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西銘復興大臣記者会見録[令和3年11月25日]

令和3年11月25日(木) 於)大熊町役場 1階多目的スペース

1.発言要旨

 本日は、現地を視察するとともに、車座の懇談会を行いました。

 まず南相馬市では、福島ロボットテストフィールドを視察し、直近の取り組み状況についてお話を伺いました。

 次に浪江町では、福島水素エネルギー研究フィールドを視察し、お話を伺いました。

 富岡町では、とみおかアーカイブ・ミュージアムで、富岡町の歴史、文化、そして東日本大震災の被害や当時の対応の様子を拝見いたしました。富岡町の特定復興再生拠点区域、そして拠点区域外では、復興まちづくりが進む様子と、震災からずっと手つかずとなっている家屋等の様子を視察しました。職員の実際の自宅を、車から降りて、視察もいたしました。

 大熊町では、中間貯蔵施設を視察し、施設の整備や除去土壌等の搬入といった取り組みが着実に進展していることの確認をいたしました。

 車座懇談会では、地域を支えるために、地元で事業再開をされたお話、あるいは商工会の青年部の若い人の活動を含めて、地元の浪江の焼きそばの話等、交流イベントの企画やコミュニティのまちづくりで頑張っておられる方々のお話を聞くことができました。

 本日の視察内容や、お伺いをいたしましたお話を踏まえて、今後とも福島の復興再生に全力で取り組んでいくとともに、引き続き被災地に可能な限り何度も足を運んで、地元の皆さまのお話を伺っていきたいと考えております。

 私からは冒頭以上であります。

 

2.質疑応答

(問)大臣、今日は富岡の復興拠点の内外を見られたということで、具体的にどんなものを見たのかということと、その所感を教えてください。

(答)区域外のところを車の中からずっと見ておりましても、やはり住宅がそのまま取り残されて、カーテン状の鉄のゲートが門の前にあったり。1カ所だけ車から降りておうちを見たんですけれども、役場の職員の実際のおうちだと聞いて見たんですけれども、やはり区域外の住宅を見ていると、おうちは人が住まなくなるとだんだん朽ちていくというのか、寂しい思いで見ておりました。

 その後は駅のほうに行きまして、桜の咲く夜の森地区ですか。あの桜の幹を見ると、もう100年近い、結構年季が入っていて。西口側のほうは町長さんから「私のおうちもここにありますよ」と聞いたんですけれども、その辺の地域、駅を中心とする地域は、取り組みようによっては人が戻ってくる可能性は高いのかなと。この桜の木の年季、年輪を見ながら、私もプライベートでも見に来たいなと思ったぐらいの感じでありました。

 常日頃、拠点外の地域をどうするのか、今の時点ではアンケートを取ってというお答えしかできないんですけれども、これも検討課題の大きな一つの課題だなという思いを感じながら、現場を見させていただきました。

 以上です。

(問)改めて、今日の視察を通して、課題だと思ったこと、ならびに今日の懇談会でいろんな方々の発言から、どのようなことを感じられたか。

(答)懇談会の中では、特に住宅を造るときに、農振地域除外に2年もかかったというお話。2年間、農振地域ですから、農振地域を除外しないと住宅が造れないということで。2年もかかったけれども、その辺のところをもっと早くできたら、帰ってきて住宅を造ろうという人もいるんじゃないかという趣旨で受け止めました。それほど簡単なことではないとは思いますけれども、農振地域の除外、この復興の戻ることを何とかお手伝いできないかなという思いで聞いておりました。できるとかできないの答えはできなかったんですけれども、そういう思いがあるということを聞きました。

 あと若い方からは、新しいことをやろうとするときに何かサポートがないのかなというお話とか、インターンを受け入れているまちづくりの会社へのサポートも続けてほしい、サポートが欲しいという声等もありました。これらの率直な声は私も聞いておりますし、復興庁の局長以下も、スタッフも聞いておりますので、現場から出ている声ですから、声を拾って、できるものは対応していかんといけんなという思いで聞いておりました。

 あと、車座の中でも、一つの町というよりは、地域全体でのつながりを考えていけないかというお話を聞きながら、私は現場に足を運ぶ度に、国際教育研究拠点への関心が極めて高いと思っておりますので、それに対する期待も込めて、秋までに、11月までには法人形態の決定をしながら、これもしっかり取り組んでいかんといかんなという思いで、車座の対話の集会の話を聞きながら感じました。

(問)今日、中間貯蔵施設をご覧になったと思うんですけど、今年度中には搬入が終わるというような段階に来ていますけれども、恐らく大臣も大量の土砂をご覧になったと思います。これを2045年までに県外に搬出しなければならないというので、これは環境省のほうでは対話フォーラムみたいなのを開いていて、再生された土をどういうふうに工事等に利用するのかというのを、いろいろ全国でやりかけていますけれども、なかなか理解が進んでいないような感じなんです。大臣、土をご覧になられて、5、6年前から運び始めたわけですけれども、これを出すというイメージはつきましたでしょうか。

(答)私が実際バスから降りて、現場を見て、これだけ大きいのが8カ所あるというのも聞いて、実際に1カ所見たところと、途中バスの中から15メーター積んであるところも見させていただきましたが、大変だなというのが率直な感じであります。

 年内か年度内か、環境省の説明ですと、この作業が一区切りするというお話も聞きました。あと、私がバスを降りるときに、先ほどの話は拠点外の帰還困難区域からがどう動いてくるかは分からないけれども、そこからの帰還希望者がアンケートの結果いた場合、そこを除染したりするときの土がまた出てくるという理解でいいのかという確認をしたんです。それはその理解でいいというふうに聞きました。現場でこれを30年以内にそのままどこかに移すんですかという質問もしたんですけれども、そうですと。ですから、環境省としても、今、対話を小泉大臣のときから続けているんですというお話を聞いて、それ以上のことはこちらからは申し上げられませんでしたが、率直なところ、大変な作業が待っているんだなと。

 一番、就任して始めに、内堀知事さんとお会いしたときに、現在進行形ですよと、確かに中間貯蔵も30年後には移していかないといけないという話も聞いて、これはますます足しげく現場に通って、話を進めながら、関係省庁連携取りながらやらんといけないなという思いを。今日、中間貯蔵の分別の現場、あるいは実際の現場、ベルトコンベア、400、500メーター近い、あるいは1.5キロもある長いのもあると聞きましたが、この現場を見た私の率直な感じとしては、大変な作業が30年後もと、この期間でというのは大変なことだなというのが、率直な感想であります。しかし、やっていかんといけないことだとは思います。

    
(以  上)


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