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吉野復興大臣記者会見録[平成30年3月13日]

吉野復興大臣定例閣議後記者会見録(平成30年3月13日(火)9:50~10:10 於)復興庁会見室)

1.発言要旨
 おはようございます。今日は2点御報告をいたします。
 1点目、復興庁・茨城事務所の閉鎖についてでございます。
 茨城県内における復興事業の進展に鑑み、今月末をもって当庁の茨城事務所を閉鎖することといたします。
 茨城に関する業務は、4月以降本庁に引き継ぐこととし、「茨城復興推進官」を設置するなど、今後の茨城の復興への対応に万全の体制を敷いて継続してまいります。
 2点目でございます。被災地企業の人材獲得力の向上を目的に、今年度新たに、「地域における人材確保ノウハウブック」を作成いたしました。被災地での人材確保の好事例として、10社の取組を紹介しております。
 また、併せて、岩手県、宮城県、福島県の企業で働く魅力を若者に伝えることを目的に、「ジモトではたらく」等の小冊子も作成をしました。
 今後これらの冊子を3県の自治体、商工団体、学校等に広く配布をして、人材確保に悩む企業に役立てていきたいと思っております。
 同時に、これらの冊子が地元の若者の就職のきっかけになればと考えております。詳細は、後ほど事務方から御説明を申し上げます。
 以上です。

2.質疑応答
(問)今、茨城事務所の閉鎖と茨城復興推進官の設置ということでしたが、これまで茨城事務所の果たしてきた役割と、茨城の今後も含めた復興全体に関しての大臣の受け止めというのをお願いします。
(答)茨城も被災県でございますので、ハード事業、ソフト事業、それぞれ茨城事務所の果たしてきた役割は本当に大きかったものがあると思います。
 私も茨城県の各地を視察してまいりました。復興タワー、避難タワー等々の整備がされておりまして、地元の方々とも意見交換をして、本当に復興が完成したんだなという、そういう明るい声も北茨城市の市民の方々と意見交換もさせていただきました。そこは茨城事務所が大きな役割を果たしてきたんだな、そんな思いをしたところです。
(問)昨日、タイのヒラメ輸出に関して、一部消費者団体の反対などによってイベントが中止になるということが、タイの現地でありました。風評被害というのは常々大臣がおっしゃっているとおりだと思うんですけれども、そこに関して、今の現状把握と、あと大臣としての所感をお願いします。
(答)これは、最初は、タイに輸出がされるということで喜んでいたんです。
 先日10日にも総理が福島に視察に参りました。そのときにも原釜漁港に行って、タイに輸出をしてくれた方が、まだ30代の若い社長さんなんです。その方ともお会いをして、本当によくやったといううれしい言葉を発したばかりでありまして、このニュースを聞いたとき、本当に残念な結果であって、やはりこれが風評なのかなと思いました。
 タイ政府はきちんと食品の安全は確保されていると言っているにもかかわらず、市民の方々にそこを理解していただけなかったという、正に風評被害そのものであります。橘前復興副大臣も各国大使館に行って御理解を求めてきました。総理も外国の首脳を訪問したときには、きちんと日本の食品は安全だと、10日の日にも、自分が外交をしてきて、各国の首脳の方々に日本の食品は安全だというPRをしてきた中で、タイの輸出が決まったと、そんなこともおっしゃっていましたので、本当に残念です。日本国内はもとより、外国にも風評払拭のために、きちんと発信をしていかねばならないという思いです。
 皆さん持っていると思いますけれども、英語版、中国語版、中国語には2種類ありますが、さらに韓国語版等々の本当に役立つ、また、分かりやすい情報が沢山載った「風評被害の払拭に向けて」というパンフレットがあります。
 例えばこの間、台湾のテレビが来たんです。中国語版を見せて、これから福島に行くんだが、福島は入れない地域なんだというイメージで来ていたんですけど、これを使って、いわき市は北京と同じくらいの線量なんだよというところを示したらば、きちんとテレビで発信してくれるという、そういう約束もしてくれたところなんです。そういう意味でも、これからの本当に海外への情報発信、これが大事なんだなということを感じております。
(問)関連してなんですけど、今、復興庁として具体的に対策していこうというのがあるのかというのが1点と、今回は国の規制自体は取れているけれども、地元の、その民間の動きの中でこういう風評被害が起きてくるというところに対して、国がどうやってアプローチしていくとかいうのは、どうお考えですか。
(答)外国に対してですか。
(問)海外です。
(答)例えば、私も去年アメリカに行ってきました。直接やっぱり多くの方々に発信すること、そして、大使館を通じて日本の食品は安全なんだということを海外の人々に、政府はもちろんですけど、人々に対しての発信というものが必要なのかなというふうに思います。あと、先日フォーリン・プレスセンターで約1時間、プレゼンをしてきたんですけど、そういう場も活用しながら、また、SNS等も活用しながら、日本の食品は大丈夫なんだというところを発信していきたい、このように思います。
(問)閣僚の一人としてお伺いしたいんですけれども、森友学園をめぐる財務省の文書書き換え問題についての、受け止めをお聞かせください。
(答)多くの国民の方々から、この問題に対して厳しい目が向けられているということは、そのとおりだと思います。
 でも、この件は財務大臣がきちんと対応してくれる、閣僚の一人としてそう思っております。
(問)茨城事務所の話に戻って恐縮なんですけれども、「復興の進展に鑑みて」ということなんですけれども、ここは少し具体的にこういったところにめどが付いたらとか、こういったところが進んだらというところ、どういった部分がありますでしょうか。
(答)茨城復興推進官を設置し、本庁で今まで茨城事務所でやっていた仕事をやるということなので、別に、茨城の復興はもう全部終わったんだから、これでやめにしますということではございません。
 ただ、茨城県の場合、道路、港湾、防災集団移転、また、復興住宅等々のいわゆるインフラ、ハード面の整備はほぼ終わっているというふうに理解をしております。
 ですから、現実にもう今、職員に併任をかけている状況でございます。地元の茨城県、そして、関係市町村の御理解も得てのことでございます。
(問)3月11日で、震災と原発事故から7年が経過して、いよいよ8年目に入ると思いますが、大臣は今年は政府式典の方に出席されて、気持ちを新たにしたと思いますけれども、震災8年目に入って、復興の現在をお聞かせください。
(答)今までは、私は6回浪江町の追悼式に出席をしてきました。浪江町には請戸地区という漁港がございます。ここは津波で全滅をしたところです。消防団の方々が駆け付けて、捜索をして、命を助けていました。でも、夕方になって原発の事故が発生しましたので、消防団の方々に避難指示が出されました。もう今晩だけ避難してれば、明日の朝にはまた捜索に行けるものだというふうに誰もが、消防団の方々は思っておりました。「今晩一晩だけ待っててください、我慢しててください」というふうに言って、消防団の方々は避難をしたんですけど、それから丸6年入ることができなかった。助けられる命も助けることができなかったというのが、浪江町でございます。そういう中で、私はずっと浪江町の追悼式に出席をしてきたわけです。
 今回、東京での国主催の追悼式、復興大臣でございますので、浪江町は行けなかったんですけど、岩手、宮城、福島の遺族の方々が献花をしました。
 私は常々、後ろを振り向けば涙が流れてもう泣いてばかりいる、でも、後ろを振り向く日は3月11日、たった1日だけ、この日は後ろを振り向いて、私の友人も亡くなっておりますので、思って涙を流しますけど、残り364日は前を向くというのが私の基本的な姿勢でございます。
 岩手、宮城、福島の遺族の方々が献花をしたときに、私は涙を流してしまいました。涙が止まりませんでした。でも、その日は涙を流す日というふうに決めておりますので、大きな涙を流し、犠牲になられた方々、特に、私の一番の友人である彼に思いを寄せたところです。
(問)森友の話に戻って恐縮なんですけれども、国会の審議は今後もまたいろいろ荒れることが予想されて、前にも質問したんですけれども、結果として復興の議論やら、あと、復興特委は開かれるのかどうかって、それがある意味、政争の具で使われるようなところもあり得るかと思うんですけれども、その辺で今後その復興の議論が、国会内で停滞するのではないかという懸念を、私は思っているんですけれども、大臣はその辺はどのようにお考えでしょうか。
(答)衆参の復興特委の委員長が本当に一生懸命、野党の皆様方の御理解を得るべく汗をかいておりますので、これは復興庁、私としては国会の問題ですので、思いどおりにはいかないところもございますけど、本当に御理解を得るべく汗をかいている姿を見ております。復興の仕事は与党、野党はございません。そういう意味では、きちんとなされるべきところはなしていく。
 そういう意味で、二重ローン対策、これは去る2月22日に切れましたが、ちゃんと衆参で新しいつなぎ法案といいますか、二重ローンの法案を、議員立法でございますので、出させていただいて、きちんと支障のないように努めております。
 これも両院の委員長、また、各理事のお陰だなと、このように感じています。

(以    上)

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