漁場拡大で経営・災害リスクを分散 海面養殖の売り上げが定置網業の2倍に

有限会社泉澤水産

【岩手県釜石市】

漁場拡大で経営・災害リスクを分散
海面養殖の売り上げが定置網業の2倍に

企業情報

  • 企業名 有限会社泉澤水産
  • ヨミガナ ユウゲンガイシャイズミサワスイサン
  • 業種 漁業/水産養殖業
  • 代表者 泉澤宏氏[代表取締役]
  • 所在地 岩手県釜石市東前町19-10
  • TEL 0193-55-5481
  • WEB https://www.izumisawasuisan.com/
  • 創業年 1933年
  • 資本金 6,000万円
  • 従業員数 71人
  • 売上高 9億1,172万円

企業概要

1933年に岩手県釜石市で創業し、生産組合を経て1999年に設立。北海道、宮城県、静岡県、高知県でも漁場を経営する。2020年よりサクラマスの海面養殖の試験を開始し、「釜石はまゆりサクラマス」としてブランド化。2022年に事業化し、生産拡大を図る。

異なる地域への漁場拡大が経営リスク分散と災害リスク対策に

海に大きな網を仕掛け、入り込んだ魚を水揚げする定置網漁業。全国の沿岸漁業の約4割を占める中核的な漁業だ。定置網業を行う有限会社泉澤水産では、1994年以降、宮城県石巻市の金華山漁場や宮城県女川町の江島漁場、静岡県熱海市などでも漁場を経営。代表取締役の泉澤宏氏は、漁場拡大の経緯を次のように話す。

代表取締役の泉澤宏氏 代表取締役の泉澤宏氏

「定置網は1カ所にとどまり、魚を待ち構える漁業です。そのため釜石市内で複数の漁場を持っていても、魚が来なければ一気に会社が傾いてしまう。経営的なリスク分散のために、ある程度のコストをかけてでも、異なる地域・性質の漁場を複数持つ必要があると考えました」。

宮城県女川町にある有限会社泉澤水産の事務所 宮城県女川町にある有限会社泉澤水産の事務所

2011年の東日本大震災発生時は、岩手県と宮城県に4つあった漁場は全て大破し、陸上施設や漁網も流出。岩手県と宮城県に12隻あった船舶も、震災後に残ったのは、泉澤氏が沖に避難させた船を含めて4隻のみだった。

残った船を使い、被害が比較的軽微だった定置網の設備を修復し、6月中旬の水揚げ再開を目指した。海には津波により流出した家屋の残骸があふれ、船を係留する場所や陸上で作業する場所も確保できない状態だったため、見込み通りには進まなかったが、8月には再開にこぎ着けた。

泉澤水産が保有する船舶 泉澤水産が保有する船舶

しかし、従業員1人が犠牲になり、無事だった従業員の多くが家族や住まいを失っていた。生活再建が急務で、精神的にも肉体的にも仕事に集中できる状況ではなかったという。水揚げから流通までの港の機能が復旧するまでにも時間を要し、震災前の仕事ができるようになるまでには3年かかった。

こうした経験から、複数の地域に漁場があることが経済的なリスク分散だけでなく、災害時のリスクヘッジにもなっていると気付いたという泉澤氏。被災後は、北海道積丹町や高知県室戸市にも漁場を展開した。

主要魚種の水揚げ減少で、「自立」のため海面養殖に乗り出す

定置網漁業の様子 定置網漁業の様子

釜石の定置網漁業の主要魚種だった秋サケ(シロザケ)は、1994年に年間1万tあった水揚げ量が、2010年以降、海の温暖化などの理由で数百tまで落ち込んでいた。水産庁の漁業収入安定対策事業などの支援策で補塡(ほてん)しているが、「釜石近辺で定置網の経営を継続するのは事実上困難」と泉澤氏。そこで始めたのが、サクラマスの海面養殖だ。

釜石市と岩手大学、釜石湾漁協とコンソーシアム(共同企業体)を組み、2020年から海面養殖試験を開始。泉澤水産は設備や種苗の調達、実際の餌やりから水揚げを担当した。岩手大学は技術的指導、釜石市と漁協が地域や他の生産者との調整役を務めたことで、養殖参入における障壁はなかったという。
海面養殖は、定置網と同じく海に網を張ったいけすで作業することから、従業員もスムーズに適応できると見込んでいた。しかし、実際にやってみると違いもあった。

「似たような環境でも、魚の命を取る定置網業と、小さくて弱い魚の命を生かして育てる海面養殖は、ある意味で真逆の取り組み。養殖はより細やかな作業が必要になるので、慣れるのに時間がかかりましたね」。

海面養殖したサクラマス 海面養殖したサクラマス

初年度である2021年、直径20mのいけす1基で育てた成魚約8,000尾、約12.8tを初出荷。2年目も同じいけすで稚魚の量を増やして、約1万6,000尾、約30tを出荷した。2年目の水揚げを前に、公募の中から市の花ハマユリにちなんだ「釜石はまゆりサクラマス」という名称に決定し、ブランド化を目指している。

定置網と養殖の効率化で「攻め」の水産業に転換

養殖に取り組み始めて3年目の2022年秋、事業化に踏み切った。直径40mのいけす2基に拡充し、2023年の出荷は160t程度を見込む。成魚から卵を取ってふ化させ、育てて出荷する完全養殖も可能となり、有用な形質を持つ品種同士を掛け合わせる「選別育種」も進める。2023年11月には、いけすを4基に増やし、年間1,000tの生産を目標に掲げる。

「定置網の赤字を補うことができれば」と始めた海面養殖により、釜石では養殖の売り上げが定置網業の約2倍に。全漁場における割合は5~6%程度だが、今後1割程度まで上がる見込みだ。

さらにIoT(Internet of Things)も取り入れ、業務の効率化を図っている。例えば自動給餌システムを採用し、摂餌反応をモニタリングして食い付きが悪くなれば給餌を止める。AIが水温や溶存酸素量(水に溶けている酸素量)、時間帯との関係を分析し、最適なタイミングで適切な量の餌を与えることで、コスト削減や漁場の保全を目指す。2024年には給餌管を通して、陸上から餌をいけすに送る仕組みを導入予定だ。餌を運ぶために漁船を出す必要がなくなるため、燃料コストや排出ガスを減らし、従業員の労働環境の改善にもつなげる。

定置網漁業においては、引き続き漁場の拡大を見据えながら、既存の漁場でも海の状況や潮の流れによって定置網の場所を移動するなど、最適化に努めている。さらに、定置網に入り込んだ幼魚を、海面養殖の経験を生かして畜養するなど、限られた資源を活用して売り上げの最大化も図る予定だ。

「秋サケの不漁は依然として続いており、釜石市の水産業は窮地にあります。しかし、地域の危機感は薄い。だからこそ『待ち』ではなく『攻め』の姿勢が重要」と語る泉澤氏。多様な取り組みが、創業の地である釜石を鼓舞している。

課題

・魚を待ち構える定置網漁業は、漁獲量が不安定。

・同じ海域に複数の漁場を広げても、魚が取れなくなるリスクがある。

・2010年以降、釜石での秋サケ水揚げ量が激減。釜石で定置網漁を継続することが困難に。

解決策

・性質の異なる複数の漁場を保有することで、漁獲量の安定化を目指した。

・北海道や静岡県、高知県など全国各地に漁場を拡大して経営リスクを分散。

・釜石でサクラマスの海面養殖業に乗り出した。

効果

・釜石での水揚げ量が減った分を、他の漁場の水揚げでカバーできるようになる。

・ある地域で災害が発生した場合でも、被害のない漁場で操業を続けられる。

・養殖業が定置網の売り上げを上回り、赤字分を補塡。

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