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土屋復興大臣記者会見録[令和6年3月9日]

令和6年3月9日(土)15:28~15:45 於)石川県庁1階展示ロビー

1.発言要旨

 本日は七尾市を訪問し、半島部への食糧支援物資や栄養相談員派遣の拠点となっている栄養相談室からお話を聞くとともに、歴史的な町並みの残る一本杉通り付近の地震被害状況や、液状化の被害を受けた「七尾マリンパーク」を視察したところでございます。

 ここ石川県庁では、現地対策本部への激励を行った後、西垣副知事から能登半島地震の被災地の現状や今後の創造的復興に向けた基本方針について詳しく御説明いただきました。

 この後、馳知事と駅の事務室にて意見交換を行う予定でございます。

 視察を通して、地区全体が壊滅的な津波被害を被ったケースが多かった東日本大震災と異なり、能登半島地震では地区の中でも被害状況に差があって、今後の復興まちづくりに向けては住民の合意形成を丁寧に行うことが重要だと感じたところでございます。

 それから、また、視察の中で大変な御苦労と復旧・復興に向けた一つ一つの取組をお聞きしまして、政府として、生活となりわいを支えていく取組が非常に重要だ、必要だということを新たに感じたところでございます。

 それから、復興庁が東日本大震災の被災地に長く寄り添う中で蓄積した教訓が、能登半島地震からの復旧・復興の一助となるよう、これから復興大臣としても尽力してまいりたいという思いでございます。  

 

2.質疑応答

(問)今回、七尾市を視察されたということなのですが、いろいろと御覧になって大臣の所感というか、どのような印象を持たれましたか。

(答)私も初めて今回、被災地に入らせていただいて、入る前にもニュース等、またいろいろ写真等も見せてもらっていますが、入って古い町並みを歩かせていただいて、大変な被害が起きているということを改めて実感した次第でございます。

 それと、先ほどもお話しましたが、今回の地震は道路の災害が非常に大きくて、いろんな物資を運べなかったということにおいて、被災地への支援が当初、スピーディーに行われなかったということは、支援している皆さんにとっても大変苦しい災害だったのかなと思っています。

 やっと今、全ての人たちにはアクセスができているということを伺いまして、よかったと思っておりますが、今後、これは息の長い支援になると思いますので、今後いろんなことが出てくると思いますが、皆さんで一緒に頑張っていきたいと思っております。

(問)現地の方と直接お話をされる機会もあったかもしれないのですが、現地の方から寄せられた声の中で、どういった声があったか、あるいは大臣としてどういうふうにお感じになったかということを伺っても大丈夫でしょうか。

(答)東日本の場合は3県をまたいでおりますので、本当に地域によっていろんな状況があったのですが、石川県の場合も地域によってかなり差はあったと思いますが、非常に皆さん寄り添って暮らしてきた歴史がある地域なので、お互いに集落の中で助け合ってきたことは、この災害で助け合うというところに生きているのではないかと感じました。

 そういう意味で、なかなか支援が入りにくかったところでも、本当に皆で寄り添って、そして皆でいろんなものを持ち寄って支援が来るまで頑張れたということは、私は本当に地域の力ではないかということを感じております。

(問)今日、県庁に来られて激励の言葉をかけられたと思うのですが、具体的にどのような言葉をかけられたのかということと、あと、副知事とのお話の中でどのような要望があったりとかされて、大臣としてはどのようにお感じになったのかお伺いしてもよろしいでしょうか。

(答)激励の言葉の中では、私自身、東日本大震災の13年目になりますので、その中で、復興庁で働いてくださった各省庁の皆さんも大分こちらに入っていただいておりますので、そういうかつての知見が今回の災害に生きているということでは、皆さんの力をありがたく思っているということをお話しさせていただきました。

 それから、仮設住宅は2年で取り壊さなければならないということなのですが、これは、私は東日本大震災のときからも気になっておりまして。非常にもったいないけれども法律的な問題であるからということもあったのですが、今回、仮設も造るけれども、うまくいろんなスキームを使って、そのまま住めるという形の住宅も造るということを聞いておりまして、これは非常に一歩進んだ新しい形になるのかなということを感じております。あと、熊本でなさったような長屋方式、あれも地域の住民が分散しないで済むので大変いいと思います。

 それで、今、13年たって、まだまだ一番残っている問題はコミュニティー形成が非常に難しいという問題です。ということは、今からそこが一つの課題になっていく、復興の中の大きな重要な課題になっていくということを感じております。

 それから、なりわいも、復興させるのには時間もかかりますが、これも地域の人が諦めずに、絶対に復興させるのだという思いを強く持てるように、支援している皆さんの力も必要だし、それから地域のコミュニティーの力も必要だということを感じております。

(問)今日の視察、副知事との面会を含めて、改めて東日本大震災被災3県地域のこれまでの支援や経験、そういったものが今回の能登半島地震の復旧・復興の支援に向けてどのように生かしていこうというふうにお考えでいらっしゃいますか。

(答)一番、いろんな市町村長さんなどと話している中で、当初合意形成ができたと思い、それに突き進んだところが、住民の皆様は、年数がたっていくうちに、当初はそう思ったけど、でもこうしたいという、方向転換をなさる場合があるので、一度お話し合いをして決めたのだからということに固執せず、定期的に「これでいいんだよね」というような合意形成というのは非常に大事なことだということを感じておりますので、能登においてもこれを大切にしていただきたいと思っております。

(問)被災地のほうでは今、復旧作業が行われています。今後、復興へのフェーズに変わる中で、復興庁として息の長い支援といいますか、サポートといいますか、直接的にはサポートだと思いますが、ここら辺についてどうお考えでしょうか。

(答)我々は、13年間の蓄積したノウハウが非常にたくさんあります。そういう意味では、参考になるような事例はどんどん提供していきたいと思いますし、経験者による説明会なども必要であればしていきたいと思っております。

 いずれにしても、何か問題や困ったことがあって、復興庁で役に立つことは一生懸命やらせていただきたいと思います。

(問)人的支援なども含めてということか。

(答)人的支援なども、例えば復興庁の中で東日本の被災地域に対しては、今でも市町村で人手が足りないところがあるのです。そういう点においては、私どもの職員が全国を飛び回って頭を下げて、一人でも多くの方に来ていただきたいというようなことをやっておりますので。

 今は5名、復興庁から直接派遣をしておりますが、私どもだけではなく、全国の市町村からも、既に来ているとは思いますが、そういうサポートも、復興庁だけでなく政府を挙げて応援できればと思います。そういうのが重要だと思います。

 それから、今回の災害で私が感動したのは、東日本大震災で被災している、今も復興の途中である市町村が真っ先に、給水車を派遣したこととか、できる限りのことをしている。この本当に心の温まる話を聞いて、災害はあっては困るのですが、自分たちも世話になったのだからという、こういうことがすばらしいことだと思っております。

 そういう意味で、お互いに助け合うことで、しっかりと復興に向けて頑張っていきたいと思います。能登は必ず復興するという思いで、私も今日、ここに立たせていただいております。

(以  上)

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