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西銘復興大臣記者会見録[令和3年11月17日]

令和3年11月17日(水)15時25分~15時35分 於)名取市

1.発言要旨

 昨日は気仙沼市、そして本日は南三陸町、石巻市、女川町、東松島市、名取市を訪問し、それぞれの場所で献花、黙礼をささげました。市長さんや町長さんに復興大臣就任の挨拶を済ませました。また、現地を視察させていただきまして、復興の状況等説明を受けながら拝見してまいりました。

 それぞれの市長さん、町長さんから、地域の復興の状況を伺いました。共通する主なお話としましては、津波の怖さ、恐ろしさ、そして被害状況の説明を受けました。津波の教訓として、震災遺構のような形で伝えていくことの大切さを感じました。そして、復興として、まちづくりを進めてきたことの様子、また10年8カ月を経て、これからスタートして町を活性化していく、なりわいの再生を本格化していくというお話もありました。

 昨日の気仙沼市では、車座による意見交換を行いました。商工活動の方、水産加工のなりわいや観光、あるいは地域活性化、被災者支援に携わられている方々から、車座でお話を伺いました。その主な話といたしましては、水産加工品の販路を含めて、商談会の確保をしてほしいとか、あるいは観光商品の開発の必要性、さらには魚種が違ってきて、不漁が水産加工に与える影響、さらに外国人の働き手の確保がこのコロナ禍でネックになっているお話、さらには子どもからお年寄りまで心のケアを対策する、これは今後も継続していく必要性があるというお話、また地元の女性だけで作っているグループで、漁師にスポットを当てた出船送りや、漁師のカレンダーで地域を盛り立てていくというお話もありました。移住定住の活動で、子供の教育、デジタル教育の話も、若い方からはありました。このように、気仙沼市での震災後の様々ななりわいや活動を通じて、地域の活性化に取り組んでいる状況が、車座の意見交換でひしひしと感じることができました。

 本日、今朝は気仙沼の魚市場を朝一から見てまいりましたが、石巻市のほうに移りまして、遺構の大川小学校で震災の教訓を伝承する方からお話を伺いました。この方ご本人も、お子さんを亡くされておりまして、非常に悲しみを感じるお話でありました。学校教育における普段からの避難訓練の重要性を改めて認識をいたしました。

 この大川小学校の校庭の少し上のほうに、あの高さまで津波が来たので、ここに逃げれば助かったという裏山にも登ってみましたが、改めてこの犠牲となられた児童・教職員の方に哀悼のまことをささげる気持ちが強く感じました。

 また、閖上では、閖上地区の復興の中核的な施設である、このかわまちてらす閖上の賑わっている状況を今見たところであります。この桜井理事長さんは、朝市のほうにも関わっているというお話を聞きまして、この水辺の良い環境を使って、この地域が賑わいの場となっていくといいなという思いでお話を聞きました。

 今回の訪問を通じまして、復興もだいぶ進んできているなと、なりわいや地域活性化の活動に取り組まれている状況も拝見することができました。一方、それぞれの市町で、地域により復興の状況は様々で、またそれぞれの課題も残されている状況も、市長さん町長さんからお話を伺いました。それぞれの市や町の状況や取り組みに応じて、復興庁あるいは復興現場の復興局の職員も含めて、きめ細やかな支援や後押しが重要であるなということを感じました。私自身も、現場主義を徹底して、国会の事情が許す限り、これからも被災地に何度も足を運んで、地元の皆さんからのお話を伺いながら、残された課題、それぞれについて全力で支援をしていかなければいけないなという思いを、改めて強くしたところであります。

 私のほうからは以上です。

 

2.質疑応答

(問)改めてですけれども、被災地を2日間見られて、率直にどのように感じられましたでしょうか。

(答)現場現場で津波の高さを実際に目の前にしますと、本当に恐ろしかっただろうなという思いを強くいたしました。特に大川小学校の現場で伝承している、お子さんを亡くされた方のお話を聞きながらも、本当に大変な状況、子どもたちもそれぞれの地域で、この高さの津波がというだけでも、私は恐ろしさすら感じて、本当に大変だったんだなという思いを強くいたしました。

(問)地域の方々の今の生活とか復興状況というのは、大臣の目にはどのように映りましたか。

(答)車座対話の中でも、地域の子どもからお年寄りまで、女性男性含めて、心のケアというのはなかなか短期で終わるものではないという、直接担当している方からお話を聞きました。心の問題とか、あるいは集合団地に移ってきて、コミュニティの形成とか、やはりお話を聞いていると、課題はやっぱりそれぞれあるなと。まだまだ復興局、復興庁を挙げて、支援できるところをしっかり応援していかないといけないなということを痛感いたしました。

(問)具体的には、どのような支援策が必要だと感じられましたか。

(答)水産加工の実際のお話を聞いていても、施設は造ったけれども、施設を造る前と造った後で、魚種が変わっているとか。そうすると、その前に入れた機械が少し対応できないとか。あるいは若い人の話でも、この方本人は他県から来て、ボランティアからずっと住み着いているんですけれども、子どもたちのGIGAスクールの構想もありますが、デジタルの分野で、デジタルトランスフォーメーションと農業とか漁業とか、あるいは観光とか、様々な形で何か交流ができないか。この方の話、太平洋の隣のシリコンバレーの話もしておりましたけれども、そういうなりわりがないと、暮らしだけでは続きませんので、住む部分と働くなりわいの場がどうつながっていくのか。

 私自身は、このデジタルという言葉は一つのキーワードではないかなというふうに。政府に入る前にずっとデジタルの会議を自民党の中で携わっていたものですから、デジタルの可能性はどこで何がぱっと花開くか分からないところもあるので、頑張ってほしいと。また、復興局の職員もいますから、政府の動きも見ながら、なりわいの場が作れたらいいなという話をいたしました。

 いずれにしても、やはり人口減少の中で、人が戻ってくるにしても、なりわいがないといけませんので。なりわいが今回廻ったところは、それぞれ水産の加工施設を見てきたんですけれども、魚種が変わっているという点など、あるいは本当に資源がどうなっているのかという根本的な話もしてほしいという話も受けましたし、地球環境という意味も含めて、資源そのものの根本的な話も、何か会議をしてほしいという要望等もありましたけれども、それらのことを総合的に考えながら、なりわいが成り立つようにしないといけないなということは痛感いたしました。

(問)被災地としては、震災から11年目に入りまして、さらに大臣、今回は兼任ということでもありますので、しっかり支援してもらえるのかと、不安だなという声もあるかと思うんですけれども、改めてどのように支援していきたいか、その思いというのを教えていただけますか。

(答)就任早々から地元の質問を受けておりまして、このご不安に応えるには、とにかく足しげく通って、現場の話を聞いて。私自身は戦後の生まれでありますけれども、この震災の復興の現場なんかを見ていると、沖縄戦で壊滅状態にしたようなところから復興していくのと少し似ているのかなという思いもありますので、決して兼務しているから不安を与えないようにという意識は人一倍強く持って、全力で頑張ろうと思っております。

 以上です。

(問)被災地の首長と会われて、様々なご要望があったと思います。そういった要望を受けて、これから東京に帰られて、どういったことをされていくんでしょうか。

(答)確かに受けました。なかなか話が進まないというところの、簡単にはいかないという話もあえて受けましたが、知恵が出せるなら知恵を出してでも応援してあげたいなという気持ちではありますが、この復興予算の枠組みで、ただすぐにその場でいい返事ができなかった場面もあります。しかし、持ち帰りまして、何とかならないのか、あるいは関係省庁のほかの予算も含めて、何とかならないのかという視点は常に持ち続けていきたいと思います。

 総理からは、とにかく現場に寄り添えと、現場の心の気持ちが触れ合うような形で仕事をしなさいということを、再々指示を受けております。すぐできないというのではなくて、話を聞いて、知恵を出せるところがないのかなというふうに受け止めて、すぐいい返事ができなかったのは残念ですけれども、それは正直にそうしかできないなということで受け止めてまいりました。頑張りたいと思います。

    
(以  上)


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