相馬市民市場株式会社 浜の駅松川浦

相馬市民市場株式会社 浜の駅松川浦

【福島県相馬市】

漁業の魅力発信で復興支える
外資系企業から転身した店長の挑戦

企業情報

  • 企業名 相馬市民市場株式会社
  • ヨミガナ ソウマシミンイチバカブシキガイシャ
  • 業種 飲食料品小売業
  • 代表者 立谷秀清氏[代表取締役社長]
  • 所在地 福島県相馬市尾浜字追川196
  • TEL 0244-32-1585
  • WEB https://www.hamanoeki.com
  • 創業年 2019年
  • 資本金 1,410万円
  • 従業員数 15人
  • 売上高 非公開

企業概要

「相馬復興市民市場」(愛称「浜の駅松川浦」)の運営会社。相馬市の水産業は、東日本大震災による津波被害と福島第一原子力発電所の事故に伴う風評被害で脅かされたが、約10年をかけてその機能を取り戻しつつある。そこで松川浦漁港の復興のシンボルとして「浜の駅松川浦」が設営された。地元の水産物や農産物などを取り扱うが、出品者(生産者)に売場スペースを貸して商品を陳列しているため、生産者との距離が近いのが特徴。食堂も併設し、コミュニケーション創出の場ともなっている。

通い続けた被災地で見つけた、自分に「しっくりくる」ボランティア

太平洋の大海原に面する福島県相馬市。この沖合は寒流と暖流が交わる豊かな漁場だ。ここで獲れる魚介類は「常磐もの」と呼ばれ、東京・豊洲市場の水産関係者から評判だった。

しかし、東日本大震災における福島第一原子力発電所の事故後、漁を制限しながら出荷先での評価を調べる試験操業が続き、10年が経過した2021年3月31日にようやく試験操業が終了。現在は本格操業に向け、漁の制限を段階的に解除しながら水揚げ量の拡大に取り組んでいる。

そんな中、相馬市と相馬市の漁業関連企業などが手を組み、第三セクターとして相馬市民市場株式会社を設立。10年に及ぶ制限の解除を目前とした2020年10月に、復興事業のシンボルとして、漁業と生活者を結ぶ「相馬復興市民市場(浜の駅松川浦)」をオープンした。相馬市内のよりすぐりの産品と水揚げしたばかりの魚介類を取りそろえており、専門家が太鼓判を押す常磐ものを買い求めに、地元のみならず県内外から多くの客がやって来る。

この浜の駅松川浦の店長を務めるのが、東京から移住してきた常世田隆氏。元々は世界140カ国以上で事業を展開する外資系金融会社に勤めていた。

「移住のきっかけは、会社を早期退職したタイミングだったこともありますが、東日本大震災の被災地でボランティア活動を通じて知り合った方々と一緒に復興に尽力したいと思ったからです」。

浜の駅松川浦の店長、常世田隆氏 浜の駅松川浦の店長、常世田隆氏

常世田氏がボランティア活動のために初めて被災地を訪れたのが2011年10月。会社の同僚たちと共にボランティアを乗せたバスに揺られ宮城県仙台市を訪れ、月に1度のペースで1年通い続けた。

福島県相馬市や南相馬市で暮らす人々と交流を図るツアーにも参加し、「人々の前向きで明るい姿が心に響きました。ツアー後も相馬に毎月のように通って、皆さんとごはんやお酒を共にしながら、懐に入っていくというか交流させてもらった。何かしてあげるというより、時間を共有し、交流する。これが自分にしっくりくるボランティアであり復興支援なんだと思いました」と常世田氏。

足しげく現地に通った常世田氏は、南相馬市小高区を拠点に、地域のビジネス創出を展開する「株式会社小高ワーカーズベース」代表の和田智行氏と出会う。

「被災された人たちと話をしていて、前向きな姿勢になっているけど何かを始めるまでには至っていないのかなという部分も見受けられました。でも和田さんから『人口がゼロになった小高区で、100のビジネスを創造する』という思いを聞いて、若い世代がこれまでにとらわれないゼロからの街づくりを始めるという思いに胸がときめきました」。

その小高ワーカーズベースが南相馬市から委託を受けて、小高区の住民の生活を支えるための仮設商業施設「東町エンガワ商店」の運営を請け負うことになったとき、和田氏から常世田氏に「マネジャーを引き受けてくれないか」とオープニングスタッフの打診があった。

「小高区の住民でもない自分に誘いがあったことに驚きましたが、復興のお役に立てるならと引き受けました。この歳で家族を置いて単身赴任。自分でも思い切ったなと(笑)。店頭に立ちながら、各メディアの対応をしたり、SNSで小高区という被災地の現状を発信したりしていたのですが、避難した人や帰還しようと考えている人に、何らかの思いを伝えられたのかなと思います」(常世田氏)。

「どこに避難していたの?」「久しぶりね、元気にしてた?」など、突然バラバラになってしまった住民たちにとって、ここに来れば誰かと会えるという場所だった「東町エンガワ商店」。2015年9月のオープンから3年後の2018年12月に役目を終え、惜しまれながら閉店となった。

「浜の駅松川浦」のすぐそばにある自然公園。のどかで人々の交流に適した場所だ 「浜の駅松川浦」のすぐそばにある自然公園。のどかで人々の交流に適した場所だ

くじけず前進する若者と一緒に復興の道を歩む

東町エンガワ商店の閉店後、常世田氏は隣の相馬市へ移り住み、情報誌「そうま食べる通信」の制作に携わる。相馬市周辺の1次産業や食品加工業の生産者の生き方や、食に対する思いを掲載しており、食材や相馬で使えるさまざまな特典が付いたユニークな情報誌だ。

編集長は漁師と土建業社長の2人。さらに仲卸業、ギフトショップ、水産加工業の従事者など6人の若者たち。編集経験ゼロの面々が、取材、撮影から編集まですべてを行った。その誌面の中で常世田氏は、「若者たちの、くじけず前進していくという気持ちに協力したかった」と、相馬沖で獲れる魚介類のトリビアについて執筆した。

相馬の魅力を発信し続けた「そうま食べる通信」も、2020年8月発行分をもって休刊。また一つ役目を終えた常世田氏に、今度は2020年10月にオープンする浜の駅松川浦の店長にならないかという声がかかる。

「引き受けた理由は2つ。県外出身者から相馬の魅力を伝え、経済復興に少しでも貢献できればと考えたため。もう一つは、漁師と消費者をつなぐ交流の場をつくることで、この町の漁業、そして町自体の活性化につながると思ったからです」。

「浜の駅松川浦」は主に水産物コーナー、農産物コーナー、地域の物産商品コーナー、そして食堂「浜の台所 くぁせっと」の4つのブロックに分かれている。訪れる客のメインのお目当てはもちろん松川浦漁港で水揚げされる魚介類。誰しもその鮮度と安さに驚く。

「当店はスーパーではなく、いわば直売所。例えば水産物なら、仲卸業の方々が出品者という形で、決められたスペースで魚介類を販売する。店側で仕入れを行ったり商品を並べたりしないのでそういった人件費はかかりません。また、ここから目と鼻の先にある松川浦漁港から運んでくるので鮮度は抜群。物流コストもかからない分、首都圏などと比べて安くおいしい鮮魚を店頭に並べることができるわけです。最安だと、福島県の普通のスーパーなどの2分の1くらいの価格だと思いますよ」。

だが評判を聞き付けた客の中には、やはり安全性を気にする人もいる。開業時の懸念事項の一つではあったが……。

「2021年3月に試験操業が終わりました。それは国の厳しい安全基準をクリアしたから。安全性を気にするお客さんには丁寧にご説明しています。面白いことに、そういうお客さんほどたくさん購入されていきます」と、常世田氏は店内に積まれた持ち帰り用の発泡スチロール箱を指差して笑う。元々は「地方発送用」に用意した発泡スチロール箱だが、ビニール袋では入り切らず、こちらも購入して持ち帰る客が多いのだそう。あわせて保冷用の氷も必要となり、製氷機は2台追加。約2年間営業する中で、レジも従業員もトイレも足りなくなり、追加したほどだ。当初の見込みを大きく上回る売り上げには、「うれしい誤算です」と常世田氏は語る。

客層は、地元をはじめ福島県内、近県の栃木県、茨城県、宮城県、さらには東京都と広範囲にわたる。「福島は遠いという人がいますが、首都圏から相馬市まで300kmちょっと。日帰りで行き来できる場所です」と常世田氏。ボランティアで何度も南相馬市や相馬市に通っていた常世田氏が語るからこそ説得力がある。

相馬の食卓には欠かせない、海苔 相馬の食卓には欠かせない、海苔
広々とした店内。地の物を中心に新鮮な魚介が購入できる 広々とした店内。地の物を中心に新鮮な魚介が購入できる
松川浦で水揚げされる魚介類の種類と旬が一目で分かるパネル 松川浦で水揚げされる魚介類の種類と旬が一目で分かるパネル
毎日採れたての農産物が並ぶ農産物コーナー 毎日採れたての農産物が並ぶ農産物コーナー

外様から見た「福島の魅力」を相馬から発信していく

「浜の駅松川浦」の人気を支える一番の要因は「安くて新鮮でおいしい鮮魚」といえそうだが、もう一つ欠かせないのが「浜の台所 くぁせっと」の存在。

「水産物コーナーで取り扱う鮮魚を使った料理を提供していますが、休日や、時間帯によっては行列ができるほど人気です。揚げ物料理なども少しはあるのですが、やはり刺し身のおいしさに驚かれます。それで帰りに生の魚介類を購入されるというケースも多いですね。こちらも一番の魅力は新鮮な魚介類なので積極的に勧めています」。

豪華魚介9種が味わえるぜいたくな丼「そうま海鮮九曜丼」 豪華魚介9種が味わえるぜいたくなメニュー「そうま海鮮九曜丼」
見映えのよい海鮮丼にアレンジして食べることもできる 見映えのよい海鮮丼にアレンジして食べることもできる
その日水揚げされた新鮮な刺し身が人気「日替わり刺身定食」 その日水揚げされた新鮮な刺し身が人気「日替わり刺身定食」
新鮮な魚介とメカブを味わえるうれしい一品「漁師のまかない丼」 新鮮な魚介とメカブを味わえるうれしい一品「漁師のまかない丼」

ただ、水産物コーナーではさまざまな魚介類を取り扱っているとはいえ、客のニーズにすべて応えられるわけではない。

「お客さんには、漁港にはどんな魚介類も水揚げされると思っている方も多い。でも実際には旬もあればマグロやカツオのような遠洋漁業で獲る魚は水揚げされません」(常世田氏)。

そのため、店内には松川浦漁港で水揚げされる旬の魚介類について図解したパネルを設置。理解を深めてもらおうと取り組んでいる。

「漁港で水揚げされる魚介類を知ってもらうこと。そして、それを求めにリピーターになってもらうことへとつながれば設置したかいがあるというもの」。松川浦沖で獲れる魚介類を理解してもらう、味わってもらうことは、まさに「そうま食べる通信」が築いてきたことと同じだ。さらに旬ごとに訪れてもらうことでリピーターが生まれる。

リピーターが増えるのはいいことだが、地元の旅館や飲食店、物販店からは観光客が街中に流れないのではと、懸念する声もあったという。

「確かにここだけが潤うわけにはいきません。少しでも街中に人が流れるように、店内にそれぞれの割引チケットを置いて、お客さんに使ってもらえるよう促しています。関係者からは徐々にお客さんが増えていると聞いて、安心しています」と常世田氏。「相馬市の復興拠点という意味合いだけでなく、ここから福島県の魅力を発信していきたいと考えています。そのためにはまず、松川浦沖で獲れる魚介類や相馬市のPRをしていかなくてはいけません」とも。

福島県内は浜通り、中通り、会津地方とそれぞれが異なる気候風土や文化を持つ。常世田氏は、10年後にはその垣根を越えて一つになってほしいと願っており、InstagramやTwitter、YouTubeなど、さまざまなSNSを駆使して、浜の駅松川浦のPRにつながる投稿のみならず、福島県全体の魅力を発信。投稿に対するコメント数もだんだんと増え、手応えを感じている。

「県外からやってきた私にとって福島はとても魅力的。さまざまなイベントに参加したり、旅先で見つけた特産品を紹介したりするのが楽しくて、自主的に発信しています。東日本大震災後、相馬市を含む浜通りと中通り、会津地方の交流も増えてきました。相馬福島道路もできたので、気軽に行き来するような距離感でつながってもらいたいです。被災から11年以上が経過しましたが、これからの10年でさらに福島県の魅力を発信していきます」。

福島県外から移り住んだからこそ体感する魅力を発信していく。常世田氏の描く復興はまだ歩み出したばかりだ。

課題

・避難指示などによる、根本的な人口流出問題。

・どうしても松川浦漁港で獲れる魚介類の安全性を気にする客がいて、売上面や風評被害の懸念が拭えなかった。

・浜の駅松川浦のオープンで地元の旅館や飲食店、物販店に観光客が流れないのではないかと懸念する声が上がる。

解決策

・「浜の駅松川浦」を設立し、相馬市の漁業の再出発を支えるとともに、観光客や帰還する人たちの交流の場をつくった。

・松川浦漁港で水揚げされる旬の魚介類について図解したり、安全性について懇切丁寧に説明したりして、理解してもらうことに努めた。

・店内に地元の旅館や飲食店、物販店で使用できる割引チケットを設置。

・InstagramやTwitter、YouTubeなどあらゆるSNSを駆使し、浜の駅松川浦のPRはもちろん、福島県の魅力を発信。

効果

・まだまだこれからではあるものの、徐々に客も増え、また相馬福島道路もできるなど周囲のインフラも着実に改善されてきており、交流や活気が増えてきたことを感じている。

・理解をした上で納得、安心し、多く買っていく客が増えた。

・浜の駅松川浦のオープン以前に比べ、2、3割ほど客が増えた。

・Instagram「浜の駅松川浦」は開始約2年間でフォロワー数が1,400人を超えた。

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