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竹下復興大臣記者会見録[平成27年9月25日]

竹下復興大臣定例記者会見録(平成27年9月25日(金)10:33~10:52 於)復興庁)

1.発言要旨
 本日は、私のほうから1件御報告をいたします。連休中でありましたけれども、19日に福島県楢葉町を視察いたしました。また、21日、22日には岩手県釜石市、大槌町、遠野市を視察いたしました。この視察について御報告をさせていただきます。
 まず、楢葉町でございますが、今月5日に避難指示が解除されてから初めて訪問いたしました。いよいよ帰還に向けてスタートしたなという感じを受けましたし、町長も「止まっていた時計が動き始めた」ということをおっしゃっておりまして、私もまさに同感でございました。また、住民との意見交換をした際に、「宿泊許可が出たらすぐに自宅に住もうと思っていた」という御婦人の方がいらっしゃいましたし、「若者や子供がいかに戻ってくるかが大事である」といったような声を伺いました。町民の皆さん方が楢葉に戻ってきてよかったなという町にしなければいけないということを痛感いたした次第でございます。
 そして、楢葉町の帰還が順調に進むということによりまして、これから解除が続くほかの市町村のモデルになるものであるという認識も持っておりまして、引き続き支援をしてまいります。更に、Jヴィレッジや建設が進んでおりますモックアップ施設等も視察をいたしました。こうした県内外の多くの方々が集まる拠点が整備をされていくことで、一日も早く楢葉町の賑わいが取り戻せるよう協力をしてまいります。
 21日、22日、釜石市、大槌町では、高台移転による学校・住宅建設や宅地整備などの進み具合を、また遠野市では、防災センター等を視察いたしました。事業は確実に進捗していると確認はいたしましたけれども、まだとてもゴールという状況ではないということも感じました。
 そこでも申し上げたことでございますが、4年半という時間はやはり長い。あと半年で満5年を迎えるわけでありますが、これまでの5年間は、ある意味、試行錯誤しながら取り組んできた面もありましたけれども、これからの5年間、復興・創生期間においては、復興の遅れは許されないということを改めて強く感じたところでございます。市長と町長にも申し上げましたが、そのことをもう一度かみ直して、復興庁もそうでございますが、自治体が責任を持って復興に真正面から取り組む必要がございます。
 様々な困難があるとは思いますけれども、関係者の皆さんには、被災者の立場に立って、課題を克服して、それぞれの期日までに工事を完成させることを期待しており、国としても、きちんと支援をしてまいります。
 私はもうちょっときつい言葉を使いまして、今後の5年間は、予定が遅れることは許されない、こういう認識を持っているということを地元の皆さん方にもお話をさせていただいたところでございます。私からは以上でございます。
2.質疑応答
(問)岩手を訪問されたときに、釜石市も訪問されたと思います。その中で、釜石は2019年のラグビーのワールドカップの開催地にも予定されております。その開催予定地もご覧になったかと思いますけれども、新規に建設するスタジアムの整備について、財源等々で復興庁で何か御対応のお考えがあればお聞かせいただきたいんですけれども。
(答)御承知のとおり、釜石市が東北で唯一のワールドカップ開催会場として選定をされております。今まさに釜石市の鵜住居地区というところで新たにラグビー場を建設する途上にございます。復興庁といたしましても、今までの土地をきちっと盛り土をして平らな地域を作るということについては直接支援をさせていただいておりますが、これからきちっとしたラグビー場を整備する、特に最低1万6,000人は収容できる施設でなければ、ワールドカップの会場になれないという制約もございますので、そうしたことをどう克服していくか、それから、資金負担は、誰がどう行うのかといったような問題、更には、選手や観客をスムーズに輸送する、あるいは多くの観客の宿泊といったような面についてまだまだ克服しなければならない課題が山積しております。そうした問題を市長とも直接お話をいたしましたが、これからやっていかなきゃいかんねということを改めて確認をし、また、様々な動きもやっていこうかなと今考えておりまして、今朝もオリンピック担当の遠藤大臣と、閣議の前のわずかな時間でございましたが、様々意見交換を行いまして、まずは、例えば遠藤大臣、あるいは知事、市長、更にはラグビー協会、そしてJSCといったような関係者がまず集まって、どうするんだということをもう一回しっかりと確認をしようということになりまして、私自身が、じゃ、その事務局、私がやりましょうということで、そうした会議を近々持とうと思っております。
(問)先ほどの大臣発言に戻ってしまうんですが、いわゆる福島第一原発事故があった福島浜通りなんですが、いわゆる避難指示解除が進むにつれて、解除されたところが広がっていくわけですけれども、逆に見ると、いわき市から見ると、当初、広野が解除されて前線基地になりました。次に楢葉が解除されて、ここも前線基地になった。おそらく富岡の一部が再来年に解除になった場合、その前線の位置というのはしばらく帰還困難区域にぶつりかりますので、ある程度定まってくると思うんですが、浜通り全体の経済構想はイノベーションコースト構想というのがあるんですが、この数年、いわゆる生業と生活を維持するような計画というのはないんですけれども、広野、楢葉、あと富岡の一部を解除した、そのあたりのエリアを包括するような経済の、生活できるようになるような計画というのは復興庁で何かこれから考える見通しはありますでしょうか。
(答)一つ一つの積み上げがまず大事であろうと。楢葉は解除になりましたが、まだまだ学校の問題あるいは医療機関の問題等々、医療機関については今工事にかかっておりますけれども、解決して乗り越えていかなきゃならない課題があります。まずは一つ一つそういうものを乗り越えるということが大前提でございます。そして、その上で、元気ですとか活力ですとか、ふるさとの勢いというものを取り戻すために何をしていくか、これはもう本当に真剣に考えなければならない課題だと、こう思っております。
 復興庁といたしましても、いろいろな企業立地補助金あるいはグループ補助金等々、様々な施策をこれまでも準備をして対応してまいりましたが、解除をされる地域については、これからそれをしっかりと使っていただいて、まちの活性化につなげていかなければならない。それから、前線基地が移るというのは、ちょっと私のイメージでは、なかなかそう簡単に移っていかないのではないかな。依然として、いわき、広野がまずは基地機能を果たしていかなきゃならんなと思っておりますし、そこへ、まだ構想の段階ではありますが、動き出したものとしては、例えば、モックアップ施設というのが今立ち上がりつつあります。ああいった機能が、まずはモックアップ施設でありますが、楢葉の工業団地に幾つか企業も進出してきてくれておるようでありますので、そういったものが徐々に整っていくということが、復興に向けての歩みを確実なものにしていくというふうに考えております。
(問)楢葉も含めて福島の復興についてなんですが、前回のグループインタビューのときに、復興に欠かせないのはコミュニティー再生だと、これは絶対条件だというふうに大臣はおっしゃっていまして、楢葉を視察されているかと思いますけれども、楢葉に限らず広野であっても、それから避難指示解除されたところでも、元々いた住人よりも、廃炉の作業とか除染の作業とか、よそから来た人たちのほうが日中人口としては多いケースも多々あるような気がします。その中で、コミュニティーというのをどのように再生していくのか、かなり難しいことがあると思いますけれども、この点について大臣はどのようにお考えでしょうか。
(答)お話しになりましたように、私は、田舎の強みというのは、コミュニティーがしっかりしていること、人と人とのつながり、絆がしっかりしていることだと基本的に認識をしておりますので、これから解除される地域については、コミュニティーというものをもう一回しっかり作り上げていかなければならないと考えております。一旦避難をして、ばらばらに避難をしたところが多いものですから、一回壊れたコミュニティー、そして避難地で一定のコミュニティーは、ここ三、四年の間で出来つつありますけれども、これを帰還するとなりますと、もう一度新たなコミュニティーというものを作り上げていかなければならない。これは、そう口で言うほど簡単ではない、こう思いますけれども、これをやらなければ田舎は強くなれないと、こう思っておりますので、一つは、どうしてもお年寄りの方たちが多いものですから、見回りの体制、見守りの体制というものをしっかりとするということ。それから、仕事とか生きがいとか、あるいはそういった心の支えになるようなことといったようなものをどう根づかせていくかというのは非常に厳しい課題ではありますけれども、やっていかなければならない課題だと思っております。
 復興庁としましても、これからもまだ住宅を建てるということは一番メインの課題ではありますけれども、復興・創生期間においてはソフトの分野、つまり、そうしたコミュニティーをどう復活するかといったような分野へも予算を大胆に配分いたしまして、ソフトの分野により大きな力を注いでいくというふうに軸足を移していかなきゃならない、今後の5年間というのはまさにそれだというふうに考えております。
(問)もとのコミュニティーを再生させることと、それとコミュニティーとして新しい人たちとの融合というか、融合するかどうかは別ですけれども、というのはどういうふうにしたらいいと考えていますでしょうか。
(答)なかなか難しい問題です。特に除染の作業については、先般、不幸な事件がございまして、大阪で子供たちを殺した人が除染作業に関わっていたといったようなことで、被災地に大丈夫かという不安が走ったことは、これは否めない事実でありますけれども、そうした不安がないように、まずは、そうした除染作業に携わる企業に対して、もう一回しっかりやってくれということ、その不安を除去することがまず第一でありました。
(問)何か具体的にその通達めいたものというのを出す御予定というのはないんですか。
(答)もう出しました。その不安を除去するために、もう一度しっかりやってくれと、しっかりと人事管理も含めてやってくれというのは環境省の方で新たに指示を出して、もう一度除染を請け負っている企業に対して、そういった面の徹底を図ってくれという指示をもう出しました。
 それから、これはまだ計画中ではありますが、大川原地区が一つの典型的な例になると思いますのは、地元の人たちと外から来る研究者たちとの共同の町を立ち上げようと今いたしております。
 これがどううまく機能していくのか、ここでどういうコミュニティーを作り上げることができるのかというのは、テストケースと言えば、お帰りになる皆さん方に対して失礼な言い方になりますけれども、我々は物すごく注目しております。
 ここでうまくいくと、いいコミュニティーができていく、人と人とのつながりが広がっていくというものを作っていかなければ、復興はその次のステージに進んでいかないと、これぐらい深刻に考えておりますので、このコミュニティーの形成というのは、我々にとって欠かせない大きな課題だと、じゃあこうこうこうすれば、ここへ予算をつければできるという方程式がしっかりあるわけではありません。一つ一つ違います。
 しかし、その一つ一つの違いをまさに帰還される方々に寄り添う形でやっていくという以外の方法はないと、しっかりした方程式があるわけではありませんので、ケースバイケースで対応していかなきゃならんと、こう考えております。
(問)昨日なんですけれども、環境省の話になるかもしれません。環境省の放射性物質汚染廃棄物等の見直しの検討会が開かれまして、そこで提言の中に、帰還困難区域の除染について、政府が早期に見通しを明確化すべきだという方針が、提言内容に盛り込まれたんですが、それに関連して、復興大臣として、帰還困難区域の除染に関して、今どのようなお考えをお持ちになっていらっしゃるかお伺いしたいです。
(答)帰還困難区域はまずは除染しないというのが、これまでの原則であったことは御承知のとおりであります。
 ただ、地元の市町村からの要望で、そうは言ってもここはやってくれという思いみたいなものが今出始めてきて、まだ正式にやってくれという要請が来ているという状況ではありませんけれども、そういった思いを幾つかの市町村が持ち始めていることは事実でございまして、そうした地元の思いが、熟度が高まってくれば、帰還困難区域といえども、除染を実施しなければならない可能性のある地域は出てくるんじゃないかなと思っております。
 それから、どうしてもやらなければならないのは、例えば常磐道あるいは国道6号線、帰還困難区域を通っておりますけれども、これはきちんとやりました。これから、中間貯蔵に向かう幾つかの道路をしっかりと建設していく過程の中でも帰還困難区域の除染というのは、やらなければならない。地点地点では出てまいりますが、もう一つは、多分お尋ねになっているのは、そういう道路とかそういうものじゃなくて、復興のエリアとしてどうだということだろうと思いますが、これは先ほどお話ししましたように、いろいろな思いは我々も伺っておりますけれども、まだ、具体的な要請、あるいは計画を伴った要請としては出てきておりませんので、環境省ともよく相談しながら、今後詰めていかなければならない課題だと、こう思っております。

(以    上)

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