復興政策10年間の振り返り

復興政策10年間の振り返り

6章
産業・生業の再生

4節 水産業

1.水産業被害の概要

 地震・津波による水産関係施設の被害額は1兆2,637億円。特に津波被害が大きかった東北3県については、沿岸部の水産業・水産加工業が基幹産業であったことから、宮城県で6,680億円、岩手県で3,973億円、福島県で824億円の被害が生じた(3県で全体の91%を占める。)。
 施設別では、養殖施設・養殖物1,335億円、共同利用施設1,249億円の被害が発生した。
 このほか、民間企業が所有する水産加工施設や製氷冷凍冷蔵施設等についても約1,600億円の被害が発生した。

図表 6-4-1 東日本大震災の地震・津波による水産関係の被害状況(平成24年3月5日時点)
図表 6-4-1 東日本大震災の地震・津波による水産関係の被害状況(平成24年3月5日時点)
出所)平成23年度 水産白書
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h23/pdf/03_dai1shou.pdf(令和5年7月28日閲覧)

 水産加工業者の多くは、地元の港に水揚げされる魚介類を加工し、付加価値をつけて出荷・販売することを原点として、その事業を発展させてきた。このため、地域の拠点となる漁港の後背地には、水産加工場が多く立地している。東北地方から関東地方にかけての太平洋側の拠点漁港のうち、八戸、気仙沼、石巻、銚子等では、共同の残さ処理施設、排水処理施設等を有した大規模な水産加工団地が形成されていた。
 このように漁港の後背地に所在していた水産加工場では、押し寄せた津波によって工場建屋の流失、浸水による加工機械の破損、冷凍保管されていた原料が停電のために腐敗するといった被害が発生した。水産加工団体等の報告による水産加工施設の被害額は、北海道から千葉県までの7道県で1,639億円となっている。そのうち、宮城県内の施設の被害額が1,081億円、岩手県内の被害額が392億円と突出して高く、これら2県で7道県の被害総額の90%を占めた。

図表 6-4-2 水産加工施設の被害状況
図表 6-4-2 水産加工施設の被害状況
出所)平成23年度 水産白書
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h23/pdf/03_dai1shou.pdf(令和5年7月28日閲覧)

 津波は、海底から海面までの全ての海水が巨大な水の塊となって沿岸に押し寄せる現象である。このため、今回の大津波によって各地の浅海域が物理的にかく乱された。また、地震による地盤沈下も著しいことから、藻場や干潟の生態系が大きな影響を受けた。(独)水産総合研究センターと各県の水産関係の試験研究機関が共同で、藻場・干潟の回復状況、沿岸漁場・養殖場の回復状況、有害物質による生態系への影響についての調査を行うなど、関係機関が総合的な分析を行い、状況を把握した。

2.地震・津波災害からの復旧・復興

(1)基本方針

 被災3県においては水産業・水産加工業が基幹産業であったことから、漁業施設・設備の早期の復旧、漁業・養殖業の早期再開、経営規模の小さな水産加工業の事業再開が、地域経済の再生・復興にとっても重要な課題となった。
 水産庁は東日本大震災に対応した現地支援体制の充実を図るため、平成23年4月「復興支援プロジェクトチーム」を設置し、チーム員を被災地に派遣して、被災地の漁業関係者との直接の話し合いを行うことで被災地の現状や復興支援のニーズを把握するとともに、水産関係の復旧・復興対策の周知や各種の助言を行った。
 チーム員は、漁業者をはじめ漁業協同組合、産地卸売市場、水産加工団地等の関係者から、被災地の水産業の現状や事業の再開に当たって何が必要となっているのか等、具体的な聞き取りを行い、また、国の支援事業についての説明や申請書類の作成上の留意点についてアドバイスを行うなど、各被災地の状況に応じた対応を行った。
 平成23年5月2日、平成23年度第一次補正予算が成立した。このうち、水産関係予算は、総額2,153億円が計上された。さらに、東日本大震災の直近の復旧状況等を踏まえ、当面の復旧対策に万全を期すための経費として7月25日に平成23年度第二次補正予算が成立し、水産関係の予算として198億円が計上された。
 第一次補正予算により講じられた水産関係の対策としては、①漁港、漁場、漁村等の復旧、②漁船保険・漁業共済支払への対応(東日本大震災により発生する多額の保険金支払に対応)、③海岸・海底清掃等漁場回復活動への支援(漁業者グループまたは専門業者による漁場のがれき撤去)、④漁船建造、共同定置網再建に対する支援(共同利用小型漁船、共同計画に基づく漁船・共同定置網の導入)、⑤養殖施設、種苗生産施設の再建に対する支援、⑥産地市場、加工施設の再建に対する支援(漁協等が所有する施設の復旧)、⑦無利子資金、無担保・無保証人融資等の金融対策、漁協再建支援が挙げられる。
 また、第二次補正予算では、被災した漁業協同組合・水産加工業協同組合等の水産業共同利用施設の早期復旧に必要な機器等の整備支援や水産物の放射性物質調査等の対策が講じられた。

 (水産復興マスタープランの策定)
 水産庁は、平成23年6月28日、水産の復興について、国や地方が講じる個々の具体的施策の指針となるよう、その全体的な方向性を示した「水産復興マスタープラン」を策定した。同マスタープランでは、水産復興に当たっての基本理念を示すとともに、漁港、漁場、漁船、養殖、水産加工・流通等、水産を構成する各分野の総合的・一体的な復興を推進するといった復興の基本的な方針が示された。

図表 6-4-3 水産復興マスタープランの概要
図表 6-4-3 水産復興マスタープランの概要
出所)平成23年度 水産白書
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h23/pdf/03_dai1shou.pdf(令和5年7月28日閲覧)
図表 6-4-4 水産を構成する各分野を総合的・一体的に復興
図表 6-4-4 水産を構成する各分野を総合的・一体的に復興
出所)平成23年度 水産白書
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h23/pdf/03_dai1shou.pdf(令和5年7月28日閲覧)

 (復興基本方針の策定)
 「東日本大震災からの復興の基本方針」では、各分野における復興施策が示されており、そのうち水産業については次の施策が挙げられている。

図表 6-4-4 水産を構成する各分野を総合的・一体的に復興
出所)平成23年度 水産白書
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h23/pdf/03_dai1shou.pdf(令和5年7月28日閲覧)

 (復興の基本方針及びマスタープランを踏まえた水産業復興対策)
 平成23年11月21日、平成23年度第三次補正予算が成立した。水産関係では、「東日本大震災からの復興の基本方針」及び「水産復興マスタープラン」に沿った本格的な復興対策として、総額4,989億円の予算が計上されており、①漁船・共同定置網の復旧と漁船漁業の経営再開に対する支援、②養殖施設の再建と養殖業の経営再開・安定化に向けた支援、③種苗放流による水産資源の回復と種苗生産施設の整備に対する支援、④水産加工、流通業等の復興・機能強化に対する支援、⑤漁港、漁村等の復旧・復興、⑥がれきの撤去による漁場回復活動に対する支援、⑦燃油・配合飼料の価格高騰対策、担い手確保対策、⑧漁業者・加工業者等への無利子・無担保・無保証人融資の推進等の対策が講じられている。
 さらに、平成24年度予算においても、水産業の経営再開に向けた政策に重点を置いた各種予算事業を展開した。

 (水産基本計画における東日本大震災の位置付け)
 平成24年3月に閣議決定された水産基本計画では、東日本大震災からの復興の取組を推進すべきことが基本方針の第1に掲げられた。内容は次の通りであった。

・復興の理念
 東日本大震災により甚大な被害を受けた地域は、全国屈指の豊かな漁場に恵まれ、全国の水産物供給において大きな役割を果たすとともに、他の地域の漁船への給油や物資の補給など、他の地域の水産業も支える様々な機能を有しており、我が国水産業において重要な位置付けにある。
 被災地域の水産業の早期復興を図ることは、地域経済や生活基盤の復興に直結するだけでなく、国民に対する水産物の安定供給を確保する上でも極めて重要な課題である。
 このため、一刻も早い生業の再開に向けて、被災地域で営まれている多様な漁業の特色や被災状況に応じ、人材、予算、ノウハウ等の面から必要な支援を積極的に実施する。また、流通・加工をはじめとする関連分野と一体的に再建し、被災地を新たな食料供給地域として再生するため、本格的な復興への取組を推進する。
 被災地域の水産業と漁村・漁港の復興に当たっては、以下の基本理念に基づき取組を推進する。

① 地元の意向を踏まえて復興を推進する。

② 被災地域における水産資源をフル活用する。

③ 消費者への安全な水産物の安定的な供給を確保する。

④ 漁期等に応じた適切な対応を行う。

⑤ 単なる原状復旧にとどまらない新たな復興の姿を目指す。

 また、東京電力福島第一原子力発電所事故により発生した原子力災害による我が国水産物への被害はなお終息せず、安全についての消費者の信頼を損ねている状況を踏まえ、被害の克服に向けて、正面から対策に取り組む。

 以上を踏まえ、「東日本大震災からの復興の基本方針」、「水産復興マスタープラン」等で示し実施してきた水産復興の方針が、震災後10年程度を見通した水産施策の中に改めて位置付けられた。

 (被災県における復興計画の策定)
 被災県においては、それぞれ復旧・復興の計画や指針等を策定し、各県域内で発生した水産関連の被害への対応の方針を明らかにしている。このうち、岩手県、宮城県、福島県の3県の状況をみると、岩手県は平成23年8月11日に「岩手県東日本大震災津波復興計画」を、宮城県は10月18日に「宮城県震災復興計画」をそれぞれ策定している。また福島県は、今後の復興に当たっての基本理念や主要な施策を定めた「福島県復興ビジョン」を8月11日に策定した後、同ビジョンに基づき、震災後10年間の具体的な取組や主要な事業を示す「福島県復興計画(第1次)」を12月28日に策定した。
 これら3県の復興計画等において示された水産復興の方向性は、各県が置かれている状況に応じ、それぞれ特徴的なものとなっている。

図表 6-4-5 被災3県の水産復興計画の概要
図表 6-4-5 被災3県の水産復興計画の概要
出所)平成23年度 水産白書P.33-34
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h23/pdf/03_dai1shou.pdf(令和5年7月28日閲覧)

 (被災市町村における復興計画の策定)
 被災県内の各市町村においても、県の復興計画等を踏まえ、市町村域内の水産業の復旧・復興に向けた計画を策定している。水産業の復旧・復興においては、漁業・養殖業と水産加工業・流通業が車の両輪として機能することが重要であり、各市町村が策定した復興計画についても、その多くが各地の拠点漁港の魚市場を核として、漁業・養殖業と水産加工業・流通業の復旧・復興を図るとの方針を示すものとなっている。福島県相馬市ではノリの養殖場・カレイ類等の保育場となっている松川浦の復旧のほか、沿岸漁業の操業再開に向けた取組を進めるとともに、共同利用漁船の導入や経営の協業化を進める取組を推進した。

(2)予算

 平成23年度は3回の補正予算により、水産業について約7,340億円の予算を計上した。具体的には、漁船・共同定置網の復旧と漁船漁業の経営再開に対する支援、養殖施設の再建と養殖業の経営再開・安定化に向けた支援、種苗放流による水産資源の回復と種苗生産施設の整備に対する支援、水産加工・流通業等の復興・機能強化に対する支援、といった、漁業者や加工業者に対する施策が講じられたほか、東日本大震災復興交付金も活用された。
 令和2年度については、当初予算として665億円を計上して、必要な支援を引き続き実施している。

(3)復興施策

 前述の通り、水産業の復興については、「東日本大震災からの復興の基本方針」や「水産復興マスタープラン」を踏まえ、水産基本計画において講ずべき施策として盛り込まれ、実施された。

1)漁船

 漁船勢力の再建に当たっては、適切な資源管理と漁業経営の中長期的な安定の実現を視野に入れながら、省エネ・省コスト・協業化などの収益性の向上を目指した取組の実証成果をベースとして、漁船や船団の近代化・合理化を促進した。
 また、共同利用漁船等復旧支援対策事業(予算額392億円)によって、共同利用漁船の導入を引き続き推進するとともに、漁業生産組合制度も活用しながら経営の共同化や生産活動の協業化を進め、経営の一層の効率化を促進した。例えば、宮城県気仙沼市鹿折地区では、平成24年8月に被災した水産加工業者17社が参加し、複数の大手商社が支援する気仙沼鹿折加工協同組合を設立した。工事終了後、水産業共同利用施設復旧整備事業を活用して大型冷蔵施設・海水滅菌施設を整備した。汎用性の高い施設を地区内に整備することで、業務効率化につながるとともに、施設を共同保有することにより、設備投資の費用が著しく軽減できた。
 漁船の隻数については、全国で被害を受けた約2万9,000隻の漁船のうち、漁業者からの要望を踏まえ、平成25年度末までに少なくとも1万2,000隻まで回復させることを目標とした。平成24年度中に目標は達成、令和4年3月末までに約1万9,000隻を復旧させた。
 また、定置網については、漁船と同様、共同利用漁船等復旧支援対策事業において、平成27年度末までに、操業再開希望者全員について整備がなされるよう支援した。その結果423件が適用された。

2)養殖・栽培漁業

 養殖業の本格復興に当たっては、被災地域が我が国の養殖生産の主要な拠点であることを踏まえ、現状復旧にとどまらず、他地域のモデルとなる養殖生産地域の構築を推進した。このため、生産性・収益性の高い養殖経営体の育成に向けて、生産活動の開始から収入が得られるまでに一定期間を要するといった養殖経営の特性を踏まえた対策や養殖施設等の再整備を通じて、生産活動の協業化・経営の共同化・法人化等を推進した。また、衛生管理体制の高度化、適正な養殖密度での生産の推進を通じて、消費者に信頼される養殖業を構築した。このような生産活動の協業化・経営の共同化・法人化などにおいては、「がんばる養殖業復興支援事業(基金事業)」を実施し、これまでに75件、981経営体に活用された。当該事業において、例えば、宮城県南三陸町ではカキの養殖筏を減らしても身入りの良いカキを生産し、現在では震災前の生産量、生産額を超える取組となっており、同県女川町では協業化によるギンザケ養殖の取組が行われ、地域の主要な養殖対象種として現在も取り組まれている。
 東北地域の増殖対象種の種苗生産・放流体制については、国立研究開発法人水産研究・教育機構宮古庁舎(当時:(独)水産総合研究センター東北区水産研究所宮古庁舎)を技術開発の拠点として平成26年3月に再建した。同施設を中核とした効率的・効果的な資源増殖の推進体制を構築した。
 栽培漁業については、被災前の資源水準の回復を目指し、被災県の種苗生産施設の復旧を進めるとともに、種苗生産体制が整うまでの間、他海域の種苗生産施設からの種苗の導入等により、令和3年度までにヒラメ・アワビなど延べ29魚種の放流尾数を確保した。
 養殖施設については、平成29年6月末に養殖再開希望者全員の施設整備を完了した。

3)水産加工・水産流通

 仮設施設や共同利用施設の整備等による水産加工業・水産流通業の早期復旧を推進するとともに、本格復興では、地域のインフラ等の復旧状況や地域の特徴等に応じて、以下の取組を推進した。

① 地方公共団体による地盤の整備と水産関連事業の再編立地を組み合わせた水産加工業・水産流通業の集積化・団地化

② 水産加工業・水産流通業・製氷業等の水産関連産業と漁業者団体との連携・協力による地域水産業の一体的再生に資する施設整備

③ 複数企業が参加する事業協同組合の設立等を通じた新たな共同利用施設の整備

 また、全国的な水産物の生産・流通拠点となる漁港の産地市場については、新たな買参人の参入促進等による取引の活性化、品質・衛生管理体制の向上等による流通機能の強化・高度化を推進した。地域水産業の生産・流通の拠点となる漁港の産地市場については、周辺の漁港の機能集約・分担に伴う取扱量の増加も念頭に市場機能の強化等を推進した。
 また、水産加工・流通の専門家による事業者の個別指導及びセミナー等の開催を支援するほか、当該指導を踏まえ、被災地の水産加工業者等が行う販路の回復・新規開拓等の取組に必要な加工機器の整備、放射能測定機器の導入等を支援することにより、被災地の水産加工業の販路を回復することを目的に、以下の事業を実施した。

④ 復興水産加工業等販路回復促進指導事業(補助率:定額)
 被災地の水産加工品等の販路回復等に向けた個別指導及びセミナー、商談会等の開催、被災地産水産物の安全性をPRするためのセミナー・講習会等の開催を支援。
 令和2年度において、個別指導109件等、272,244千円が活用された。

⑤ 水産加工業等販路回復取組支援事業(補助率:2/3以内、定額)
 個別指導を踏まえ、必要と認められる場合には被災地の水産加工品の販路の回復・新規開拓等に向けた、漁業者、加工・流通業者又はそれらの団体が実施する取組に必要な加工機器の整備、放射能測定機器等の水産物の安全性を確保するための機器の導入、マーケティング等の経費を支援。
 令和2年度において、機器整備33件等、708,547千円が活用された。

⑥ 加工原料等の安定確保取組支援事業(補助率:1/2以内)
 被災地において加工原料を確保するため遠隔地から調達する際の運賃の掛かり増し経費の一部等を支援。
 令和2年度において、3件、9,248千円が活用された。

 本格復興に当たっては、漁業者・漁業者団体が自ら生産・加工・販売に取り組む6次産業化や、漁業者と水産加工業・水産流通業との連携強化を推進した。さらに、輸出も視野に入れたHACCPの認定の取得等による市場や加工施設等の品質・衛生管理体制の向上の取組を支援した。例えば、宮城県石巻市では、平成28年、市内の水産加工業者10社で石巻うまいもの(株)を設立、平成30年に「石巻金華茶漬け」シリーズを発売し、その後も「石巻金華釜めし」、「魚醤」などが開発された。こうした商品開発は、各社が持つ製造設備やノウハウ、原材料の情報を共有化しあう「バーチャル共同工場」の仕組みに支えられており、営業面でも10社が共同して販路を開拓するなど、各社の強みが相乗効果を発揮している。また、新商品の開発に当たっては、復興庁の「チーム化による水産加工業等再生モデル事業」(被災地の複数の水産加工業者等が連携して行う商品開発や販路開拓等の先進的な取組に対する支援)も活用した。

4)漁業経営

 漁ろう技術の円滑な承継や次世代の担い手の定着・確保を図るため、被災地域の若手漁業者や漁家子弟が、被災を免れたあるいは新たに導入された漁船や施設を有する他の漁業経営体において、漁業再開までの間、漁業に携わっていく機会の提供を推進した。
 地域漁業を将来的に担う経営体の形成や発展を支援するため、共同利用漁船、共同利用施設の新規導入を契機とする協業化、地域営漁組織化や法人化、地域の水産加工業・水産流通業との連携を促進した。このため、共同利用漁船等復旧支援対策事業と水産業共同利用施設復旧整備事業(平成23年度から令和2年度、総予算額1,135億円)749件、735億円が活用された。例えば、宮城県七ヶ浜では、荷捌き施設の整備により計画通りに水揚げ体制が構築でき、水産業の早期復旧に寄与した。
 また、省エネ・省コスト・協業化などの収益性の向上を目指した取組の実証成果をベースとする仕組みを通じて、漁船・船団の近代化・合理化を促進した。また、こうした取組に必要な漁船や漁具の取得等に必要な資金の実質無利子、無担保・無保証人での貸付けや、保証料助成、既往債務の負担軽減のための借換資金(負債整理資金)の活用を推進した。このため、水産関係資金無利子化事業、水産関係公庫資金無担保・無保証人事業及び漁業者等緊急保証対策事業について、令和3年3月末時点で3,461件1,526億円の融資(貸付け決定)、4,351件1,402億円の保証引受けに活用された。
 資源利用と漁場利用の秩序の確保を図りつつ、地元漁業者が主体となった法人が漁協に劣後しないで漁業権を取得できる仕組みを活用し、宮城県桃浦のかき生産法人に漁業権が免許された。

5)漁協

 漁協系統組織が十分な経営基盤や管理体制を備え、引き続き地域の漁業を支える役割を果たせるよう、組織・事業の再編整備を目指す漁協に対して、再建に必要な資金の借入れについて、負担軽減を行うため、漁協経営再建緊急支援事業(令和3年3月末時点で178件414億円の融資(貸付け決定))を実施した。
 また、信用漁業協同組合連合会等の健全性の確保のため、再編強化法を改正し同法に基づき、JFマリンバンク支援協会及び農水産業協同組合貯金保険機構より、宮城県漁協に対し所要の資本注入を行い、金融機能の維持・強化を図った。また、被災3県の信用漁業協同組合連合会等の財務状況を見つつ、農林中央金庫等の関係機関を含めて信用事業の再構築策を検討することとした。

6)漁村

 地方公共団体による土地利用方針や復興計画を踏まえ、災害に強い漁村づくりを推進する。具体的には、防災避難訓練の実施、ハザードマップ更新の促進といった取組を推進し漁村の態様や復興状況に応じた最善の防災力を確保することとした。

3.原子力災害からの復旧・復興

 原子力発電所事故により、高濃度の放射性物質を含む汚染水が海洋に流出された。
 このため、安全な水産物を供給すべく、海域・湖沼等・水産物に係る放射性物質濃度調査が実施された。また、風評を払拭すべく、水産物の放射性物質に関する調査結果及びQ&Aについて水産庁Webサイト等に掲載することにより、正確かつ迅速な情報提供を行うとともに、被災地産水産物の安全性をPRするためのセミナー等の開催を支援した。
 また、汚染水の海洋流出を受けて、福島県沖での操業が自粛された。平成24年6月からは試験操業が始まり、安全性を確認しながら海域・魚種を拡大した。令和3年4月からは本格操業に向けた移行期間という位置付けになっている。

図表 6-4-6 試験操業・販売について
図表 6-4-6 試験操業・販売について

 具体的な原発事故の影響の克服については、平成24年3月の水産基本計画に以下の通り盛り込まれた。

1)水産物の放射性物質調査の徹底による安全な水産物の供給と風評の払拭

 安全な水産物を供給していくため、関係県や団体と連携して水産物に含まれる放射性物質が通常レベルに戻るまでの間、水産物における放射性物質調査を継続することとした。
 調査結果に基づいて必要に応じ出荷制限や操業の自粛措置を実施するとともに、国内外で生じている水産物の安全性に係る不安の解消が水産業復興に当たっての重要な課題であることから、調査結果を速やかに、かつ、分かりやすく公表するとともに、消費者の不安感の払拭と風評被害の防止に関係府省等が連携して取り組むこととした。
 原発事故を踏まえ、平成23年10月に公表した東日本太平洋における生鮮水産物の産地表示方法により、東日本太平洋において漁獲された生鮮水産物については、設定した7つの生産水域区分等による原産地表示の実施を促進することとした。
 さらに、各国が科学的な根拠に基づき冷静な対応をとるよう働きかけを推進するとともに、相手国が求める安全証明書等を引き続き円滑に発行することとした。

2)操業の再開に向けた支援

 原発事故の影響により、操業が困難となっている水域においては、操業再開に向け、漁業者による漁場のがれき撤去の取組を当面継続して支援することとした。
 また、水産物の安全を確保しつつ操業を再開する可能性を検討するため、放射性物質調査を集中的に実施することとした。
 操業が再開される際には漁業者や養殖業者の経営の合理化や再建に対して支援を行うこととした。

図表6-4-7 福島県(属地)における沿岸漁業(沖底含む)及び海面養殖業の水揚量
図表6-4-7 福島県(属地)における沿岸漁業(沖底含む)及び海面養殖業の水揚量
図表6-4-8 水産加工業の売上げの回復状況
図表6-4-8 水産加工業の売上げの回復状況
出所)復興庁「福島の復興・再生に向けた取組」令和4年7月
https://www.reconstruction.go.jp/topics/sozai/20220701_fukushima-hukko-torikumi.pdf(令和5年7月28日閲覧)

4.今後の課題・対応等

 前例のない規模の被害が生じたため、被害実態の把握については国の職員が直接調査する、支援については長期的に取り組む、といった対応が必要となった。なかでも、津波被害が大きかった東北3県の沿岸部は水産業・水産加工業が基幹産業であり、漁業施設・設備の早期の復旧、漁業・養殖業の早期再開、経営規模の小さな水産加工業の事業再開が地域経済の再生・復興にとっても重要な課題となった。
 このため、早期復旧のために国の代行による主要漁港の復旧を行う、高度衛生管理に対応した魚市場の整備や耐震強化した岸壁を整備する、国・県の支援制度を迅速に周知し、適切に活用できるようにすることで、早期再開を実現する、漁船シェアリングにより漁の早期再開を実現する、組合のつながりを生かして組合員の団結力を高める、経営規模の小さい水産加工業者は、協業化や組合設立により効率的な経営体制を構築する、大学や研究機関の研究開発の成果を活用して生産性の高い漁業・養殖業を推進する、といった取組が行われた。
 また原子力災害については、風評という目に見えない影響を受けて、引き続き、再生への支援が必要であるとともに、被災地の水産業に関する理解を醸成するための取組が必要となっている。
 水産業・水産加工業については、地域経済の活性化にとどまらず、我が国の水産業・水産加工業の将来にとっても重要な課題である。被災した漁業者や水産加工事業者は、早期に操業を再開し失った販路を回復することが求められた。さらに、消費者ニーズや水産市場の変化に的確に対応した付加価値の高い新商品の開発を進め、国内外で新たな販路を開拓することが求められた。
 このため、「展示商談会」の開催によりこれまで取引関係がなかった事業者との商談機会を拡大する、被災地の商工団体や水産加工業団体の共同開催により地域の水産復興の機運を高める、成長が期待されるアジア市場のニーズに即した商品開発を行い新たな販路を開拓する、災害を機に従来の生産構造を改革し品質を向上させてブランドの価値を高め新たな販路を開拓する、新たな技術を活用して消費者のニーズに対応した高付加価値商品を開発する、消費者ニーズや市場の変化を的確に把握し自社の個性や強みを生かした経営戦略を構築する、といった取組が行われた。

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