岩手・宮城・福島の産業復興事例30 2018-2019 想いを受け継ぐ 次代の萌芽~東日本大震災から8年~
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出すなど、プロジェクト始動時から先頭に立ち、周囲に協力を求め続けた。「最初は、こんな状況では夢物語だと一蹴されてしまうこともありましたが、スポーツが持つ力、釜石市民が持つラグビーへの情熱を信じて突き進むだけでした」。その行動力はすさまじく、2013年には、試合開催の際に市民や来場者と一緒に乾杯するためのワイン製造にも着手している。知識もつてもない段階からスタートし、知己を得たぶどう園関係者から技術指導を受け、河川敷を畑に変身させて苗植えを開始。2017年に初収穫を終え、現在は2019年のワイン完成を目指し、醸造工程の最中だという。岩﨑氏が規格外のパワーで突き進んでいくと、その情熱に心を打たれる人が続出し、風向きが大きく変わっていった。「ラグビー」という釜石市民の共通言語によって、多くの人が同じ方向を向くようになったのだ。2014年7月4日には、野田武則釜石市長が、開催都市への立候補を正式表明。そして2015年3月に釜石開催が決定した(2019年9月25日、10月13日の2日間。それぞれ1試合)。「市民が一つになって取り組んだ成果。本当にうれしかったです」。被災地にとって明るいニュースであることはもちろんだが、それがラグビーの話題であったことは、釜石市民にとって大きな意義があったはずだ。現在、釜石市では、釜石開催決定当時には起工すらされていなかった専用スタジアム「釜石鵜住居復興スタジアム」が落成するなど、W杯開催へ向けた準備が着々と進んでいる。岩﨑氏も、W杯開催期間に釜石市を訪れる人々へのおもてなし準備に余念がない。「試合後に、釜石を訪れた皆さんと宝来館オリジナルワインで乾杯する瞬間が楽しみで仕方ありません。ただ、まだまだW杯までにやらなければならないことはたくさんあります。それらは、決して私一人ではできるものではないので、市民の皆さんと協力し合いながら、一つずつ丁寧に達成していければと思っています」。夢物語から現実へ釜石市民が一つになった19浜べの料理宿 宝来館地域を盛り上げるために女将自ら情報発信の担い手になり、積極的・多角的な活動を展開1グリーンツーリズムで人を呼べる地域づくりを実践2“ラグビーの街”の復興のためW杯の試合招致に尽力312海側の客室と露天風呂からは、根浜海岸の絶景と津波被害を乗り越え生存する松林を一望することができる3宝来館の1階エントランスの一角には、新日鉄釜石の選手のサイン色紙や、試合で使ったラグビーボールなどが飾られている45宝来館前に設置された「津波記憶石」は、行政や地域住民の要望と協力によって建立されたもの6宝来館の裏山の避難道。根浜MINDによってバリアフリー化が進んでいる7津波と地盤沈下によって砂浜の多くが消失してしまった現在の根浜海岸。再生プロジェクトが進んでいる4567被災地での再生・被災地への進出海外進出・観光誘致地域振興・スポーツ振興社員の働きがい新分野進出97

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