株式会社木の屋石巻水産

株式会社木の屋石巻水産

【宮城県石巻市】

ファンの応援受け2年でV字回復
「やってみよう」の精神で挑戦する新商品やコラボに手応え

企業情報

  • 企業名 株式会社木の屋石巻水産
  • ヨミガナ カブシキガイシャキノヤイシノマキスイサン
  • 業種 食料品製造業/飲食料品小売業
  • 代表者 木村優哉氏[代表取締役]
  • 所在地 宮城県石巻市魚町1-11-4
  • TEL 0225-98-8894
  • WEB https://www.kinoya.co.jp/
  • 創業年 1957年
  • 資本金 1億円
  • 従業員数 80人
  • 売上高 21億円

企業概要

1957年創業の水産加工品メーカー。代表商品は鯨肉加工品で、ほかにも朝取れの魚を鮮魚のまま缶詰にする独自製法と、国産調味料を使用し、素材の味を大切にした商品づくりを行う。2013年に完成した美里町工場では、缶詰や鯨肉加工品、佃煮などを生産し、併設の直売所でも販売。季節の節目には直売会を行うなど、地域活動にも取り組んでいる。

工場全壊、従業員離散も缶詰が希望をつなぎ、再建へ

「鯨大和煮」や「金華さば缶詰」の製造元として宮城県内でよく知られる株式会社木の屋石巻水産は、東日本大震災後、「希望の缶詰」で全国にも広くその名を知られることになる。

大津波により宮城県石巻市魚町にあった工場は全壊。「鯨大和煮」のデザインをそのままあしらった巨大な魚油貯蔵タンクが倒壊し、横倒しになっている姿は、石巻が壊滅的な被害を受けたという状況を大きなインパクトを持って伝えた。当時70人いた従業員は指示を待たず高台に避難したが、1人が命を落とした。

被災当時の様子。代表商品「鯨大和煮」仕様の魚油貯蔵タンクが倒壊 被災当時の様子。代表商品「鯨大和煮」仕様の魚油貯蔵タンクが倒壊

その後、不安を抱えて退職する人もおり、残った社員は30人ほど。がれきの片付けをしたり、工場の跡地に埋もれた泥まみれの缶詰を拾って洗浄したり、できることを行った。すると、その缶詰を「中身が大丈夫ならば買いたい」という声が全国から殺到する。以降「希望の缶詰」として話題を呼び、全国から続々と訪れるボランティアの力も借りて、2011年4月初旬から半年ほどかけて20万缶を資金に変えることができた。

がれきから取り出され集められた大量の缶詰 がれきから取り出され集められた大量の缶詰
がれきから取り出され集められた大量の缶詰 話題となった「希望の缶詰」。泥だらけの状態からきれいに洗浄

そうした周囲の応援に応えて再建の機運が高まるが、当時の木村長努社長、木村隆之副社長は現実を見据えていたという。現在の代表取締役、木村優哉氏は「当時は社長に再建しましょうとけしかけていましたが、社長になった今ならやめた方がいいかもしれないという迷いはすごく分かります」と話す。

株式会社木の屋石巻水産 代表取締役 木村優哉氏 株式会社木の屋石巻水産 代表取締役 木村優哉氏

大きな課題は再建資金。資金が無く自力での再建は不可能だと悩む木の屋石巻水産を救う決め手となったのは、経済産業省によるグループ補助金だった。2011年の年末にグループ補助金が出ると知って、再建を決断。木の屋石巻水産だけでなく石巻の水産業、水産加工業全体の復興・復旧が現実的なものとして見えた瞬間だったという。

木村氏にはもう一つ、再建を確信した出来事がある。

「ボランティアの方から『初めは被災地のボランティア活動として来ましたが、木の屋さんの缶詰を食べたら本当においしかったので、応援したいと思ってまた来たんです』と言ってもらえたのです。お客さんの心に届く、ちゃんとしたものを作ってきていたんだなと確信できたことで、きっと再建できると思えました」。

内陸にも拠点構え工場再開。応援受け2年でV字回復果たす

グループ補助金を活用して再建することになったが、従業員の中から被災した場所での工場再開を望まない声が上がった。「せっかく1年間残ってくれたのに、工場が建つ時に辞められるのは困るし申し訳ない」と、内陸にも工場を建設することを決める。

「希望の缶詰」によって会社が救われた形だが、「缶詰というのは本来こういう災害時に役に立たないといけないもの。同じような災害があった時、避難所に缶詰を持っていくこともわれわれの一つの役割」という考えも、内陸に拠点を置く理由だった。

2013年、石巻から車で30〜40分ほど、港で水揚げされた魚介類の鮮度を保てる距離にある美里町に新工場が完成。石巻の本社工場では原料の1次処理や加工を行い、美里町工場でそれを使って缶詰や真空パックなどの商品を製造する。

美里町工場。外観はクジラをイメージしている 美里町工場。外観はクジラをイメージしている

「単に復旧するだけでは意味が無い」という当時の経営陣の考えから、「人が訪れる工場」というコンセプトを立てた。外観はクジラをイメージした建物にして、ガラス越しに作業の様子が見られる見学コースを整備するなど、工場見学に対応。さらに、工場直売ならではの商品をそろえる直売所も併設するほか、旬のおいしさを楽しむイベントも定期的に開催している。

美里町工場内の缶詰製造エリア 美里町工場内の缶詰製造エリア
工場見学のために設置された展示パネル 工場見学のために設置された展示パネル

美里町工場は稼働し始めたものの、レシピも津波で流されていたため、定番商品を復活させるところから再開。1年に1、2種類ずつ、3年ほどかけて一通りの商品を復活させた。当時は東京と東北を中心に問屋や商社への卸売りが中心で、半分ほどの顧客はしばらく戻ってこなかったが、2015年9月には売上高が被災前の水準までV字回復を遂げる。

缶詰の大きさもデザインも創業当時のまま復活させた「鯨大和煮」
缶詰の大きさもデザインも創業当時のまま復活させた「鯨大和煮」
缶詰の大きさもデザインも創業当時のまま復活させた「鯨大和煮」
木の屋石巻水産を代表する秋の定番商品「金華さば味噌煮」
木の屋石巻水産を代表する秋の定番商品「金華さば味噌煮」
木の屋石巻水産を代表する秋の定番商品「金華さば味噌煮」

「作れば在庫が無くなるほど売れるようになったのは、全国的に三陸の物が市場から無くなった背景もありましたが、何よりも缶詰を拾って洗っていたころから応援してくれていた人のおかげです。ボランティアに訪れた人たちがSNSで発信してくれたのが、計り知れない宣伝効果を生んでいました」。

そのSNSの波及効果がその後、木の屋石巻水産にさらに大きな効果をもたらすことになる。

「やってみよう」の精神と失敗できる環境でヒット商品続々

新商品開発も加速させていく。取引先から、牛たんのあまり利用されていない部位を活用した商品が作れないかと相談を受けて開発した「牛たんデミグラスソース煮込み」がヒット。宮城県塩竈市の株式会社武田の笹(ささ)かまぼこと開発した「canささ 笹かまアヒージョ」は仙台市産業振興事業団主催の「第7回 新東北みやげコンテスト(2020年)」で最優秀賞に選ばれた。

ヒット商品となった「牛たんデミグラスソース煮込み」
ヒット商品となった「牛たんデミグラスソース煮込み」
ヒット商品となった「牛たんデミグラスソース煮込み」

こうした商品開発力について、「ただフットワークが軽いだけなんです」と木村氏は謙遜する。「うちの企業理念は、前向きであること、新商品に力を入れること、鯨食文化を保存させることの3つ。新商品開発は『力を入れる』というよりも、『どんどんやっていこう』という姿勢です」。

そうした企業風土が浸透しているからこそ、「水産」加工品ではない商品も実現に至り、時にヒット商品が生まれる。「社内会議で、そんなの売れないだろうという意見も出ます。でも、売れるか売れないかはお客さんが決めることなので、最終的にはやってみようと」。

しかし、前向きな姿勢だけで成功するものではない。積極的な挑戦を支える要因の一つが、美里町工場併設の直売所だ。テストマーケティングがしやすくなり、流通に乗せるのは難しいという判断になっても、作った分は直売所で売り切ることができる。失敗もある程度回収できる環境があることは、挑戦を生み続ける原動力につながっている。

美里町工場併設の直売所 美里町工場併設の直売所

もちろんその根底には、品質の良さがあることはいうまでもない。木村氏は「鮮度の良い原料が使えるのが他社さんとの違いではあります」と自信を見せる。

さらに、「うちの缶詰の特長は、サバ缶でも鯨缶でも、開けた時にきれいに詰まっていること。そこはこだわりを持っています。一つひとつ手で丁寧に詰めているんですが、そういう缶詰はなかなか無いと思います。大手にはできないことですね」と明かしてくれた。

思わぬ一手で若年層にアプローチ 時代の変化に挑み続ける

地元アイドルグループ「いぎなり東北産」とのコラボ商品 地元アイドルグループ「いぎなり東北産」とのコラボ商品

現代の「魚離れ」が叫ばれる状況を変える努力も行っている。骨ごと食べられて栄養価が高く、魚離れの一つの原因ともされる調理の手間も不要な缶詰を若い人にも食べてもらいたいと、意外な策に打って出る。地元アイドルグループ「いぎなり東北産」とのコラボレーションだ。

2021年9月、いぎなり東北産のメンバーが美里町工場を見学し、商品をPRする動画をYouTubeに公開すると、動画経由で木の屋石巻水産のウェブサイトにアクセスが急増。その9%にも上る人が実際に缶詰を購入し、全国からファンが訪れる効果もあった。

想像以上の反応に、いぎなり東北産のファンへの恩返しの気持ちも込めて、メンバーが木の屋石巻水産の作業着を着用した姿と直筆のコメントをラベルにあしらったコラボ缶詰を用意。いぎなり東北産のクリスマスライブで販売したところ、完売した。SNSではファンが缶詰を「おいしい」と紹介する投稿が相次ぎ、若年層の消費拡大という狙い通りの手応えを得て、今後も展開を続けていくという。

この成功を生むために欠かせなかったインターネット通販には、2019年から力を入れてきた。「うちの缶詰はやや価格が高いので、説明も無くお店にただ置いていてもなかなか買ってもらえません。通販であれば、こういう新鮮な素材を使って、こういうふうに丁寧に作っているので少し値が張るんですよと、きちんと伝えることができる。それでおいしいと思ってもらえれば、リピート購入にもつながります」。インターネット通販はこれからますます重要なチャネルになると考えている。

最後に、今後の展望について木村氏に聞いた。

「東日本大震災の後も、若者の魚離れや新型コロナウイルス感染拡大などさまざまな困難に見舞われています。それでも商品には自信を持っていますので、インターネット通販の強化やアイドルグループとのコラボレーションといった新事業にも取り組むなど、時代の激しい変化にも柔軟に対応できる会社づくりをしていけば、発展していけるのではないかと思っています」と決意を語ってくれた。

「やってみよう」の精神を大切に、挑戦を繰り返すことで時代の荒波を乗り越えていく木の屋石巻水産。今後の取り組みにもぜひ注目していきたい。

課題

・大津波により石巻の工場が全壊、従業員の半数以上が会社を離れた。

・グループ補助金を活用し工場再建を計画するも、被災した場所での再開を望まない声が上がる。

・「魚離れ」が進む中、特に若年層に魚食の普及、缶詰の消費拡大を図りたい。

解決策

・ボランティアの力も借りて、工場の跡地に埋もれた泥まみれの缶詰を洗浄し販売。

・災害時に缶詰を届けることも使命という考えもあり、内陸の美里町にも工場を建てる。

・アイドルグループとコラボし、工場や商品をPRする動画を公開。

効果

・「希望の缶詰」として話題を呼び、半年ほどかけて20万缶を資金に変えることができた。

・原料の鮮度を保ち変わらぬ品質で商品を製造。

・動画経由で木の屋石巻水産のウェブサイトで缶詰を購入した人が9%にも上り、全国からファンが訪れた。

福島宮城岩手の最新事例30