県双葉郡双葉町中野舘ノ内1-1 - TEL 0584-64-2279(本社)
- WEB https://asanen.co.jp
- 創業年 1967年
- 資本金 1,000万円
- 従業員数 60人
- 売上高 20億円
企業概要
1969年に世界初の撚糸工場として岐阜県で設立。数多くの大手メーカーから撚糸指定会社として指定されている他、高機能タオル「エアーかおる」を製造・販売し、人気を集めている。2019年に福島県双葉町と立地協定を締結し、2023年4月に新工場「フタバスーパーゼロミル」を稼働させる。
ゆかりのある福島を手助けできないジレンマ
「かつて岐阜県で水害があり弊社の工場も大きな被害を受けました。そのときは父が社長をしていましたが、多くの人に助けていただき会社を持ち直せたと聞いています。そんな過去があり、私が福島大学の出身でもあるので、東日本大震災が起きた時は何か手助けをしなければいけなかった」。こう話すのは浅野撚糸株式会社の代表取締役社長の浅野雅己氏。でも当時は「会社がつぶれかけるくらいの危機」で、他のことを考える余裕がなく、自分を責めた時期も。テレビで福島のニュースなどが流れるとすぐに消していたこともあったそうだ。ただそんな後ろめたさが、後の取り組みへの原動力となる。
浅野氏は50年以上続く繊維工場の2代目として、さまざまな取り組みを実施。高機能タオル「エアーかおる」などのヒット商品も生み出し、繊維業界をけん引する一人として注目されている人物だ。そんな浅野氏が福島の復興へ関わるきっかけとなったのは2019年3月。「繊維の将来を考える会」という会合に参加した際、経済産業省のある人物から「福島の復興が全く進んでいない。今後、イノベーション構想も本格的に動き出しますので、手伝ってもらえませんか」という提案を受けたことだった。会合に参加したほとんどの経営者の反応は鈍かったが、浅野氏は「顔には出しませんでしたけども、やっとこの時が来たなと思いましたね」と前向きに捉えたのだ。
町長の一言が背中を押すきっかけをつくる
2019年7月、経済産業省の担当者と共に福島県を視察。いくつかの自治体を回り、最後に訪れたのが双葉町だった。いろいろな説明を受けた後、双葉町の伊澤史朗町長から“今の町内の様子”を見てほしいと依頼される。当時はまだ立ち入り制限がかけられたエリアで、夕方のゲート封鎖時刻が迫っていた時だった。「わずかな時間でしたが、音のない景色を目の当たりにした瞬間、涙が出てきました。東京電力福島第一原子力発電所事故の影響というものはとんでもないものなんだと、心が痛んだことを本当に覚えています」。
視察後、同行したメンバーと会食。伊澤町長とは趣味のプロレス談議で盛り上がったという。そんな会食の最後に伊澤町長から次のような話があった。「浅野さん、事前調査の点数や現状を見ても、たぶん双葉町は選ばないと思う。でも隣町の浪江町など、進んでいるところもあるので、双葉郡に来てもらいたい」。この話を聞いた時、浅野氏は「この地でお役に立てたら」と、双葉町に新工場を建設する決意を固める。
その後、浅野氏は自分の意志を家族に伝えた。「父親からは、『俺があと30歳若かったらやる』と。家内からは『たった一度の人生なので、後悔しないようにしてください』と。そして息子からは、『おじいちゃんがつくった会社で、親父の時に一度つぶれかけた。だから“無いもの”と思ってぜひやりたい』という言葉をもらった」と浅野氏。中でも、これまで苦労をかけてきた妻・真美氏の言葉は、一番大きかったという。
「テレビ取材」の経験を生かした人材募集が功を奏す
町と立地協定を結び、新工場「フタバスーパーゼロミル」の建設がスタート。順調に進むかと思われていたが、雇用という課題が浮き彫りになる。幹部社員は町の協力を得て確保できたが、若い世代の募集が難航を極めた。近隣の市町村にある10の高校を回ったが、全て断られたという。「人事を担当していた総務部長には、全ての学校に3回は回らないと駄目だと言いました。そうして続けるうちに、小高産業技術高校の進路指導の先生から、『授業の時間をつくるので直接生徒たちに話してみてください』と提案を受けたんです」。
家業を継ぐ前、教員として働いた経験がある浅野氏は、担当者が教えやすいように映像資料などを作成。そこにはかつてテレビ番組の取材で人気タレントが「俺もこの会社で働きたい」と発言した内容も組み込んだという。「若い人たちに興味を持ってもらうなら、これくらいしないと駄目。結果的に、その映像に心引かれて、興味を持ってくれましたから」と浅野氏。その後、学校から浅野氏に直接、授業の依頼が届き、授業を聞いた生徒の中から2人の入社が決まったという。他にも地元の高校生2名、大学生1名を採用している。
新工場「フタバスーパーゼロミル」で働く社員の多くは、岐阜本社からの出向。そのため、現在では本社採用でも福島で働くことを入社条件の一つにしている。町の復興が完璧ではない現状を考えれば、地元だけでの雇用には限界がある。だからこそ会社の利点を生かし、雇用方法にも力を入れるという。
将来的な勝算があるからこそ双葉にやってきた
浅野氏は、双葉町に新工場を設立したことについて、決して“同情で来ているわけではない”と語る。「視察で心が痛んだことや、家族の賛成もきっかけにはなりましたが、一番は会社にとってプラスになり、利益を上げられるという確信があるから。一人の経営者として、それだけは強く言いたい」。
その背景には、「フタバスーパーゼロミル」を産業観光の拠点として、世界中の人に来てもらうという狙いがある。新工場は見学が自由に行えるだけでなく、製品の直営店やカフェスペースも併設。また、会議室も設けるなど、さまざまな活用ができるようになっている。
また、テキスタイルデザイナー・梶原加奈子氏をはじめ、会社と関わる幅広い人脈も大きい。世界的に活躍する人たちとの関係性も深く、福島に対する海外の反応も把握しているという。
「『フタバスーパーゼロミル』が産業観光の中心となれば、世界からも注目され必ず交流人口も増える。そうなれば必ず双葉は元気になりますし、日本全体の活力にもなると思います」。
浅野撚糸が掲げる福島プロジェクトは始まったばかり。10年後、この施策がどんな成果を双葉町にもたらしているか、今から楽しみは尽きない。
・地元に帰還する人が少ない中、工場の将来を担う若手社員の確保が一番の課題に。
・新しい撚糸工場としてだけでなく、復興のシンボルとして工場の認知度を上げる必要がある。
・懸命な採用活動により、学校で授業できることに。若い世代に会社をアピールする資料を作成。
・カフェなども併設したオープンな工場を建設。駐車場も整備し、産業観光拠点の準備も行う。
・若い世代にも理解しやすい内容にしたことで、近隣町村から計4人の高校生を確保できた。
・世界に情報を発信し、工場に国内外の観光客が訪れることで、町の交流人口増加を狙う。