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吉野復興大臣記者会見録[平成29年8月25日]

吉野復興大臣閣議後記者会見録(平成29年8月25日(金)10:50~11:02 於)復興庁会見室)

1.発言要旨
 明日26日、仙台市で行われます「第65回日本PTA全国研究大会」に参加をいたします。
 今回は、震災後初の被災地での開催であります。また、初めて復興庁も後援を行っております。
 本大会において私の方から、全国のPTA会員の皆様に、福島をはじめとした被災地への教育旅行回復に向けた協力や、正しい放射線知識の理解促進などについて、お願いをするつもりでございます。
 会場には、復興庁といたしまして、福島県と協力して参加者からの教育旅行の相談を受け付けるブースや、放射線を知るためのブースを設置いたします。引き続き、風評払拭に向け、全力で取り組んでまいります。
 以上です。
2.質疑応答
(問)PTAというと、やはり学校の職員というよりは保護者の方になると思うんですけれども、そういった方々に今お話しされた教育旅行だとか、放射線の知識について正しい情報発信をしていくというところの意義を、お伺いします。
(答)全くおっしゃるとおりでありまして、実は私のところの給食再開、これもPTAの御理解がなかなか得られなくて、地元の米を使うことがなかなかできませんでした。やはり学校の先生方の御理解は早かったんですけれども、PTAの方々の御理解がなかなか得られないという状況でございました。
 ですから、正にPTAの皆様方の御理解を頂くことが、風評被害払拭の上で大きな役割があると、こういう認識を私自身しております。
 そういう意味で、今回初めて大臣として全国の研究大会に赴いて、風評被害払拭のためにまずは教育旅行、そして放射線の理解、そして福島県、また被災地の農産物をたくさん食べていただきたい。学校給食に使っていただきたい。このようなお願いをしてまいりたいと思っています。
(問)先日、双葉町が特定復興再生拠点の申請を国にしました。今後の認可の見通しと、改めてこれから他の町村でも本格化すると思うんですが、今後の認可に向けた大臣の思いを聞かせてください。
(答)今まで双葉町はかなり遅れた、全てのことで大熊町と比較すると遅れておりました。でも、この特定復興再生拠点の申請は、大熊町よりも先に出たわけであります。
 復興庁ときちんと意見交換しながら、双葉町として出したわけでありますので、私は今月いっぱいということを最初は思っていたわけですけれども、いろいろな手続、中身の審査がこれからございます。今月いっぱいというわけにはいきませんが、各省庁に同意を求めながら、それをなるべくスピードアップして一日でも早く許可できるように持っていきたいと、このように考えております。
 また、他の町村の申請についても、復興庁と各町村、今、一生懸命努力をして申請できるように計らっております。そういう意味で復興庁の支援、これを十分に行って、一日でも早く申請がまとまるように努力をしていきたいと、このように考えています。
(問)先日、雑誌の報道で、初閣議後に日本酒を飲んだ、飲まないという記事が載りましたけれども、私はその事実関係には興味がありませんし、その記事全体について論評するつもりはないんですけれども、この記事の中で一つ気になることがございまして、吉野大臣が就任されて、「被災者に寄り添えるのは私だ」と発言したと、これは皆聞いていることです。それについて、あるコメントとして、「重点期間が終わって予算が減っていく時期に、復興庁に求められている内容とは違うと感じた」というような文章があります。これはどなたが言ったのか、私どもは分かりませんけれども、復興大臣とは被災者に寄り添って行政をするのが当たり前の話であって、それは重点期間が終わろうが終わるまいが、関係ないことなんですね。それを復興庁に求められているものとは違うと考えている人が、どうもいるようです。それで、吉野大臣が言ったことは、どうも空気を読めないというふうな評価になっておりますけれども、「被災者に寄り添う」と言っている復興大臣が違うと感じる空気というのは、腐った空気だと思います。腐った空気を吸う必要もないですし、読む必要もないと思いますけれども、大臣は如何感じますか。
(答)安倍総理は、私を復興大臣に指名をしておりますので、私は私の考えで、最後の一人まで被災者に寄り添った復興行政をやっていきたい、そういう決意を、その記事を読んで新たにしたところです。いろいろな意見があるのは、これは自由でございますけれども、その記事を読んで新たに、最後の一人まで被災者に寄り添った復興行政をやっていきたいという決意を新たにしたところです。
(問)復興副大臣をお務めになられました長島忠美先生が、先日お亡くなりになられました。被災地の首長さんの中でも、首長をお務めになった御経験から、公務・政務問わず非常に寄り添っていただいたということで、親身になっていただいたことに感謝の気持ちを持っていらっしゃる首長さんも、多くいらっしゃいます。大臣として今の受け止めのお気持ちをお聞かせください。
(答)私は8月8日に誕生日を迎え、69歳になりました。長島先生は66歳です。私よりも若い先生です。そしてあの大地震が起きたとき、自民党加速化本部の事務局長を長島先生はしておられました。私は地元にいたんですけれども、東京へ来たときに本当に長島先生にお世話になって、私たちのふるさとにも多くの支援物資を頂きました。
 また、仮設住宅をつくるときにも長島先生は、通常2年の仮設暮らしなんですけれども、3年半おられたという体験談をもとに、結露など、そういう仮設住宅の性能といいますか暮らしやすさ、いわゆる入居者の立場に立った視点で、こういうところを改善していただければ仮設住宅、もっと暮らしやすいんだなというアドバイスも受けたんです。
 そういう意味で本当に残念なことでありまして、お別れの会には是非出席をしたいと、このように考えています。
(問)今、各省庁、概算要求の時期を控えていますけれども、復興庁として現時点で概算要求に関してのお考えというのを、お伺いできますでしょうか。
(答)概算要求は、8月末までに財務省に提出をせねばなりませんので、今、鋭意精査中ということでございます。
(問)こういった要求内容にしていきたいというような、ちょっとざっくりとしたものでも頂けますか。
(答)私が大臣に就任して、ハード面は今順調に進んでおります。でも、ソフト面、特に心のケア、心の復興等々、あとNPO等々の支援者の方々がちょっと疲れを見せているということもあるようですので、被災者(を支援している方)の支援という新たなところも予算に盛り込んでいるところです。今、鋭意精査中ということでありますので、後で発表できると思います。
(問)今週、仙台市長に郡さんが就任されまして、吉野大臣も復興とかでお付き合いがあったかと思うんですけれども、改めて新市長への期待と、被災地の中で最大規模の仙台市ということで、連携とか期待もあるかと思うんですけれども、その辺の率直なところをお願いします。
(答)私が大臣になる前、復興特別委員長をしておったときの野党側の筆頭理事を、郡先生がなさっておりました。特に福島特措法の改正で大変な御尽力を頂いたところです。今度は東北最大の都市の市長になられたわけでありますので、仙台市はかなり復興は進んでおりますけれども、まだステージに応じて課題もあろうかと思います。そういうところを郡市長と一緒に考えて、一緒に支援できるところは支援をしていきたい、このように考えています。頑張ってほしいと思います。
(問)復興に与野党はないと前からおっしゃっているわけですが、その辺は、特に野党出身だからとかそういうのは特にないということでよろしいですか。
(答)ええ、委員長時代に一緒に懇親会もした仲でございますので、与党・野党はないと思います。

(以    上)

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