株式会社haccoba

株式会社haccoba

【福島県南相馬市】

酒蔵が「新しいコミュニティー」になる
人口がゼロになった街で「酒造り」文化を創造

企業情報

  • 企業名 株式会社haccoba
  • ヨミガナ カブシキガイシャハッコウバ
  • 業種 飲料・たばこ・飼料製造業
  • 代表者 佐藤太亮氏[代表取締役]
  • 所在地 福島県南相馬市小高区田町2-50-6
  • TEL 080-3606-1792
  • WEB https://haccoba.com/
  • 創業年 2020年
  • 資本金 非公開
  • 従業員数 4人
  • 売上高 非公開

企業概要

代表取締役の佐藤太亮氏は前職を退職後、新潟の酒蔵での修業を経て2020年2月に会社設立。6月に妻と共に南相馬市に移住して準備を進め、11月に酒蔵となる民家のリノベーションを開始。2021年2月に酒蔵が完成し、醸造を開始。4月グランドオープン。酒蔵+パブというスタイルで営業をスタート。ここが地域のコミュニティーとなって社会課題をカジュアルに考える場になればという考えで取り組んでいる。

若者たちが移住して起業。酒造りで「社会に問いかける存在」に

東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故で、避難指示区域に指定され人口がゼロになった南相馬市小高区。現在は住民も帰還し始め、交通機関や商店の整備も進み、人々の生活が戻りつつある。

一度人口がゼロになった小高区で2021年2月、民家をリノベーションした酒蔵が誕生した。その名は「haccoba(ハッコウバ)-Craft Sake Brewery-」。東京から移住した若者たちが、まさにゼロから立ち上げた。

株式会社haccoba代表取締役の佐藤太亮氏は埼玉県出身。都内の大学を卒業後IT系の会社に就職し、スタートアップをサポートする仕事も経験している。

「大学時代に働いていた飲食店で、日本酒の味わいや楽しさを知りました。石川県で酒造りの現場を見学させてもらう機会があり、いつか自分も取り組めたらと思うようになりました」。

いつか酒造りに取り組みたいとの思いをかなえた代表取締役の佐藤太亮氏 いつか酒造りに取り組みたいとの思いをかなえた代表取締役の佐藤太亮氏

その時は酒を造ることまでは考えていなかったが、日々仕事をしているうちに、「酒造り」に人生を懸けて取り組みたいと思うようになり一念発起。これまでに飲んだ日本酒の中で、「鳥肌が立つほどおいしい」と感じた銘柄を造っていた新潟県の酒蔵に連絡し、受け入れてもらい、酒造りを基礎から学んだ。

修業を終え、いざ酒造りを始めることに。なぜ南相馬市小高区を選んだのか?

酒造りに必要なことといえば、適した気候風土や蔵の環境が頭に浮かぶが、佐藤氏が場所選びで大事にしたのは、その場所が持つ意味だった。避難指示が解除となり人々の営みが戻ってきているとはいえ、風評や人口減少など課題は山積みの南相馬市小高区。しかし、角度を変えて見れば、ゼロからまちづくりが行われる場所でもある。

「海外や都内などの選択肢もありましたが、経済的な価値よりも文化的・社会的な価値が最大化される土地で挑戦したいと思いました。味の追求はもちろんしていきますが、一度人口がゼロになったこの小高区で酒造りをすることで、社会に問いかけをしていく存在になりたいと思ったんです。地域の人たちが集まる新しいコミュニティーになればいいなと」。

酒蔵に集い、みんなで地域社会の課題を考える。佐藤氏が目指す在り方に合致した場所が、この小高区だった。

地域の人たちが集まるコミュニティーとして機能する 地域の人たちが集まるコミュニティーとして機能する

パブを併設して、気軽に人々が集える酒蔵に

実は佐藤氏の誕生日はくしくも3月11日。その日が来るたび、何か力になりたいという思いに駆られていた。東日本大震災直後から南相馬市で復興に携わる人々との出会いもあった。

出会った人の中には、小高区で「100の課題から100のビジネスを創出する」ことをミッションに掲げ、2014年より事業創出に取り組んでいる株式会社小高ワーカーズベース代表取締役の和田智行氏がいた。

起業支援に力を入れ、行政と組んだ起業型地域おこし協力隊や、複数の大手民間企業と連携した若手起業人材育成事業などを展開している和田氏との出会いが、haccoba立ち上げを加速させた。

「酒造りをするに当たって店舗用の空き物件を探しましたが、なかなかいい物件が無くて頭を悩ませていた時に、和田さんから『親戚の家が今、空き家になっているから使ってもいいよ』と、ありがたいお話を頂きました」。

和田氏の実家から目視できるほどの距離にある空き家を酒蔵にすることが決まり、佐藤氏は妻と共に2020年6月に移住。まるで実家のような生活のぬくもりが感じられる空き家は、新しい酒と新しい文化を創造する場所、そして地域のコミュニティーとして人々が集う場所を目指し、リノベーションされた。

空き家となっていた民家をリノベーション 空き家となっていた民家をリノベーション

建物内には酒蔵とパブを併設。酒を仕込むタンクや酒造りの様子が見えるようにガラス張りになっている。蔵見学はハードルが高いと感じる人も、haccobaではパブに気軽に立ち寄ったついでに、間近で見ることができる。お酒が好きな人にはたまらない光景であり、そうでない人も興味深いものであろう。

奥にはキッチンを備え、腕によりをかけたフードメニューを提供できるようにしている。「飲み手と造り手の境界を可能な限りあいまいにして、お酒を造る楽しさも身近に感じてもらいたいので、こういうデザインにしました」と佐藤氏はほほ笑む。

2020年11月に始まったリノベーションを終え、2021年4月、ついにグランドオープンを迎えた。

外壁にはhaccobaのロゴが輝いている 外壁にはhaccobaのロゴが輝いている

新しい文化の礎を築くため、古き良き製法にチャレンジする

haccobaの酒は日本酒のようで、実は酒税法上は日本酒に分類されない。

国内で酒類を造るためには「酒類製造免許」が必要になる。日本酒やビール、ウイスキーなどに細分化されており、それぞれに製造免許が必要だ。特に日本酒の製造免許は、原料から最低限の醸造量まで細かく定義されている。

近年、日本各地でクラフトビールやクラフトジンなど、大手メーカー以外から多数ヒット商品が誕生し、市場が活性化している。そこには日本酒に比べ製造免許が取得しやすく、参入するハードルが低いという背景がある。日本酒を醸造するための酒類製造免許を新規取得することは、現実的には不可能に近い。

haccobaが取得したのは「その他の醸造酒製造免許」。日本酒(清酒)は米と米こうじを原料とし、こした酒のこと。「その他の醸造酒」というジャンルでは清酒を名乗れない代わりに、発酵過程で米と米こうじ以外の副原料を使うことができる。

「うちのお酒は東北の一部地域に伝わっていたとされる『花酛(はなもと)』というどぶろく製法に基づいたもの。ビールにも使われるホップの防腐効果を発酵初期に利用するやり方です。今、この製法を用いている酒蔵はほとんど無いと思います」。

柔軟な発想で酒造りに取り組んでいる 柔軟な発想で酒造りに取り組んでいる

各家庭でのどぶろく製造が禁止されて以降、ほとんど用いられなくなった製法だが、「伝統に基づいた自由な醸造スタイル」での酒造りを目指すhaccobaでは、あえてこの製法で酒造りを行っている。

これまで醸された酒の数は17。伝統的製法の花酛をベースに、ビールの原料ホップを加えたかんきつ系の爽やかな味わいのものや、インドの飲み物「マサラチャイ」のミルキーさをイメージしたものなど、さまざまな酒がある。

限りなく自由な発想で醸される酒だが、一方で主原料のお米は南相馬市産のものにこだわっている。福島県のプロバスケットボールチームとのコラボ商品として、福島県矢祭町産のラズベリーを使ったものもある。

「どれも実験的要素を加えたものです。醸造所でもありラボでもあります。昔の酒造りはもっと自由でしたので、今後もさまざまな副原料を使って自由な醸造スタイルを追求していきたいと思っています。もちろん、お米は地域のものを使うというこだわりも忘れません」。

本来、酒造りは各家庭でいろいろな原料を使って楽しまれていたものだが、現代においては「自由な酒造り」を楽しむことができない。今後、地域の人たちに愛される酒を造り、小高を「自由な酒造りが楽しめる土地」にしたいと考えている。

何事にもとらわれない柔軟な発想が、酒造りの可能性を広げている。

東北に伝わるどぶろく製法「花酛」とビールの製法をかけあわせたhaccobaの酒 東北に伝わるどぶろく製法「花酛」とビールの製法をかけあわせたhaccobaの酒

コミュニティーという点が結び付いて、やがて大きな文化に

自由な発想で酒造りを展開するhaccobaだが、飲む人に「おいしい」と思ってもらえる酒を造るという軸は決してぶれない。

「うちは一般的な酒蔵と比べると、圧倒的に小規模で醸造量も少ない。その分、小回りが利きます。味や質を追求するためにいろいろなことにチャレンジできる。それがお酒のおいしさや楽しさにつながっていくと思っています」。

お米と麹の味を際立たせたやさしい味わい お米と麹の味を際立たせたやさしい味わい

いくら小規模がいいといっても、ファンが増えれば醸造量も増やさなくてはいけなくなる。必然的に蔵の規模も大きくせざるを得ないのではないか。

佐藤氏の考えは異なる。

「規模を大きくしていく以上に、この土地、地域にしっかりとした根っこを生やし、続けていくことが大事だと思っています。続けていくことが、新しい文化を生み出すことにもつながっていくはず」。

さらにエネルギー問題や気候変動などのグローバルな社会課題についても、「酒」というツールを通じてカジュアルに考えるきっかけをつくっていければと思っている。

一方で、拠点を増やしていきたいという考えはある。

「小高区から拠点を移すつもりはありませんが、隣町の福島県浪江町に2つ目の酒蔵を作り、3年後には3つ目の酒蔵を海外に作りたいです。会社を大きくするよりも継続し、haccobaのほかにもあちらこちらで同じ考えや価値観を持った人たちが酒造りをする。そのために、起業する人のサポートもしたい。そして、それらの点がいつか大きな面になればいいなと思っています」。

小高区に誕生したhaccobaは、「酒造りを通した新しい地域コミュニティーと文化の創造」という大海原にこぎ出したばかりだ。

課題

・南相馬市小高区は避難指示の解除後、生活が再開されたが人口は3分の1程度で、風評など課題が山積。

・福島県原子力被災12市町村で横のつながりが少ない。

解決策

・haccobaが街の「新しいコミュニティー」となり、社会課題に思いをはせるきっかけをつくる場になればと考えた。

・つながりの機会を活発化させるために、自由な酒づくりを行う酒蔵を増やす。

効果

・地域の人たちに愛される酒を造り、「自由な酒造りが楽しめる土地」に。地域が抱える諸問題について「酒」というツールを通じてカジュアルに考える場に。

・酒の造り手が増えることで、人と人、地域と地域の交流の活発化や移住者の増加が期待できる。

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