岩手・宮城・福島の産業復興事例30 2018-2019 想いを受け継ぐ 次代の萌芽~東日本大震災から8年~
104/155

「当時社長だった父は、居ても立ってもいられず、早く元の状態に戻して営業を再開したいと思っていたようでした。しかし、取引先なども被災している状況を見て、やみくもに再開するのではなく、これまでの事業全体を見直すべきと私は考えました」。従業員の雇用維持、買い替えが必要な機械類などの資金繰りの見通し、商品の生産体制の確保など問題は山積みだった。事業休止期間には家族や役員、社員が意見を重ねながら事業再開に向けた課題の洗い出しと、その解決の道筋の模索が続けられた。その一方で、畑や工場ではボランティアの協力によってがれきの撤去作業が進行。津波を被った土壌の塩分濃度を被災前の状態に戻すため、土壌の分析や中和を行う作業は比較的早めに完了し、最も懸念されたブドウ栽培への致命的なダメージを回避することができた。一部の圃ほ場じょうで被害が出た平棚の復旧にはかなり苦労したものの、6月下旬に工場が再稼働。7月上旬には商品の再出荷が始まった。だが、常に先頭に立って事業再開への指揮と責任を担った熊谷氏は、肉体的にも精神的にも追い詰められる場面が多々あったという。「それでも、また一緒に働きたいと言ってくれる従業員の笑顔や、全国から寄せられるお客さまや取扱店さまからの励ましの声、そして、事業再開の目途が立たない他の事業者を勇気づけたいという自身の意地と責任は、大きなモチベーションになりました」。再スタートを切った神田葡萄園の製造事業が軌道に乗り、熊谷氏が代表取締役に就任し、6代目を継いだ2015年には、果実酒の製造免許を再取得。ワイン製造を62年ぶりに復活させる。「復興事業と捉えられがちですが、実は私が父から本格的に家業を引き継ぐことになった2008年ごろから構想自体はありました。原点回帰で自社の強みを改めて見直したとき、次代へも継承可能で、最も有望な事業だったのがブドウを生かしたワイン製造なんです」。神田葡萄園では、2007年から自社栽培ブドウを原料にした委託醸造のワインを販売していたが、2010年に自社の圃場にワイン専用の苗木を植え、SNSなどで自社オリジナルのワイン造りを宣言するなど、自社醸造の準備を進めていた。ただその矢先に被災し、既存事業再開の費用調達を優先するため、新規事業計画はいったん白紙になっていた。「それでも企業としての未来を見据えた場合、必要な事業はどんな理由があろうとも、やるべきタイミングで始めなければチャンスを失ってしまいます。これまで自身が体験してきた教訓と、お客さまの期待や取引先の後押しもあって、思い切って資金を調達して工場内に醸造用設備を準備。果実酒の製造免許を再取得し、ワイン造りへの挑戦を再開させました」。2016年3月、「THE RIAS WINE(リアスワイン)」と名付けられた原点回帰で強みを見直し自社でのワイン製造を再開123104

元のページ  ../index.html#104

このブックを見る