産業復興のカギ「地域内経済循環」とは?─宮城県石巻市のケースを例に─

特集 03
産業復興のカギ「地域内経済循環」とは? ─宮城県石巻市のケースを例に─

上の写真は、石巻うまいもの株式会社が運営する直売店「石巻うまいものマルシェ」の店内。壁に掲げられた「10」は、この店が石巻市内の水産加工業者ら10社による共同運営であることを表している。
宮城県石巻市の基幹産業である水産加工業には、地域経済を大きく成長させる原動力となるポテンシャルがあると、監修委員会座長を務める柳井雅也氏は指摘する。そのキーワードは「地域内経済循環」だ。
被災地が復興を成し遂げていくためには、地域の持続的な経済成長が欠かせない。そのエンジンとなり得る地域内経済循環について、石巻市のケースを例に、柳井氏に話を聞いた。

柳井雅也氏

柳井雅也氏 東北学院大学 教養学部 地域構想学科 教授

INDEX

地域経済の成長につながる「地域内経済循環」とは

「地域内経済循環はまず簡単に言うと、一つの地域に『生産・販売』『分配』『支出』という3つの要素があり、この中でお金が回っていくシステムのことです。『生産・販売』から生まれた所得が『分配』と『支出』を経て、再び生産の場に戻ってくるというものです」。

柳井氏は、この循環が確立されることが地域経済の成長において重要だと強調する。もう少し詳しく聞いてみよう。

「例えばある町で橋を造ると決まり、地元の建築会社に仕事が発注されて、その会社は地元のさまざまな業者に仕事を頼むとします。これが地域で最初に発生する直接効果であり、地域内経済循環の起点です。この一次効果が企業の利益や従業員の給与として分配され、日常の消費、そして投資という形で生産・販売の場に還流していく。ここまで一巡したものが、“地域に残るお金”になります」。

「そして、そのお金がもう一回同じ生産の場に再投資されて、あるいは別の業種の生産に使われて二次効果となっていく。これがループのように繰り返され、続いていくのが地域内経済循環です。こうして地域内で安定してお金が回れば関連企業の収益が向上し、雇用が生まれます」。

確かに地域にとっては理想的な理論だ。だが、現実にはすべて地域内で完結させるのは難しい。

「もちろん、外に出ていくお金があります。他の都道府県などに本社がある企業が生産段階から入っていれば、地域外に流出したという見方をします。地域内の企業が、地域外から働きに来ている人たちへ支払う給与も同様です。それでも残ったお金を、地域内で循環させて増やしていくことが重要です」。

「実現のために必要な存在は、起点となる直接効果に当たるものが大事なのは当然として、図①の一次効果の部分をしっかりと自分たちで握り、地域外からお金を稼げる産業です。せっかく経済循環を一巡しても、地元にお金を投資する先がない、ビジネスの場として魅力がないとなったらやはり地域外に流出してしまう。再投資を行い、経済循環の2巡目に持ち込む企業を増やさなければいけません」。

●図①地域内経済循環の仕組み 出典:『地域経済循環分析システム』(環境省、株式会社価値総合研究所)、2015年版より。 出典:『地域経済循環分析システム』(環境省、株式会社価値総合研究所)、2015年版より。

地域内経済循環の実現に必要なのは強い地域産業

地域内経済循環を高めるために必要なのは、強い地域産業。柳井氏が好例として挙げるのは宮城県石巻市のケースだ。

「石巻市は水産加工業が大きな基幹産業です。経済効果の規模だけを見れば建設業が圧倒的に大きいのですが、水産加工業は経済循環に強く、地域経済の足腰の強さに貢献している。我々はこういう産業に注目します」。

図②を見ると、石巻市は、食料品産業を含む「全産業の域際収支」が大きくマイナスとなっているものの、食料品産業については市外との間の収支を示す純移輸出額のプラス幅が大きく、食料品産業と市内産業との間の取引額も、漁港が存在する東北の他の都市と比べても突出して大きい。

●図②石巻の水産加工業 石巻の水産加工業 ※域内総生産額の0.2%以上かつ当該産業域内生産額30%以上。 出典:食料品取引は環境庁『地域経済循環分析』2015年データ。残りが農林水産省『漁業センサス 2018年』。

「これは石巻市が、地域外で売れるものを地元企業同士で作っていることを端的に示しているデータです。水産加工業は缶詰を作るための味噌や醤油、缶、梱包資材やラベル印刷など、多くの企業が地域内に集まっていることが大事になります。加工業が弱いと鮮魚のまま市場に出すことになり、付加価値が付きません。しかし石巻市では、水産加工業に関連するさまざまな異業種を巻き込む産業集積の形ができているのです」。

石巻市の水産加工業は、地域内経済循環の起点となる産業に成長するポテンシャルを十分に持っている。その「原動力」と柳井氏が高く評価している企業が、石巻うまいもの株式会社だ。東日本大震災で被災した水産加工業者ら10社が設立し、統一のブランド化に成功している。

「石巻うまいものは同業の加工業者が集合して設立した会社ですから、本来は異業種連携のような拡がりは持ちにくい。ところが同社はバーチャル共同工場という、各社がハードとソフト両面で協力する仕組みを作っています。同業者同士が互いのノウハウを惜しみなく開示し合い、それぞれの得意分野を集約させて商品を開発、製造しているのです。これは画期的なイノベーションと言えます。こうしたつながりが廃業を防ぐストッパーの役割を果たし、新しい商品を生み出す力になるからです」。

地域で生まれる魅力的な産業が経済を循環させる

ただ、開発・製造部門が強くなるだけでは地域内経済循環にはつながらない。

「石巻うまいもののもう一つの長所は、社内に地域商社部門を立ち上げ、自社だけでなく他社の商品もみんなで営業していることです。こうして商社の機能も併せ持つようになれば販路が拡大されるだけでなく、原材料の調達にも目が向きます。実際、同社では今、地元の漁師との協力にも意欲を示しているようです」。

「一方で石巻市では、一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンが若い漁師を育成するプロジェクトを進めるなど、今までにない新しい動きが起きています。地域内経済循環は地域の中に再投資できる魅力を持つ産業があることが必須ですから、こうした核が地域内の各地に生まれていることが非常に大事なんですね。新しく魅力的な取り組みが地域内の各所で多発的に生まれてくれば、やがて相乗効果による大きな異業種連携が可能になっていきます」。

しかし、そうした核を作るためにはやはり地域外との連携は欠かせないだろう。今後はどんな分野を地域外のパートナーにすべきだろうか。

「長期的に考えれば、知恵を持つ人です。具体的に石巻市で言えば、海で獲れる魚が減る時代の到来を見据えて、陸上養殖の技術者といった人たちとつながっていったほうがいいでしょうね」。

「いずれにせよ今後の日本の産業は、既存の統計では計れない動きをする人たちが担い手になっていきます。人口減少=経済衰退ではありません。イノベーションが起きれば新しい人のつながり方が生まれ、一人一人の活動量や生産性が上がります。これは人口減を十分に補えるものなんです。石巻市の水産加工業を例にお話ししたのは、新しい取り組みが産業の再定義を行い、地域に活力を呼ぶための実験場になっているからです」。

地域内で生まれ、また生まれ変わる魅力的な産業こそが再投資の意欲を呼び込み、経済を循環させる。ただ柳井氏は、決してそれが完結した姿ではないと語る。

「現在の地域内経済循環の課題点は、自治体単位の指標しかないことです。例えば京浜工業地帯のように、複数の自治体にまたがる産業地帯を構成したほうがより経済を強くすることができます。地元でお金を回し、地域に貢献する産業が各地で大きくなれば、行政が本腰を入れて取り組まざるを得なくなり、実現の可能性が高まります。そのためには、仕事の考え方、人と人のつながり方から変わっていく必要がある。自分の町を面白くしたいという熱意があれば、全部つながっていく話なんです」。

石巻うまいもの株式会社

石巻市内の水産加工業者ら10社が共同で設立した石巻うまいもの株式会社では、統一ブランドを立ち上げ、「バーチャル共同工場」と銘打って設備やノウハウを共有。また、地域商社部門を構成して販路を開拓している。同社の阿部友子氏に聞いた。

左手前に並ぶのは、統一ブランドによる最初のヒット商品「石巻金華茶漬け」 左手前に並ぶのは、統一ブランドによる最初のヒット商品「石巻金華茶漬け」

会社設立の経緯、地域商社部門による販路拡大についてお聞かせください。

当初は12社で任意団体を立ち上げ、協同して商品開発や販路拡大に積極的に取り組み、イベントや企業取引で積極的に共同販売を行いました。2016年1月、12社のうち10社で株式会社を設立。直売所を開設して共同販売を開始しました。
地域商社部門にあたる卸売事業が本格化したのは、統一ブランド「金華シリーズ」を立ち上げた2018年からです。構成各社がそれぞれ地域商社機能を持ち、他社商品を自社の取引先に提案・販売してきたことが、統一ブランド商品の販路を拡大できた主要因です。

そうした共同営業が地域全体にもたらした効果は、どのようなものでしょうか。

参加各社が他社商品を仕入れて販売すると、各社間の取り引きが発生して、地元にお金が回るようになります。

石巻金華シリーズは、スープカレーやパスタソースも加わってさらに充実 石巻金華シリーズは、スープカレーやパスタソースも加わってさらに充実

同業者が力を合わせることで、どのようなメリットがありましたか。

震災からの復興において、従来のやり方では限界があります。複数企業で力を合わせ、新しいアイデアや事業を生み出そうと考えたのが石巻うまいもののスタートでした。
統一ブランドなどの連携事業では、自社のみではハードルが高く感じられるチャレンジも可能になります。パッケージデザインや資材購入の共同化も、初期投資や資材費の負担軽減につながっています。
現在もコロナ禍や原材料確保などの問題がありますが、業界共通の課題だからこそ、力を合わせて乗り越える術が見つけられるものと思っています。そうした統一ブランドや製造面での協力、付加価値化など、試行錯誤を重ねるなかで、成果の一つとして地域内経済循環も生まれてきました。