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吉野復興大臣記者会見録[平成30年3月9日]

吉野復興大臣閣議後記者会見録(平成30年3月9日(金)9:50-10:00 於)復興庁会見室)

1.発言要旨
 おはようございます。今日は報告3点ございます。
 1点目、東日本大震災から明後日で震災8年目を迎えます。明後日の午後、政府主催の追悼式に出席をし、改めて震災により亡くなられた全ての方々に、哀悼の意を捧げたいと思っております。
 また、土井副大臣、浜田副大臣、長坂政務官も11日にはそれぞれ各地で開催される追悼式典に出席することとしております。
 8年目を迎えるに当たり、所感を申し上げたいと思います。
 地震、津波被災地域については、生活インフラの復旧はほぼ終了し、住まいの再建も今春までに9割が完成する見通しであります。
 産業、なりわいの再生についても、生産施設はおおむね復旧し、製造品出荷額は震災前の水準まで回復するなど、復興は着実に進展をしております。
 2020年度までに地震、津波の被災地域の復興をやり遂げるという強い意志を持って、全力で取り組んでまいります。
 原発事故で大きな被害を受けた福島については、帰還困難区域を除くほとんどの地域で避難指示が解除され、復興・再生に向けた動きが本格的に始まっております。
 介護サービス、医療提供体制の確保、子供たちの教育環境の整備、福島イノベーション・コースト構想の推進などに取り組みます。
 また、帰還困難区域においても、5年を目途に避難指示を解除し、居住を可能にすることを目指す特定復興再生拠点を整備し、新たなまちづくりを進めてまいります。
 一方、復興のステージの進展に伴い、地域や個人が抱える課題は細分化してきております。これらに適切に対応していくことが重要となっております。
 そのため、心のケアや、被災者支援に携わる方々への支援、風評払拭のための放射線リスクに関する情報発信など、ソフト面の施策の充実を図り、地域や被災者のニーズにきめ細かく対応してまいります。
 引き続き、現場主義を徹底し、被災者に寄り添いながら、被災地域の復興を更に加速化してまいります。
 2点目、本日17時15分より官邸において、復興推進会議、原子力災害対策本部会議の合同会合が開催される運びとなっております。
 会議では、復興7年間の現状と課題、原子力災害からの福島復興の進捗について、政府全体で共有される予定です。
 3点目、富岡町から申請がありました、特定復興再生拠点区域、復興再生計画について、本日認定をいたしました。
 富岡町が4番目の認定となります。詳しくは後程、事務方より説明をさせますので、よろしくお願いしたいと思います。

2.質疑応答
(問)今、発表のありました富岡町の特定復興再生拠点区域に関してですが、この大臣の受け止めというか、町にとってどういう計画かというのを、コメントをお願いできますか。
(答)富岡町も今日、認定をしたわけでありますので、特に、夜ノ森地区、桜の名所のところが帰還困難区域となっております。そういう意味では、そこがきちんと拠点区域に入っておりますので、本当に桜、これから桜の季節ですので、富岡町にとっては本当に宝物の地域です。
 そういう意味では、一日でも早く5年以内、5年を目途にということでございますので、一日でも早く解除をしていきたい、このように考えています。嬉しいことです。
(問)復興庁の設置期限が残りいよいよ3年ということになりますが、後継組織の考え方について、改めて御意見をお願いいたします。
(答)ハード面はここ3年できちんと完成させる決意を持って臨んで、大体完成すると思います。ただ、区画整理で土地は完成しますけど、そこから新しいなりわいをつくる、新しい建物をつくっていかねばなりませんので、後継組織もそうなんですけど、やっぱり土地だけできても3年掛かりますので、そこから、例えば、復興特区、いわゆる税制とか立地補助金等々、これをきちんとつなげていかねばならない、このように思っています。
 ですから、そういうハード面は完成しても、これからソフト面、ある意味で工場立地等々は、グループ補助金等々はハード面もございますけど、そういうところはきちんとできるように、残り3年で頑張っていきたい、このように考えています。
(問)さっき冒頭に震災から7年が経過して、今は8年目に入るところで所感を伺ったんですけれども、吉野大臣は被災者、被災地の国会議員として3人目の復興大臣です。平野達男さん、根本匠さん、吉野先生。
 そういった意味で、先程のコメントはその復興大臣としての極めて堅苦しいコメントというか、みんなが思っていることをおっしゃったと思うんですけれども、やっぱり被災地にお住まいになって、あと、災害を経験した大臣としてのコメントを改めて頂けますか。
(答)あの日のことがもう目に焼き付いて、頭の中に離れないんですけど、私は生涯、あの日の出来事、あの場面は忘れないと思います。
 でも、私の孫が今度、小学1年生になるんです、4月から。でも、彼は当時、おなかの中にいたんです。ですから、7年という歳月我々にとってはあっという間の歳月でしたけど、私の孫にとっては歴史上の一出来事という形でしか学ぶことができないわけでありますので、本当に7年という歳月は長い長い歳月なんだな、是非何としてもあの震災の地域で生まれたわけでございますので、災害は必ずやってきます。ですから、あの教訓をきちんと、私の場合は孫に伝えていかねばならないなという、大きな責任を感じております。
 そして、災害は必ずやってきますので、それに備える準備をしていく、防災・減災という立場で、被災を受けた者の一人として、強く今感じているところですね。
(問)先程、復興期間後のお話の中で、例えば、復興特区だとか、税制だとか、立地補助金などをきちんとつなげていかなければならないと思っているという御発言がありました。
 各種報道で、復興期間の延長を求める声などが住民から上がっているなどというところの話もありますけれども、そういう部分についての、今後の検討については大臣はどのように考えていますでしょうか。
(答)福島については、総理は国が前面に立ってという御発言がありますから、福島はあと3年で復興終わるわけはありませんので、ただ、岩手、宮城は先程私が申しましたように、土地はつくられてもこれからなんです。やっと土地ができた。なりわいの再生をしていくためには、これからなものですから、復興をつかさどる後継組織は、福島だけではなくて、そういう地域もきちんと支援できるような後継組織をつくっていきたい、このように考えているわけです。どういう形になるかは、これからの議論ですけどね。

(以    上)

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