記者会見等

細野復興大臣記者会見録[令和8年10月2日]

令和8年10月2日(金)19:00~19:10 於)広野町役場 3階全員協議会室

1. 発言要旨

 昨日、今日と2日間、浜通りの市町村を回らせていただきました。12の市町村は真っ先に訪問しなければならないと思っておりましたが、首長の皆さんとの時間調整がうまくいかなかった部分がございまして、楢葉町と、そして川内村についてはまだ訪問できておりません。できるだけ早い段階で訪問したいと思います。月曜日から国会が始まるものですから、週末も含めて早急に調整するようにということで、事務方に指示をしているところでございます。
 10市町村を回らせていただきました。改めての私の思いでございますが、一つは、15年でそれぞれ本当に皆さん頑張られて、よくここまで来られたなと感じております。15年前を知る者として、当時の浜通りの混乱というのは大変なものがございました。多くの方々が避難をされた中で、ここまで復興を果たされた地元の皆さんの御努力に対して心より敬意を表したいと思います。また、全ての市町村でこうした事故を起こしたことについてのおわびも私としてはさせていただきました。
 そういった意味では、大きく環境が皆様の御努力によって変わったわけですが、一方でまだまだ課題も多いなということも感じたところでございました。
 また、その課題というのがそれぞれの市町村によっても違うし、またそれぞれの市町村の中でも避難指示解除の時期であるとか、現状まだ避難が続いているであるとか、そういったことによって相当違うなということも感じたところでございました。
 したがって、復興庁として、また復興大臣としては、今回いただいた要望というのを一つ一つ丁寧にしっかり受け止めて、少しでもそれぞれの問題が解決できるように努力をするというのは一つ大きな仕事になってくると思います。
 一方で、全体の枠組みとしてしっかりと考えていかなければならないところもあると思っております。その代表的な例が、第3期復興・創生期間の後、どうするのかという、課題でございます。今年は第3期の初年度ですので、まずは5年間をしっかりとやり切るということでございますが、一方でこの5年間で福島の復興が終わるかといえば、とてもその範囲では収まらないということだと思います。そこは高市総理もおっしゃっていますとおり、福島の復旧・復興ということについては貫徹するんだということでございますので、その後どのような形で予算であるとか仕組みを残すかということについても検討しなければならないと改めて思ったところでございました。
 最後に、改めて、12の市町村のうちの10市町村を訪問させていただいて、この間、頑張ってこられた思いを受け止めて、私としてしっかりやらなければならないなという決意を新たにいたしました。震災直後はそれぞれのまちの名前がなかなか頭に入っておりませんでしたが、当時、大臣室に県内全体の地図を大きく貼りまして、訪問するたびに頭にたたき込んで、まちのそれぞれの首長の皆さんであるとか、まちの特徴であるとか、抱えている課題なんかを頭に入れたときのことを思い出しております。今もその地図は私の頭に残っておりますので、福島の特に浜通りの皆さんにしっかりと寄り添って、15年ぶりにこういった形で復興大臣という役をいただきましたので、その役を私としてもしっかりと貫徹をしたいと思っております。
 私からは以上です。
 

2. 質疑応答

(問)15年前、大臣は震災からの収束、復興ということで環境大臣としても非常になじみの深い福島県民にとっては復興大臣になられたなという感じがしますけれども、今回、防災担当の大臣も兼務されるということにつきまして、改めてその決意のほどをお願いいたします。
(答)私が防災大臣を兼務するのは、東日本大震災と原発事故という日本にとっては非常につらい経験だったわけですけれども、むしろ逆に絶対に忘れてはならない経験でもあると思っておりまして、その経験をこれからの防災にも生かしていく、この一点にあると思っています。ですから、新しく防災庁が1か月後には誕生するわけですけれども、そこに復興庁のしっかりとした教訓であるとか、私自身が国家の危機的な状況を経験しましたので、その経験なり思いなりをしっかりと入れ込むということをやりたいと思っています。
 ただ逆に、復興大臣としての役割は、むしろこれからが一番大事な時期だと思います。第3期復興・創生期間が始まった年ですので、この時期に復興大臣としての役割を果たす以上は、これまで以上に福島に寄り添ってしっかりやっていくと。これは私の政治家としての使命だと、天命だと思っておりますので、決して福島の皆さんに心配をおかけするようなことがないように、努めてまいりますし、福島県民の皆さんには、それは必ずやり抜くということについてはお約束を申し上げたいと思います。
(問)ありがとうございます。
(問)中間貯蔵施設の除染土、復興再生土について東京以外での利用も始まっていますけれども、大臣はかねてより中間貯蔵施設周辺での利用についても、いろんな利用方法があるというような御発言をされていたかと思うのですが、これについては地元でも意見が割れておりまして、復興大臣就任後も考えに変わりがないかということと、そこをおっしゃっている意図について改めて詳しくお聞かせいただければと思います。
(答)本日午前中に復興推進会議がございました。これは第二次高市改造内閣発足後初めての会議でございまして、私が司会をさせていただきました。また、発言の機会もいただきましたので、現段階での東日本大震災の被災地の状況についても報告をいたしました。
 私から申し上げたのは、復興再生土の福島県外での利用ということについては、私と環境大臣がそこはしっかりとやっていかなければならないということですね。あわせて、全閣僚の皆さんにしっかりと取り組んでいただきたいということを私からもお伝えをしたのですが、総理から最後の発言の中で、復興再生土の利用については全閣僚に協力を要請するという、これは指示だと受け止めましたが、そういう御発言がございました。ですから、それをしっかりとやり抜くというのは、私だけの思いではなくて、高市総理も含めた内閣全体の意思だと考えております。
 福島の皆さんからすると、最も大事なことは、最終処分については2045年までに県外でという、ここが最大の懸案というか御心配事だと思うんですね。そのときに、それを実現するためには、最終処分ということに至る土の量そのものを、これをある程度絞っていかないと最終処分というのは現実的には難しいわけです。
 今、1,400万立米という大量の土砂があるわけですけれども、これをそのまま最終処分ということでどこかで処理するというのは、率直に言って現実的ではないんですよね。そうなると、再生利用することについて最終処分の量を少なくしていくという、ここがポイントになるわけです。これはまず越えなければならない大きなハードルなんですね。そのことは中間貯蔵施設を初めお願いしたときに、常に私自身もすごく意識をしておりまして、そしてそのことを様々なペーパーでも指摘をしていたんです。それから15年が経過をする中で、私は、復興再生土の利用が十分進んでないことについては、政府としてはまだまだ取組が十分ではないと思っております。もちろん努力はしてきました。官邸でも使っておりますし、私の大臣室にもプランターがありますし、自民党の本部にもあるんですけれども、量的には極めて限られている。だから、一つの鍵は量だと思います。しっかりと福島県外で復興再生土の利用というものを一定の量でやることが最終的な解決に向かう最初の一歩だと思いますので、そういう思いで高市政権としてやり遂げる、その私自身は先導役というか、主力というか、その役を果たしたいなと思っています。
(問)一連の視察を終えられて、各自治体から要望書を受けられたと思います。中身を見ると、震災・原発事故から15年たつ中で、帰還困難区域の復興・再生に向けた支援だったりとか、中長期的な財政的な支援を求める内容があり、発災直後から自治体からの要望の中身というものは少しずつ変わってきていると思いますが、まだこれから読まれる部分もあると思いますけれども、現時点で各自治体から要望を受けられてどのような特徴があったと大臣は感じられたのかということと、各自治体からの要望書は高市総理へお伝えされたりする予定などがあれば、併せて教えてください。よろしくお願いします。
(答)全ての自治体で話を伺った中で、皆さん、復興庁はよくやってくれていると言ってくださったのは非常にありがたいなと思いました。もちろん十分でないところがあると思いますし、いろいろ至らない点があったと思いますけれども、復興庁が浜通りの自治体の皆さんと、福島の皆さんと寄り添ってずっとそれぞれ職員が頑張ってきた一つの成果というにはまだ至りませんけれども、皆さんの思いはそういった形で表していただけたのかなと思っております。
 全体としての皆さんの御要望ですが、大きく2つの種類に分かれていると思います。一つは、それぞれの自治体によって個別に全く違う多様な要望をいただいたと思います。例えば農地を再生したいという自治体ももちろんありますし、あとは今日の広野町のように、学校の建て替えであるとか、あとは低温倉庫を造りたいとか、こういう御要望もございました。今日だけでも、田村市には田村市、また南相馬市には南相馬市、それぞれの御要望があったなと思いますね。ですから、復興庁の仕事としては、それをしっかりと一つ一つ丁寧にやり抜くということが一つあると思います。
 もう一つは、大きな課題という意味では皆さん共通していたと思います。そして、その最大の課題というのは第3期復興・創生期間の後ということです。これは皆さん共通の課題として復興大臣としてしっかりとやっていかなければならないことだと思います。
 高市総理は、この大きな課題については十分認識をされています。先日、内堀知事とも会っていただいていますので、そこでも総理としても思いは述べられていますので、それは報告するまでもなく、総理は認識をされているし、私としてはまた復興大臣として一定の検討をした後は総理にも御相談しなければならないと思っています。
 一方で前者の部分は、これはむしろ私の個別の仕事だと思っていますので、一つずつ高市総理に相談するというよりは、復興庁の中でしっかりと検討した上で、復興庁だけではやり抜けない部分がございますので、これは何省だから、これは何省だからということで縦割りにするのではなくて、復興庁が窓口をやって、それで各省に動いてもらうという、そういう役を復興大臣としては果たしたいなと思っております。
 

(以 上)