株式会社広野町振興公社

株式会社広野町振興公社

【福島県広野町】

地産バナナの栽培によって町民の心の傷を癒やし
全国へ町の復興をアピール

企業情報

  • 企業名 株式会社広野町振興公社
  • ヨミガナ カブシキガイシャヒロノマチシンコウコウシャ
  • 業種 その他の事業サービス業
  • 代表者 中津弘文氏[代表取締役]
  • 所在地 福島県双葉郡広野町大字下北迫字大谷地原65-3
  • TEL 0240-27-2131
  • WEB https://www.hirono-kousha.com
  • 創業年 1995年
  • 資本金 1,000万円
  • 従業員数 13人
  • 売上高 1億1,848万円

企業概要

町内にある二ツ沼総合公園の管理・運営を行う会社として、1995年設立。当初の第三セクター方式から2005年より広野町100%出資のまちづくり会社となった。東日本大震災後は新たな産業づくりに取り組み、2018年に新規事業として熱帯フルーツの栽培を始め、2019年より地産バナナ「朝陽に輝く水平線がとても綺麗なみかんの丘のある町のバナナ」(愛称「綺麗」)の出荷を開始した。2021年度の収穫数は約1万2,000本。さらにコーヒーの栽培、アルパカの飼育なども行い、広野町の復興を内外へアピールしている。

生まれ育った町の復興のため難解な事業に挑む

冬の平均気温が10℃を上回る広野町は、「東北に春を告げるまち」がキャッチフレーズ。温暖な気候を生かし、古くからミカンの栽培が行われてきた。1990年に完成した二ツ沼総合公園には公益社団法人日本パークゴルフ協会公認コースであるパークゴルフ場が整備されるなど、観光スポット、住民の憩いの場も充実した町づくりを行ってきた。

この二ツ沼総合公園の管理・運営を行っているのが株式会社広野町振興公社だ。公園の管理・運営業務を主体に、町の交流人口増加や健康増進へ向けた取り組みを行ってきた。そんな同社が東日本大震災後、新たな町の産業づくりを目的に、2018年9月にバナナの栽培を始めた。

二ツ沼総合公園に「トロピカルフルーツミュージアム」の看板が掲げられている 二ツ沼総合公園に「トロピカルフルーツミュージアム」の看板が掲げられている

バナナは、日本の気候風土を考えると栽培が困難な植物といわれている。今まで栽培の経験も無く、ましてや成功の可能性も不透明な事業になぜ取り組むことになったのか。代表取締役の中津弘文氏は次のように説明する。

「自治体100%出資のまちづくり会社が、困難といわれている栽培事業に本気で取り組む姿を町民に見せたかった。それが町民の皆さんにとって、地域への愛着や誇りを取り戻す助けになればと考えました。復興に向けたチャレンジとして、あえて東北地方で初の試みにトライすることで皆さんを元気づけられたらと」。

「困難に取り組む姿を町民の皆さんに見せることが大切」と語る代表取締役の中津弘文氏 「困難に取り組む姿を町民の皆さんに見せることが大切」と語る代表取締役の中津弘文氏

広野町は、東日本大震災で約330世帯が地震と大津波による甚大な被害を受け、福島第一原子力発電所の事故の影響で全町避難を余儀なくされた。その後、国が定めた緊急時避難準備区域は2011年9月30日に解除。翌年3月には行政機能が戻り、住民の帰還に向けて準備が進められた。

中津氏は東日本大震災当時、広野町役場の職員として働いており、行政機能復帰後は放射線対策課課長、復興企画課課長として、町の復興事業に携わっていた人物だ。

「37年間、役場の職員として充実した日々を過ごさせていただきました。しかし、町の役に立つ仕事をしたと自分で言えるのは、復興関連事業に携わった7年間だけではないか。そう感じていた時に、振興公社で新事業をスタートする話があり、恩返しの続きをしようと決めたんです」。

住民の帰還が進む一方、避難生活による心の傷の回復、コミュニティーの再生、住民と行政の関係性など、課題は少なくなかった。その中で、広野町の住民にとって「誇り」となるものができれば、自治意識の向上や、交流・関係人口の拡大にも期待できるのではないか。この町で生まれ育った中津氏は、そう考えた。

28文字に込められた地産バナナへの思い

農業の経験は無く、ましてや日本で栽培が難しいとされるバナナを取り扱うという難題に挑むことになった中津氏。故郷への恩返しをという決意を原動力に、バナナ栽培に関する知見を広めていった。

「どんな苗を購入して、どのように栽培すればいいか。まさに一からのスタートでした。バナナを栽培する農家など全国から情報を収集する過程で、岡山の農家・田中節三氏が開発した『凍結解凍覚醒法』のことを知り、その苗を試してみることになったんです」。

凍結解凍覚醒法は、栽培する植物の種子、または成長細胞塊を約半年かけて-60℃に凍結させた後に、ゆっくりと解凍。これにより発芽以降の早い成長を促し、耐寒性も生まれるという技術だ。中津氏は、広野町でのバナナ栽培を成功させる一つの道筋になると考え、苗150株の購入を決意。定植した後は、栽培に必要な情報を得るため関連企業での研修に参加するなど努力を続けた。

そして定植から約1年後、バナナの苗はぐんぐん成長して高さが3mを超えるほどになり、2019年8月に最初の収穫を迎える。広野町の新たな栽培事業の礎となるバナナは、「朝陽(あさひ)に輝く水平線がとても綺麗(きれい)なみかんの丘のある町のバナナ」と命名された。

「全国公募で約400の応募から、現在の名称に決定しました。中には、『みかん』と『バナナ』の文字が一緒になると混乱するのではという意見もありましたが、この事業に着手した地域の未来がこの28文字に込められているという点が決め手となりました」。

クリーミーで濃厚なおいしさが特徴の広野町産バナナ「綺麗」 クリーミーで濃厚なおいしさが特徴の広野町産バナナ「綺麗」

広野町の美しい情景を後世に伝え、その自然の中で育ったバナナであること、また町の復興への誓いの意味も込められており、満場一致で決定。とても長い名前のバナナとして知られるようになり、話題づくりにも一役買っている。長くて覚えられないという意見も踏まえ、「綺麗」という愛称を定めて商標登録も行った。

150株の苗からスタートして、初年度の収穫数は約1万1,000本。翌年度は約8,500本と減少したが、2021年度には約1万2,000本と初年度を上回った。これも、中津氏らの努力のたまものといえる。

順調なスタートを切ったように思えるが、その過程では失敗もあったという。
「ある時、バナナの苗を別のハウスに移したら枯れてしまったんです。原因は土壌の違い。同じ敷地内でも土の性質が違ったことが影響したようです」。

優れた技術で作られた苗でも、土を含めた育てる環境が違えば予期せぬ出来事も起きる。それを実感したことで、さまざまな視野からバナナ栽培の知識をさらに深めていった。

青い状態で収穫される「綺麗」 青い状態で収穫される「綺麗」

事業収入の課題解決へ新たな栽培もスタート

「綺麗」は熟す前の青い状態で収穫され、室(むろ)と呼ばれる追熟装置を使って熟成させる。すべてコンピューター制御でコントロールしているため、熟成の進み具合も調整でき、出荷の調整も自由に行えるのが特長だ。安心安全なバナナとして市場に出すため、JGAPも取得した。それでもまだ、市場流通においては課題も残る。それは事業収入の確保だ。

室と呼ばれるバナナの追熟装置 室と呼ばれるバナナの追熟装置
加工用にフリーズドライされたバナナ 加工用にフリーズドライされたバナナ

「凍結解凍覚醒法を開発した田中さんが育てたバナナは、1本600円台で売られています。利益を考えれば『綺麗』も同等の値段で売らなければいけないのですが、われわれは1本300円前後で販売しています。理由は、この事業の根本に住民の『心の復興』があるからです」。

町の100%出資とはいえ、株式会社としては利益を上げなければいけない。しかし、住民に何度も食べてもらい、他の地域の人にも幅広く知ってもらいたいという思いで、価格を安く抑えている。

そのため利益率は低く、事業収入をいかに確保するかという課題があった。その解決に向けて、新たな熱帯性果実の栽培に着手している。その一つがコーヒー豆。年齢性別を問わず愛好者が多いコーヒーは、国産、特に東北産なら希少性が高いために販売価格を高く設定できる。

「コーヒーの栽培も試行錯誤の繰り返しです。コーヒーの木は半日陰を好むので、バナナの木の下で一体栽培ができると思ったのですが、コーヒーの天敵である害虫の問題もあり断念しました。今は別のハウスへ移植し、2023年6月ごろの初収穫へ向けて環境を整えながら栽培を続けています。バナナと同じようにブランド化してアピールしていく予定です」。

さらに、バナナと同様に南国以外での栽培が困難とされるパパイア栽培も行っている。バナナと同じ時期に苗を定植し、2019年4月に初収穫を終え、今では年間300個の収穫実績を達成。完熟する前の青い状態で収穫することで、野菜として市場に出荷できるのも大きなメリットになるという。バナナの価格を抑えた上で事業収入を確保するため、引き続き積極的な取り組みを進めている。

地元住民の理解、交流人口増加という成果は着実に

新規事業を立ち上げて4年、バナナの新たな品種の栽培にも挑戦。販売促進のため、生食用だけでなく加工品の生産も始めた。地元の福島県立ふたば未来学園高校とコラボし、クッキー、ドーナツ、マドレーヌなどのスイーツを商品化。トロピカルフルーツミュージアム内のカフェ「フルーツパーラー二ツ沼 ひろぼーの休憩所」、ふたば未来学園の学生カフェ「caféふぅ」で販売されている。自社では「綺麗」を活用したプレミアムバナナプリン「ひろぼーのごちそう」を開発、数量限定販売を実施した。

さらに、福島工業高等専門学校とバナナ酵母から新株を発見する共同研究を行ったり、広野小学校ではバナナの茎の粉末やペーストを使った和紙づくりが授業で行われ、その和紙が卒業証書に使われたりと、さまざまな広がりも見せている。

「バナナ事業においては、まだ安定した収益が出ているわけではありません。しかし、施設への見学・視察者数は2019年度が約5,200人だったのに対して、2021年度は約1万3,500人にまで増えました。お金に換算できない効果は着実に上がっていると実感しています」と胸を張る。

トロピカルフルーツミュージアム内のカフェ「フルーツパーラー二ツ沼 ひろぼーの休憩所」 トロピカルフルーツミュージアム内のカフェ「フルーツパーラー二ツ沼 ひろぼーの休憩所」

広野町振興公社では、2021年から二ツ沼総合公園内でアルパカの飼育も始めた。町が連携協定を結ぶ東京大学アイソトープ総合センターが、ベンチャー企業と共同でアルパカの血液の抗体からがんの治療薬を開発するプロジェクトを行っており、それに協力するためだ。

「東京大学アイソトープ総合センターの研究拠点が広野町にできる予定で、医学の進歩と観光が結び付く取り組みができればと考えています。バナナ事業も含めて、交流人口または関係人口の増加を見込み、力を入れていきたいです」。

アルパカの飼育にはバナナの葉を活用した飼料を使うなど、循環型の仕組みも検討している。バナナをはじめとした熱帯性果実栽培でも、地中熱を活用する設備を導入し、室温管理に役立てて燃料費削減を図る。

「農業のICT化も含めて、われわれが取り組まなければいけないことは多くあると思います。その中で、誰でも安定した栽培ができるように仕組みをつくり、マニュアル化していきたいと思います」。

すべては、住民の心の傷を癒やし、広野町の復興をアピールするために。

課題

・東日本大震災および福島第一原子力発電所の事故の影響による全町避難の影響で、行政と住民の間に距離が生まれた。

・設定した価格帯でバナナの販売を続けると収入の確保が難しいが、事業の性質上、価格改定以外の方法を模索する必要があった。

解決策

・町が100%出資する会社で、バナナ栽培という難しい事業に取り組む姿勢を見せることで、住民を元気づけ、心の傷を癒やす。

・事業収入の確保に向け、販売価格を高く設定できるコーヒー豆の栽培に着手。販売促進のため、バナナを使った加工品を開発。

効果

・バナナの初収穫が行われた2019年から2年間で、県内外からの視察・見学者が約8,000人増。町への理解も広がる。

・2023年にはコーヒー豆が初収穫を迎え、バナナ同様にブランド化してアピールする予定。加工品の認知度も徐々に上がっている。

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