岩手・宮城・福島の産業復興事例30 2018-2019 想いを受け継ぐ 次代の萌芽~東日本大震災から8年~
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2030年に向けて福島県の西端、新潟県との県境に位置する南会津郡只見町。ユネスコエコパークにも認定された美しい自然と、その絶景の中を走るJR只見線で知られるこの町で、2016年に地元の農家が集まって酒造会社「合同会社ねっか」を立ち上げた。設立の背景には、地域の農家が抱える強い危機感がある。只見町は積雪量が2mを超えることもある日本有数の豪雪地帯だ。冬場は農作業が難しく、農家はスキー場などで働くことで収入を得ていたが、ウインタースポーツ市場の縮小もあり、働き口が減少。福島第一原子力発電所の事故による風評被害もあり、農業を続けることに展望が持てない状況だった。「高齢化が進んで人口が減り、仕事も減る一方では、過疎化もより進行してしまう。このままではいけないという危機感を持っていました」と、ねっかの業務執行社員、三瓶清志氏は語る。地域の主要産業である米作りも危機を迎えていた。昼夜の寒暖の差を利用したトマト栽培が盛んでブランド化に成功している一方で、専業の米農家は2軒のみ。トマトとの兼業農家も、米の生産比率は3割程度にとどまるのが現状だ。米農家たちには「次の世代に只見の米を残せないかもしれない」という思いがあったという。冬場に仕事を生み出すこと、只見の米を残すこと。この2つの課題を解決するため、危機感を共有する米農家の仲間たちで相談を重ね、勉強会に参加する中、地域の特産品を使った「特産品焼酎」であれば、新規参入でも酒造免許が取得できると知った。自分たちが育てた米で冬場に焼酎を造れば、一年を通して「米」で仕事が生まれる。できた焼酎が評判になれば、原料である只見の米の価値も高まる。南会津の蔵元で日本酒造りをしていた脇坂斉弘氏の協力を得て、只見での焼酎造りに動き出した。「只見には良い水があるし、自分たちで作った米であれば、年ごとの細かい状態も把握している。うまい酒を造る自信はありました」と脇坂氏。2016年7月、只見町の米農家4人と脇坂氏は「ねっか」を立ち上げる。社名は「全然問題ない」という意味を持つ地域の方言「ねっかさすけねぇー」から取った。可能性を否定しない、前向きな気持ちを込めた名前だ。会社設立後も問題は山積みだった。新規での免許取得が可能とはいえ、国税庁の「特産品しょうちゅう製造免許」の交付には、地域特産品を主原料に使用すること以外にも、年間2万本の製造と、その売り先を事前に確保する必要があったのだ。「まだ造ってもいない、味も分からない焼酎の販売先を見つけるのは大変でした」と、三瓶氏は笑う。免許取得はまだだったが、設備の準備も開始した。空き家を譲り受け、地域の人の手も借りながら、「只見の米が消えてしまう」米農家たちの危機感雇用創出と米のブランド化焼酎造りで課題解決へ一つひとつ問題を乗り越え只見らしい焼酎が完成24合同会社ねっか2030年復興への歩み[売上高(万円)]3,0004,0005,00002,0001,000豪雪で農業のできない冬場に特産品焼酎で仕事を生み出すことによって、農業離脱者を減らす。また原料である米の価値を高めることで、持続的な米作りを可能にする。雇用創出と米のブランド化で地域を次世代につなげる酒造り1,200●3月 設立準備の開始●7月 会社設立●8月 「特産品しょうちゅう製造免許」申請●12月 蒸留所完成2016年製造数量(原酒40度換算)5kL4,100●1月 「特産品しょうちゅう製造免許」交付 「米焼酎ねっか」製造開始●4月 販売開始●7月 IWSC2017シルバーメダル受賞2017年15kL●4月 テイスティングルームがオープン●7月 IWSC2018シルバーメダルダブル受賞●11月 HKIWSC2018ゴールドメダル受賞2018年15kL(見込み)被災地での再生・被災地への進出海外進出・観光誘致地域振興・スポーツ振興社員の働きがい新分野進出【目指していくゴール】只見の米と水で造られる「米焼酎ねっか」※8月~翌年7月まで115

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