岩手・宮城・福島の産業復興事例30 2018-2019 想いを受け継ぐ 次代の萌芽~東日本大震災から8年~
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●米国商工会議所新年会で大七商品採用●超扁平精米技術が「エコプロダクツ大賞」受賞2014年●「ふくしま産業賞」知事賞受賞2015年2016年●創業250周年記念事業完了 (新社屋・酒蔵など)2010年●ワイン見本市「VINEXPO」(仏)単独出展●「地酒大show 2011」3年連続・3冠達成2011年2012年●オランダ王室晩餐会に大七商品採用2013年[SDGs]2030年に向けて二本松市に本拠を置く大七酒造株式会社は、1752年から続く東北有数の老舗酒蔵。右肩下がりの日本酒市場にあって、最も正統かつ伝統的な醸造法である「生き酛もと造り」にこだわってきた。また、今でこそ日本酒の人気が国際的な高まりを見せているが、無名に近かった90年代から醸造酒の特徴である多彩な料理との相性の良さなどを海外に向けて発信。海外での受賞歴も多く、「DAISHICHI」は欧米の知識人や料理人に著名ブランドとして認識されるまでになっている。そんな大七酒造が東日本大震災および福島第一原子力発電所の事故に直面したのは、創業250周年事業として10年がかりで取り組んできた新社屋や酒蔵などの建設が完了し、新たなスタートを切った矢先の出来事だった。「被災時、幸いにも社員や社屋に大きな被害はありませんでした。また、瓶詰作業中だったライン上の商品は大半が破損したものの、貯蔵タンクや瓶詰後に保管していた商品がすべて被害を免れたことは大きかった」と語るのは、1997年、十代目当主(代表取締役社長)に就任した太田英晴氏。というのも、同社が扱う「生酛造り」の商品は、ワインと同じように、時間の経過とともに味わいや風味が熟成・成長していく点が大きな特徴で、仕込み、貯蔵の過程を経て市場に出荷されるのは、数年先、時には10年先になるからだ。その間に何らかのアクシデントが起こらないとも限らない。「醸造酒は生き物で、歴代当主たちも生き残りのためにさまざまな苦労を重ねてきたようです。例えば、戊辰戦争時にはこの一帯が戦場となり、敗戦後の荒廃を極めた状況下で五代目は早世し、残された家族は家業を死守するため大変な苦労をしました。そうした代々の経験則もあって、『長く貯蔵する商品ほど、被災確率も高い』というリスクを全社員が共有。毎年秋には地元消防団所属の社員を中心に防災訓練を実施しています。また、国内で大きな地震が相次いだ2010年には地震体験車の体験学習を通じて実際の揺れ具合や想定される被害を実感しました。瓶詰商品にラップを巻いたり、貯蔵タンクの足の数を増やしてどの方向からの揺れにも耐えられるように補強するなど、対策を重ねてきました」(太田氏)。被災直後には通信インフラ等が混乱し、想定外の事態も数多く起こった。それでも現場が大きく混乱することはなく、社員が自主的に安否確認し、部署ごとに適切な現場対応を実践した。この迅速な対応に、前年の地震体験車での教訓が生かされたのは間違いない。太田氏自身は情報収集、取引先との連絡など、経営トップの仕事に専念することができたという。地震への備えは万全だった大七酒造だが、その後、福島第一原子力発電所の事故という想定外の事伝統的な醸造技法を継承し日本酒本来の魅力を世界へリスク要因を共有し被災前から対策を重ねた10大七酒造株式会社2030年復興への歩み●「ものづくり日本大賞」受賞2018年2017年3,0004,0006,0005,00002,0001,000地下水脈を守ること、仕込み蔵は微生物相の保護のためそのままの形で残すこと、そして新しい蔵は可能な限り堅牢で、遠い将来に至るまで存続すること。3つの原則で食文化と農業の持続可能性に貢献する。固有の美酒を生み出し続ける「永続する母胎」へ緊急対応と恒久的対策を即座に実施し世界に公開■米国 ■フランス ■英国 ■香港 ■カナダ■台湾 ■シンガポール ■オランダ ■その他[海外売上高(万円)]被災地での再生・被災地への進出海外進出・観光誘致地域振興・スポーツ振興社員の働きがい新分野進出【目指していくゴール】※1月~12月まで65

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