未来につなぐ教訓の伝承と人材育成を目指す 「復興ツーリズム」で交流人口を拡大

岩手県北自動車株式会社

【岩手県盛岡市】

未来につなぐ教訓の伝承と人材育成を目指す
「復興ツーリズム」で交流人口を拡大

企業情報

  • 企業名 岩手県北自動車株式会社
  • ヨミガナ イワテケンポクジドウシャカブシキガイシャ
  • 業種 道路旅客運送業
  • 代表者 松本順氏[代表取締役社長]
  • 所在地 岩手県盛岡市厨川1-17-18
  • TEL 019-641-7711
  • WEB http://www.iwate-kenpokubus.co.jp/
  • 創業年 1943年
  • 資本金 1億円
  • 従業員数 670人
  • 売上高 非公開

企業概要

1943年に創業。岩手県内における高速バスや路線バスなどを運行する。2009年、岩手・宮城内陸地震や燃料費の高騰などを理由に民事再生手続きを行い、2010年4月に株式会社みちのりホールディングス傘下の新体制となった。

被災地住民の交通手段として大きな役割を担ったバス事業

岩手県北自動車株式会社(以下、岩手県北バス)は、東日本大震災で甚大な被害を受けた。運転手1人とグループ会社の従業員1人の尊い命が失われた他、岩泉町の小本支所が全壊。宮古市で運営していた遊覧船は2隻が廃船となり、被災地域のバスは全区間が運行不能となった。

厳しい状況の中、主要路線である盛岡市と宮古市を結ぶ「106急行バス」が運行を再開したのは、2011年3月16日。震災からわずか5日後だった。当時は沿岸部から内陸までの交通ルートがストップし、人の往来はおろか、物資の輸送すらままならない状況だった。「一刻でも早くバスを動かさなければならない」という思いで行政各所に働きかけ、緊急車両としての指定を受けて実現。代表取締役社長の松本順氏は当時を振り返り、次のように語る。

「『106急行バス』の運行再開初日、宮古市から出た第一便が盛岡駅に到着し、多くの人々が降り立ちました。すると宮古市に折り返すバスに、たくさんの若者たちが救助用の道具を抱えて乗り込んだんです。その光景は10年以上たった今でも忘れることができません」。

岩手県北自動車株式会社 代表取締役社長 松本順氏 岩手県北自動車株式会社 代表取締役社長 松本順氏

その後、宮古~東京間、盛岡~仙台間などの各路線で次々と運行を再開。鉄道の不通が続く中、岩手県北バスは被災地住民の移動手段として重要な役割を果たした。

「復興ツーリズム事業」を新たに展開し、持続的な交流人口の拡大を図る

東日本大震災の発生直後、復旧作業の中で貴重な存在となったのが県外から駆け付けたボランティアスタッフだ。岩手県北バスはバスで被災地まで赴くボランティアツアーを催行。また、企業・団体単位での受け入れ手配も担い、国内外からの延べ3万人以上のボランティア輸送を行った。

東日本大震災以降、岩手県北バスが掲げた理念がある。それは「復旧」ではなく、「復興」の一助となることだ。

「人口減少が進む地方に人々を呼び込み、多くの交流人口をつくり出すのが、私たちバス会社の役割。被災地が復興へ進む過程で、ボランティアツアーをはじめ、県外から人を呼び込む事業に、極めて大きな力を注いできました」。

復興ツーリズムで実際に体育館で寝泊まりするツアー参加者 復興ツーリズムで実際に体育館で寝泊まりするツアー参加者
ガイドから被災当初の様子を聞く参加者 ガイドから被災当初の様子を聞く参加者

被災から年月がたち、現地の復旧が進むにつれてボランティアツアーの参加者も次第に減少傾向に。そこで2013年より新たに始めたのが「復興ツーリズム」事業だ。被災地の視察や観光に震災学習の要素を盛り込んだこの事業では、被災地をバスで周るだけでなく、参加者が実際に炊き出しを行ったり、体育館に寝泊まりしたりと、東日本大震災の当事者を疑似体験することで実践的な防災意識を高める狙いがある。復興ツーリズム事業を担当する、グループ会社の株式会社みちのりトラベル東北 地域創生室室長の宮城和朋氏は、事業を始めた背景をこう語る。

株式会社みちのりトラベル東北 地域創生室室長 宮城和朋氏 株式会社みちのりトラベル東北 地域創生室室長 宮城和朋氏

「ボランティアツアーにご参加いただいた企業の方々から、『町や事業の再生に奮闘する現地の人々を目の当たりにして、人間の力強さや、働くこと、生きることの意味を考えさせられた』という声を多く頂きました。東日本大震災から年月がたち、被災地も支援を受けているだけではいけない。被災地として学んだ教訓や知見を、提供する側に回ることで、持続可能な交流人口の拡大につなげたいと考えました」。

現在に至るまで、復興ツーリズムは企業の新人研修やリーダーシップ研修、災害対応の視察や学校の校外学習などに利用されている。岩手県のみならず、宮城県、福島県でも展開されており、参加者は累計1万3,000人以上に上る。東北全域を巻き込んだ一大事業として今後も拡大するだろう。

遊覧船事業で観光客を誘致、住民や行政との連携で地域を盛り上げる

岩手県北バスではバス事業の他、1960年から宮古市の浄土ヶ浜で遊覧船事業を行ってきた。しかし、東日本大震災により2隻が廃船。残った1隻も老朽化が進み、2021年に一度は運航終了を余儀なくされた。

その後、宮古市がクラウドファンディングや企業版ふるさと納税なども活用して資金を調達し、船舶を新造。岩手県北バスが運航事業者となり、2022年7月、新たな観光遊覧船「宮古うみねこ丸」が就航した。就航初年度は当初の年間目標を上回る3万8,000人の乗船客数を記録。遊覧船事業の責任者でもある宮古地区統括長・宮古営業所長の佐々木隆文氏は、目標を達成できた理由をこのように語る。

岩手県北自動車株式会社 宮古地区統括長・宮古営業所長 佐々木隆文氏 岩手県北自動車株式会社 宮古地区統括長・宮古営業所長 佐々木隆文氏

「さまざまなツアーやイベントの企画をはじめ、近隣の宿泊施設とのセット券販売など、遊覧船だけでなく沿岸地域と連携した取り組みによって、多くの方に乗船いただいたと思っています。最近は入国規制も緩和されてきたので、インバウンドの観光客もますます増加すると思われます」。

「宮古うみねこ丸」の展望デッキからは、浄土ヶ浜の美しい景色を楽しめる 「宮古うみねこ丸」の展望デッキからは、浄土ヶ浜の美しい景色を楽しめる

またバス事業では、2022年に観光庁の助成事業として、宮古~仙台間で人と貨物を同時に輸送・運搬する「貨客混載バス」の実証運行を実施。小ロットで速達性のある輸送ができるため、従来の宅配便では1日以上かかった水産物の輸送が4時間半に短縮した。新たな販売チャネルの獲得など、物流の新たなパイプラインとして注目を集めている。貨客混載バスは別路線でも試験運行を含めて実施しており、今後も拡大していく見込みだ。岩手県北バスが果たす役割は、ますます大きくなっていくだろう。

課題

・東日本大震災直後のボランティアツアーには多くの参加者が集まったが、年月がたつことで参加人数が減少。

・津波による廃船、老朽化により、半世紀以上運行を続けた遊覧船事業が終了。宮古市における観光業の衰退が危惧された。

解決策

・被災地の視察や観光に震災学習の要素を取り込んだ「復興ツーリズム事業」を新規展開。

・新たな遊覧船「宮古うみねこ丸」の運航事業者に。周辺施設と連携したイベントの企画など、行政や住民と連携しながら観光客の誘致を試みた。

効果

・復興ツーリズムは企業の研修や学校の校外学習などに多く利用され、地域の交流人口の復活や防災・減災意識の醸成、記憶の風化防止につながった。

・宮古うみねこ丸の乗船客数は、初年度の年間目標を上回る3万8,000人を記録。連日多くの観光客でにぎわいを見せる。

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