
今回お話を伺ったのは、クリエイティブディレクターの箭内道彦(やないみちひこ)さん。福島県郡山市出身で、福島県クリエイティブディレクターも務め、福島県の今や地域の魅力を発信しています。
東日本大震災をきっかけに「福島と結婚します」と宣言した箭内さん。音楽や広告、イベントを通じて、福島の魅力と復興への思いを発信し続けてきました。震災直後の活動から情報発信の挑戦まで、福島とともに歩んできた軌跡をお伺いしました。
―猪苗代湖ズの結成
震災が起きる半年前、2010年の秋に「風とロック芋煮会」というイベントを福島県の裏磐梯で開催して、その数か月前に「猪苗代湖ズ」を結成したんです。メンバーは、サンボマスターの山口隆、TOKYO No.1 SOUL SETの渡辺俊美、THE BACK HORNの松田晋二、そして素人の僕。だからこそ、震災後すぐに動き出せたのは本当に大きかった。
故郷への愛と反発──“嫌いだった福島”との向き合い
でもその前に、福島への愛と反発、両方の感情が自分の中にあって。若い人はみんなそうだと思うんですけどね(僕は若くなかったけど(笑))。自分の中にある福島が、どこか苦手だったというか…。たとえば、人の悪口を言いながら朝ごはんをおいしく食べていたり、近所のばあちゃんがどうだとか、隣の家の嫁は気が利かないとか、向かいの息子は出来が悪いとか…。そんな話ばかりしているように感じていて、何より自分自身がそうだったんですよね。そんな自分が好きになれなくて、背を向けてたというか、距離を置いていたんです。
月日が経って、2010年に、福山雅治さんが僕に諭してくれたんです。福山さんは長崎というふるさとをとても大事にされています。でも若い頃は自分のやりたいことができない理由を故郷のせいにしていたと。でもそれは故郷でなく自分のせいだったんですよねと言ってくれて…。
震災と「I love you & I need you ふくしま」
そうかもしれないな、と思っていたところに、3月11日がやってきた。
散々福島のことをああだこうだ言ってきた自分が、ふるさとが大怪我をした時に何もできないって、一番カッコ悪いなって思ったんです。だからすぐ福島に向かおうとした。でも福島からは「今来られても一人分食料が多く必要になりますよ」と止められて。
「東京でできることをやってください」と言われた中で、山口が「猪苗代湖ズがあるから、レコーディングして寄付を集めよう」と言ってくれて。3月16日頃だったかな、東京は計画停電の最中だったので、名古屋でレコーディングをして、3月20日に「I love you & I need you ふくしま」をリリースしました。
「福島と結婚します」──“約束”が動かした復興の第一歩
4月頭には物資を届けに避難所を回って、そこで感じたのは「誰も何も約束してくれない」ということ。いつ家に帰れるのか、原発はいつ収束するのか、福島の未来はどうなるのか…。大丈夫だよって言いながらも、いつどういう風に大丈夫なのか誰も答えられなかった。
だからこそ、僕は「約束したい」と強く思ったんです。地元のテレビ局にメッセージを求められた時、「福島と結婚します」と話しました。「今だけじゃなくて、一生福島を支えて、そばにいます」と。そういう約束が必要なんじゃないかなって思ったんです。
もうひとつは、大きな約束をすぐに実現すること。誰にも相談せず、SNSで「9月、福島を西から東に横断する3万人規模のコンサートをやります」って勝手につぶやいて。震災から半年後、「LIVE福島 風とロックSUPER野馬追」というライブイベントを開催しました。福山雅治さん、西田敏行さん、長澤まさみさんも駆けつけてくれて、約束を形にしていったんです。
*LIVE福島 風とロックSUPER野馬追:2011年9月14日から19日までの6日間、福島県内の6会場(奥会津・会津若松・猪苗代・郡山・相馬・いわき)で開催された

ボーカル、ギター担当:山口隆(サンボマスター 福島県会津若松市出身)
ベース担当:渡辺俊美(TOKYO No.1 SOUL SET 福島県双葉郡富岡町出身)
ドラム担当:松田晋二(THE BACK HORN 福島県東白川郡塙町出身)
ギター担当:箭内道彦(風とロック 福島県郡山市出身)
「あなたの思う福島はどんな福島ですか?」
———情報発信における挑戦
その後、いろんなことをしてきたんですけど…。感じたのは、行政と市民の間に溝や壁があるということ。行政の人たちがどれだけ精一杯やっていても、市民の側は「もっとちゃんとやってほしい」「スピード感が足りない」と思ってしまう…。この溝はもったいない。ここがひとつにならないと前に進めないと感じたんです。
2015年、福島県の情報発信のあり方を監修する「福島県クリエイティブディレクター」という役職を仰せつかり、震災から5年と1日が経った2016年3月12日には「あなたの思う福島はどんな福島ですか?」というコピーから始まる新聞広告を出しました。
当時、世界には「福島の人はみんな防護服を着て暮らしている」と思っている人がいたり、「福島という名前を変えないと復興は難しい」という意見もありました。そんな声を引用しながら、「あの日からアップデートされないままの福島」ではなく「今の福島」を知ってほしい、見てほしい、できたら一度足を運んでみてほしい。そして好きになってもらえたら嬉しい。そんな思いで、「福島県という名前は変えません!」という広告を出したんです。それが、「福島県クリエイティブディレクター」としての情報発信の始まりでした。

福島県の公式ポスターも10年以上続いています。「来て。」とだけ書かれたポスター、見たことある人もいるかもしれません。世界一語彙力のないポスターと揶揄されたこともありましたけど(笑)、やっぱり「来ていただく」ことで、知って、好きになって、また訪れて、大切な場所になっていく。その始まりが「来て。」なんだと思ったんです。





福島県公式イメージポスター無償配布中!
配布対象:福島県を応援してくださる県内外の企業、商店、団体、自治体等の皆さま
https://fuku-official-posters.jp/
2018年には「MIRAI 2061」という、2061年の福島を舞台にしたショート・ミュージカル・ムービーを制作しました。清野菜名さん、西田敏行さんらが出演してくださっています。
原発の廃炉にはどれくらいかかるのか?という問いに対して、50年後の未来をみんなで具体的に想像してみたらどうだろうか?と、できるだけ事実を重ねて作ったSFのミュージカルです。
- 「MIRAI 2061」特設サイト
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※「MIRAI 2061」の動画は、2022年2月で公開終了となりましたが、特設サイトでは、引き続き作品に込められた思いや世界観を紹介しています。
そして今年、押山清高監督(劇場アニメ『ルックバック』の監督)が福島県本宮市のご出身ということで、「福島のために新しいアニメーションを作ってくれませんか」とお願いして、オリジナル短編アニメーション『赤のキヲク』を制作していただきました。今年3月にリリースされていますので、ぜひご覧ください!
ブランドムービー『赤のキヲク』特設サイト
そして、福島県のスローガン。震災後、最初にできたスローガンが「ふくしまから はじめよう。」でした。それを2021年、震災から10年の節目に「ひとつ、ひとつ、実現する ふくしま」という言葉にアップデートしました。
「はじめる」から「かなえる」へ。すでにそのフェーズに入っているんじゃないか、という思いからこのスローガンを策定したんです。福島県の発信には、たくさんの日本トップレベルのクリエイターたちが協力してくれています。

「はじめる」から、「かなえる」へ。
ひとりひとりの力を重ね、それぞれの思いを繋ぎ、
ともに、ひとつずつ、しっかりと、
カタチにし続けていこうと。
歌って、泣いて、笑って──福島に必要だった場所
当時の仲間の一部からは、「お前、県や行政に魂を売ったのか?」って言われたりもしました。なかなか難しかった。でも、そこはやっぱり対立するんじゃなくて、中に入ってリアルに良くしていくことが必要なんじゃないかと思ったんです。
あれから10年以上が経ちますが、半分は「福島県クリエイティブディレクター」として、福島県のオフィシャルな発信をしつつ、残りの半分は以前の通り、イベントをしたり、月1回ずつ福島の59市町村を回ったり…。そんな活動を続けています。
もちろん、当初は「福島を嫌いだって言ってた奴が何をのこのことそんなことやってるんだ」と批判されたこともありますし、「東京に出ていった奴じゃないか」と言われたこともあります。大きなコンサートをやるときには、「人殺し」と書き込まれたこともありました。
だからこそ、2011年に「LIVE福島 風とロックSUPER野馬追」を開催した時は、放射線量を測り、会場を丁寧に調べて変更したり、演奏時間を調整したり…。本当にいろいろやってきました。長く続ける中で、ようやく「おー!」って受け入れてもらえるようになった部分もあります。
あの頃、「音楽の力」という言葉があちこちで使われていました。でも「逆に言うと音楽は無力かもしれない」という声もあった。僕が感じたのは、震災から半年間、みんな雨戸を閉めて、泣くこともできず、大きな声で叫ぶこともできず、じっと暮らしていたということ。
そんな県民が、思いっきり歌っていい日、泣いてもいい日、笑っていい日。それがエンターテインメントの持つ大きな使命だと思うんです。結果的に、それができた場所だった。
世界に生配信されたそのコンサートは、YouTubeチャンネル総再生回数1,919,630回を記録。世界各国から、その国の言葉で「頑張れ、頑張れ!」という書き込みをいただいたりもしました。
僕が「LIVE福島 風とロックSUPER野馬追」配信のディレクションをした時、ひとつポイントにしたのは「お客さんの顔をたくさん映してください」ということ。ステージはそんなに撮らなくてもいいから、福島で前を向いて生きていこうとしている人たちの姿を世界に伝えましょう、と。
みんなが半年間、ぐっと抑え込んでいた気持ちが、バーッと外に出た瞬間でした。

震災が変えた発信力の変化──胸を張って伝える福島へ!
震災後、大きく変わったことのひとつが「発信力」だと思います。
ある民放のテレビ番組で特集された時、「福島は会議で手を挙げない県ナンバーワン」と言われていて、もうすごくムカついたんですけど(笑)。でも、実際自分もそんなに手を挙げないし(笑)。
会議では手を挙げないのに、後からいろいろ言ってくる。どこの県もそうかもしれないけど、遠慮が美徳だったり、じっと堪えることが良しとされていたり…。
でも、震災を経て大きく変わったのは「自分たちの思いを胸を張って伝える力」。若い人たちも、上の世代の人たちも、自分たちの思いであったり、ふるさとの魅力であったりをしっかりと発信するようになった。それは本当に大きな変化だなって思います。
「あれから何年」──時間では測れない復興のあゆみ
一方で、復興には光と影がある。光の部分はどんどん大きくなってきてはいるけれど、まだまだ前に進めない人もいる。もしかしたら、時計が止まったままの思いでいらっしゃる方がいることも確かです。だからこそ、両方の人たちが手を取り合って前に進もうとしているんです。
2012年、「風とロックCARAVAN日本」というイベントを立ち上げ、全国を回りました。どこを回ったかというと、沖縄、長崎、広島、神戸…。大きな困難を乗り越えてきた先輩たちから学べることがあるんじゃないか、それを自分たちに活かせるんじゃないかと思ったんです。
その時、神戸のラジオ局のディレクターの方が、こんなことを言ってくれました。「まだ震災から1〜2年だから感じないかもしれないけれど、この先『あれから何年』っていう言葉が言われ始めます。それが当事者にとっては結構しんどいんです」と。そうやって「何年」という風にくくれるものじゃないし、区切れるものでもない。一日一日が一歩一歩なんです。10年、15年経った時に、神戸の人間がそんなことを言っていたってことを覚えていてくださいね、と。それは、時間が経つ中で胸に染みてくる言葉のひとつですね。もちろん、風化させないという意味ではとても大事なことのひとつではあるし、この先、災害の時にできるだけ被害を少なく、みんなで力を合わせるためには大切な教訓にもなるのかもしれない。
でも、福島の人たちの中には「3月にテレビをつけるのが嫌なんだ」と言っている方もたくさんいます。直接の被害だけじゃなく、歩んでいく中で進んでいることもあれば、止まっていることもある。もしかしたら後ろに下がっていることもあるかもしれない。避難区域で帰れない方もいるし、家がもうないという方もいる。帰りたいけれど、違う場所で新しい生活が始まっている方もいる。だから、どこかだけを取り出して「そうなんですね」という風に結論づけるのではなく、さまざまな思い、さまざまな立場の人たちが、ゆっくりと前に進んでいるということを忘れてはいけないなって。改めて、そう思います。

- 箭内道彦さん|クリエイティブディレクター
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東京藝術大学美術学部デザイン科教授。
郡山市出身。タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」、リクルート「ゼクシィ」など、既存の枠に捉われない話題の広告キャンペーンを数多く手掛ける。
福島県では、県のクリエイティブディレクターやしゃくなげ大使、郡山市フロンティア大使を務め、福島県の今や地域の魅力を発信。コミュニケーションワード「ふくしまプライド。」、「福島県公式イメージポスター」、県総合情報誌「ふくしままっぷ」、ショート・ミュージカル・ムービー「MIRAI2061」、防災ガイドブック「そなえるふくしまノート」、動画「もっと 知って ふくしま!」など、数々のクリエイティブ広告を監修。
PRESENT

箭内道彦さんが取材の感想として書いている言葉が応募キーワードです。レポート後編をお読みいただき、番組ホームページのメールフォームからご応募ください。
本商品は、TOKYO FMで放送中の「Hand in Hand」内で応募プレゼントとして紹介されているものです。
本サイトからの応募はできませんので、希望される方はこちらよりご応募ください。
なお、応募締切は2025年10月3日(金)となります。
ラジオ放送情報
「Hand in Hand」は、平日朝6時から生放送でお届けするラジオ番組「ONE MORNING」内で毎週金曜の朝8時11分に放送。TOKYO FM/JFN36局ネットにてお聴きいただけます。番組を聴き逃した方は、ラジオ番組を無料で聴くことができるアプリ「radiko」のタイムフリーや「Podcast」でお楽しみいただけます!
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イベント告知情報
箭内道彦さんが実行委員長を務めている音楽フェス「風とロック芋煮会」が2025年10月4日(土)、5日(日)の2日間、磐梯朝日国立公園、福島県北塩原村で開催されます。うつくしまふくしまの空の下で、美味しい鍋と音楽をお楽しみください。
風とロック芋煮会2025 IMONY IANRYOKO "KITASHIOBARAMURA"

開催日:2025年10月4日(土)、5日(日)
開催地:EN RESORT Grandeco(福島県北塩原村)
