多様性を実現するソーシャルファームが ホップを軸に社会を変える風を巻き起こす

一般社団法人イシノマキ・ファーム

【宮城県石巻市】

多様性を実現するソーシャルファームが
ホップを軸に社会を変える風を巻き起こす

企業情報

  • 企業名 一般社団法人イシノマキ・ファーム
  • ヨミガナ イッパンシャダンホウジンイシノマキ・ファーム
  • 業種 農業/飲料・たばこ・飼料製造業
  • 代表者 高橋由佳氏[代表理事]
  • 所在地 宮城県石巻市北上町女川字泉沢13
  • TEL 0225-25-4144
  • WEB https://ishinomaki-farm.com/
  • 創業年 2016年
  • 資本金 0円
  • 従業員数 10人
  • 売上高 6,273万円

企業概要

社会的弱者を対象に、農業を通じたリハビリプログラム、就労支援を行う“ソーシャルファーム”として2016年に設立。ホップの栽培と6次産業化を行い、ビール「巻風エール」を商品化。2022年にブルワリーを設立し、自社醸造を開始。

NPO設立の9日後に被災 活動再開後、農業の持つ力に着目

障害者の就労支援を行うジョブコーチを務めていた高橋由佳氏は、2011年3月2日に特定非営利活動(NPO)法人Switchを宮城県仙台市で立ち上げた。

代表理事の高橋由佳氏。長年、宮城県を拠点に就労支援に取り組んできた 代表理事の高橋由佳氏。長年、宮城県を拠点に就労支援に取り組んできた

その9日後、東日本大震災が発生する。NPOの活動どころではなく、職員とその家族の避難と生活再建が優先。高橋氏自身は宮城県南三陸町、石巻市でボランティア活動に当たった。その中で、早く学校を再開してほしい、友達と遊びたいという子どもたち、職場を失いぼうぜん自失する大人、家族を失い仕事に打ち込むことで気持ちを紛らわせている大人と出会う。

「学ぶ場所や働く場所が被災した人たちの心の居場所になっていることを知り、一度は解散しようと考えていたNPO法人の活動を再開しようと決めました」と高橋氏。6月1日に職員が集まって再スタートを切り、仙台市で就労支援活動を始める。

その2年後、被災地で学生の不登校が増加し、石巻市の不登校出現率が全国ワーストであることを新聞記事で知る。そうした人たちをリカバリーさせるための伴走支援拠点をつくろうと、NPO法人の一部門として「ユースサポートカレッジ 石巻NOTE」を2013年に石巻市に開設。10代、20代の若者を対象に個別相談、就学・就労などのサポートを行う中、不登校やひきこもり状態の人、心の問題を抱える若者を対象にしたリハビリプログラムの一環で行っていた農作業が、人を元気にすることを目の当たりにする。

「当事者もそうですが、子どもたちに農作業を教える高齢の方もとても生き生きしていました。農業にはすごい力がある、農業に特化した就労支援を行えば、社会的弱者といわれる人たちを元気にできるのではないか」と、2016年に一般社団法人イシノマキ・ファームを立ち上げる。

農業を通して、社会へ繋がるきっかけを増やす 農業を通して、社会へ繋がるきっかけを増やす

イシノマキ・ファームは福祉的就労ではなく、一般就労を目指す人の中間的就労支援という位置付けで、利用者に訓練日当を支給している。利用者はその日当で就職活動の準備をするだけでなく、家族にお土産を買って帰ったり、プレゼントを贈ったり、収穫した野菜を家族にお裾分けすることもあった。すると、「いつになったら働くの」「早く学校に行きなさい」といった言葉をかけていた親が笑顔で喜んでくれる。

「こんなに喜んでくれるんだったら、もっとがんばりたいという若者が少なくありません」と高橋氏。「誰かの役に立ちたいという気持ちは当事者も私たちも同じですよね。彼らが自己肯定感を持つ大きなきっかけになっていると感じます」。

ホップに可能性を感じ6次化を推進 ブルワリー設立で事業基盤を固める

農場でホップを栽培しているのもイシノマキ・ファームの特徴だ。高橋氏が知人経由でホップの株を譲り受け、津波の被害を受け使われなくなった石巻市北上町の耕作放棄地で栽培を始めたところ、まり花のかわいらしさ、きれいなグリーンカーテンに魅了された。作業工程もシンプルだったことから、雇用創出につながればと株を増やしていった。

ホップのまり花。ビールに苦みや香りを与える ホップのまり花。ビールに苦みや香りを与える

ホップは安眠効果やアルツハイマー病予防効果の他、女性ホルモンに似た働きをするフィストロゲンが含まれていることから、更年期障害の症状を和らげる効果が期待できるとされる。「いろいろ調べていくうちに、ホップという作物に可能性を感じました」と、高橋氏は6次産業化にも取り組み始める。

「ホップを栽培しているのであればビールを造ってみては」という地域の人からの声を受け、岩手県一関市の世嬉の一(せきのいち)酒造株式会社に醸造を委託し、2017年に「巻風エール」を商品化した。被災後、多くの人たちからエールを受けて復興が着々と進んできた。これからは自分たちが新しい風を巻き起こして、石巻の強い風に乗せてエールを返したいという思いが、その名に込められている。

強い苦味が心地よい「巻風IPA」(左)、豊かな香りの「巻風エール」(中)、フルーティーな「巻風WHEAT」(右)の3種類を販売 強い苦味が心地よい「巻風IPA」(左)、豊かな香りの「巻風エール」(中)、フルーティーな「巻風WHEAT」(右)の3種類を販売

市外にも「巻風エール」の名が広まり、その味わいも評価される中、石巻市内での製造を期待する声も多くなった。そんな時、石巻の中心街で長年にわたり営業していた老舗映画館「日活パール劇場」が、館長の死去に伴い売りに出され、買い手がつかなければ取り壊されると知り、購入を決断。宮城県角田市の仙南シンケンファクトリーで醸造長を務めた岡恭平氏を迎え入れ、2022年に自社ブルワリー「イシノマキホップワークス」を設立。名実共に石巻発のクラフトビールとなった。

イシノマキ・ファームは「ソーシャルファーム」として社会的弱者を受け入れサポートする社会的価値だけでなく、安定した収益を上げて雇用を生み出す経済的価値も重視する。生産したホップの納入先となるブルワリーを持つことは、その両輪をそろえることとなり、事業継続における基盤になった。

ボーダーレスな社会の先例を示しダイバーシティの実現を目指す

“ダイバーシティ”(多様性)という言葉が浸透し、さまざまな人が一緒に働く場をつくろうと各企業が取り組みを進める中で、イシノマキ・ファームは企業研修やフィールドワークの場にもなっている。「性別も年齢も障害の有無も立場も関係なく、みんなごちゃ混ぜで一緒に作業していて、まさにダイバーシティが実現しています」。

農業を通じた地域社会活動に関する視察も受け入れている 農業を通じた地域社会活動に関する視察も受け入れている

社会的弱者が安心して働き、暮らせるようになることが高橋氏の願いだが、「実現には企業の理解が必要」だという。「生産年齢人口が減少する中で、例えば生活困窮世帯の方やシングルマザーの方など、戦力となる人材は潜在的にたくさんいます。そういう方々が生かされる社会になってほしい」。

石巻は古くから多様な人々を受け入れてきた港町であり、東日本大震災後は多くのボランティアが訪れ、移住者も増えた。多様性を受け入れる風土のあるこの地で、誰もが活躍できる、ボーダーレスな社会の先例を示していく。

課題

・東日本大震災で学ぶ場所や働く場所が失われた。

・石巻市の不登校出現率が全国ワースト。

・石巻の中心街で長年にわたり営業していた老舗映画館が取り壊しの危機に。

解決策

・解散を考えていたNPO法人を再開し、就労支援活動を行う。

・石巻に拠点を設け、個別相談、就学・就労などをサポート。

・購入した映画館に醸造所を開設。

効果

・被災した人たちの心の居場所を確保。

・リハビリプログラムの一環で行っていた農作業が人を元気にし、自己肯定感を持つきっかけに。

・生産したホップの6次産業化でイシノマキ・ファームの社会的価値と経済的価値を両立。

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