2010年代から増加してきたインバウンド需要。東北での交流人口拡大のため復興庁が実施した「『新しい東北』 交流拡大モデル事業」には、多くの事業者が参加した。モデル事業は2020年度に終了したが、その成果や汎用性が現在まで受け継がれている事業もある。そんな観光ビジネス“復興の現在地”を紹介する。
「新しい東北」交流拡大モデル事業とは
2016年度から2020年度までの5年間、復興庁が実施。2020年までに東北6県の外国人延べ宿泊者数 「150万人」を目標に、参加事業者の旅行商品の開発やプロモーションの支援を行った。
株式会社みちのりトラベル 東北
岩手のアイデンティティーを再認識し、
土地の誇りを呼び覚ます
2020年度のモデル事業
岩手県の内陸沿岸連携によるSBNR層誘客と受入基盤整備
〜里山海とともに生きる地域コミュニティの文化を未来へ〜
対象東北地域
岩手県
対象市場
東アジア・東南アジア・北米・ヨーロッパ
2020年度までの課題と成果
SBNR層※1を対象に、「歴史探訪」「生活文化体験」「自然散策」の三つが軸の「Iwate, the Last Frontier」という事業を立ち上げ、自然と調和する暮らしの体験ツアーを造成。コロナ禍で販売実績を積むには至らなかったが、地域の受け入れ体制の整備と情報発信の継続強化という課題が判明した。
※1 「Spiritual But Not Religious(無宗教型スピリチュアル)」の略称。特定の宗教を信仰しているわけではないが、精神的な豊かさを求める人のことを指し、アメリカでは人口の5人に1人が当てはまるという。
現在も活用されるモデル事業の成果
モデル事業の実施により、「体験コンテンツの受け入れ先に限りがある」「現在の事業や取り組みの情報発信が十分にできておらず、集客が困難」という課題に直面した株式会社みちのりトラベル東北。
「現在も継続開催している『自らの土地の歴史を深掘りするフィールドワーク』を地道に続けていくことが、現状の課題解決につながる」と、同社ローカルコーディネーターの宮城和朋氏は語る。
フィールドワークでは、プロジェクトメンバーや地元の学芸員がナビゲーターとなって岩手の自然を巡り、先住民族「エミシ」や縄文時代から続く精神性を伝えている。今後はSNSでもこの取り組みについて発信する予定だという。そして、フィールドワークで岩手や東北の歴史文化を伝え、地域に関わる人が増えれば、いずれ体験コンテンツの受け皿となる可能性もある。また、目標は課題解決だけではない。
「今後はより広域連携を意識した事業を展開していきたい」と、宮城氏は話す。
アトラク東北株式会社
東北の「おもてなし」を
より多くの人に体験してもらうために
2019年度のモデル事業
食べる東北・食のグローバルツーリズム「Enjoy togetherness around Same table」
~みんな一つのテーブルで~
対象東北地域
青森県・秋田県・宮城県・岩手県・山形県・福島県
対象市場
東アジア・東南アジア・北米・ヨーロッパ・オセアニア
2019年度までの課題と成果
アトラク東北株式会社は、山形の出羽三山と宮城の金華山を結ぶエリアで、「食」とハイキングなどのアドベンチャーを掛け合わせたツアー造成を行った。一方で、広域でのツアー展開における、各地域の連携がうまくできていないという課題が浮かび上がった。
現在も活用されるモデル事業の成果
「広域ツアーにおけるDMO※2連携がうまく実施できていない現状がありました」。そう語るのは、アトラク東北株式会社代表取締役の後藤光正氏。県やエリアをまたいだツアーの地域連携では、地域での体験内容が各DMOの特色に偏り過ぎることもあり、ツアー全体のテーマがブレてしまうことがあったという。そこで大切になってくるのが、DMOを取りまとめ、現地での旅行客の対応も行うDMC※3の強化だった。DMCを強化することで、複数地域を巻き込んだツアーでも一貫性が保て、自治体中心だと決定に時間がかかる事項も、DMCが介入することでスムーズに解決する。
また今後は、エリアをまたいでもガイドができるスーパーガイドの誘致や、地域の飲食店や市町村などに向けてフードフレンドリー※4の認知を広げていく活動も続けていきたいという。
「東北では、たくさん食べさせるのが『おもてなし』。いろんな人が、同じ食事を一緒に食べられるようにしていきたいですね」。
※2 「Destination Management Organization(観光地域づくり法人)」の略称。 地域全体を活性化させる取り組みを実施している。
※3 「Destination Management Company(観光地域づくり会社)」の略称。 旅行客の満足実現に向けて、経営・資源開発を行う地域に特化した旅行会社。
※4 世界の食文化や宗教を背景とした「食の多様性」を尊重し、対応できる環境を整えること。
株式会社羅針盤(旧 株式会社ノットワールド)
福島の経済に貢献しながら
多くの外国人が訪れる未来を目指す
2019年度のモデル事業
福島沿岸部周辺地域における魅力発信のための
FIT※5向け旅行造成事業
対象東北地域
福島県
対象市場
北米・ヨーロッパ・オセアニア
2019年度までの課題と成果
2018年に福島県のツアー造成を開始。リアルな福島の現状を知ってもらい、東北への風評を払拭する目的があったという。モニターツアー※6で情報を集め、2019年には日帰りだけではなく1泊2日のツアーにも着手したが、宿泊ツアーへのハードルの高さが課題となった。
※5 「Foreign Independent Tour (Traveler)」の略称。団体旅行やパッケージツアーを利用しない、個人旅行者のこと。
※6 旅行費用の一部負担などを条件に一般のモニターを募集し、ツアー内容などについての調査報告をしてもらうツアーの形態のこと。
現在も活用されるモデル事業の成果
日帰りより多くの時間を体験に充てることができ、かつ地域経済の活性化につながると考え、1泊2日のツアー造成を始めた株式会社羅針盤。そこでぶつかった課題について、代表取締役の佐々木文人氏はこう語る。「集客の問題として、1泊2日ツアーはなかなかハードルが高いという課題がありました」。
YouTubeの活用など集客方法を工夫していたが、コロナ禍により効果を正確に測ることができなかった。また、復興が進んだことと帰還困難区域が各地で解除されたことで、訪問先の見直しも必要となった。
制限が解除され、外国人観光客も戻りつつある2023年。課題に対する解決策を本格的に実施できるのはこれからになるだろう。今後は、コロナで中止していた日帰りツアーの復活、1泊2日ツアーの定期的な開催、地域の観光振興事業者への貢献の三つが目標。
佐々木氏は「毎日、福島沿岸部に多くの外国人が訪れ、福島の今を知り、それが世界に共有される状況をつくりたい」と決意を新たにする。
3.11伝承ロードを巡る
岩手県 過去を教訓に、未来の命を守る
「3.11伝承ロード」では、各被災地にある「震災伝承施設」のネットワークを活用し、防災に関するさまざまな取り組みや事業を行っている。
「うのすまい・トモス」は、岩手県釜石市の鵜住居(うのすまい)駅前にある防災学習推進施設「いのちをつなぐ未来館」、東日本大震災の犠牲者を追悼する施設「釜石祈りのパーク」、観光交流施設「鵜の郷交流館」の三つの施設からなるエリアの総称だ。見学の他、防災ワークショプなども体験できる。
宮城県 自然災害の全てを語り合い、学ぶ場所
防災について、自分ごととして考えるきっかけを提供する震災伝承館。展示資料の見学だけでなく、コース選択可能なラーニングプログラムを体験できるのが特徴。被災者の証言映像を基にした参加者同士の対話や、被災時を想定した実践的な防災ワークショップなどを通して、「自分が自然災害に遭遇したら、どう判断し行動するか」を考えることができる。その他、持ち帰り用の防災ミニブックの配布も行っている。