
福島県南相馬市小高区は東京電力福島第一原発の事故で一時、「帰還困難区域」に指定され、全ての住民が避難を余儀なくされた場所です。2016年7月に避難指示が解除となり、JR常磐線の小高駅も同時に再開されました。その小高駅から約10分、郊外に向けて車を走らせると、耕作放棄地や遊休農地を活用したぶどう畑があちらこちらに広がっています。整然と並ぶぶどうの木の光景は、震災前にはみられなかったものです。なぜ震災前にはなかったぶどう畑が南相馬市に広がるようになったのか。女性アイドルグループ「=LOVE(イコールラブ)」のメンバーで福島県いわき市出身の諸橋沙夏さんがリポートします。
酪農という生業を失い避難生活
諸橋さんが訪れたのは、南相馬市小高区にある「コヤギファーム」です。
「ワイン用のぶどうを栽培しています。収穫は9月上旬から始まり、10月上旬に終わります。現在は4ヘクタールの土地で7000本のぶどうの木を育てています」

そう語るのは南相馬市小高区で生まれ育った三本松貴志さん(51歳)です。避難指示が解除されて3年後の2019年にぶどう栽培を始め、今年で5年目を迎えました。しかし、もともとワイン造りをしていたわけではなく、震災前は酪農家でした。
「牛舎ではピーク時に60頭の乳牛を飼育していましたが、原発事故の影響で酪農を続けることができなくなってしまったんです」
幼い頃から父を手伝いながら育ち、高校卒業後は酪農が盛んな北海道の農業大学へ進学。その後、一時は会社員として働いていましたが、33歳で退職し、2011年1月、牧場を正式に父から引継ぎ、酪農家の2代目となりました。しかし、代替わりをしてわずか2か月後、東日本大震災が発生しました。
「長男の卒園式の準備で車を運転していた時、激しい揺れが起きました。タイヤがパンクしたのかと思うほどで、車を停めて外に出ると、電線が切れ、地面から水が噴き出していました」
自宅は海から離れていたため津波被害は受けず無事でしたが、余震を怖がる家族と共に車中泊で一夜を過ごしました。「地震ぐらいで避難する必要はない」と考え、翌日も牛の世話をしていましたが、その時、牛舎で大砲のような音が聞こえました。自宅から約15キロに位置する福島第一原発が水素爆発を起こしたのです。その後、三本松さんは妻、長男、生後半年の長女とともに避難生活を開始しました。

人生の転機「ふるさとをワインの名産地に」
飯舘村や福島市、南会津町を転々と避難していた三本松さんは、「いずれは小高に戻り、酪農を再開させよう」と考えていました。しかし、避難区域に指定された故郷にはすぐに戻ることはできませんでした。それでも南相馬市の知人を頼り、放射線量測定の仕事や農地の草刈りなどを請け負うNPO法人で働きながら、酪農の再開を諦めずにいました。
そうした避難生活の中、避難区域への一時的な立ち入り制限が解除され、久しぶりに自宅を訪れた際、驚きの光景を目にしました。
「原発事故後、酪農の再開を諦めた父親がトラクターなどの機械をほとんど処分してしまったんです。再び酪農を始めるには莫大な費用が必要で、断念せざるを得ませんでした」
「それでも、この土地で何かできないか」と考えた三本松さん。転機となったのは、家族で訪れた山形県高畠町への旅行でした。
「避難生活で仮設住宅にずっとこもりっきりだったので、気分転換と家族サービスを兼ねてワインが有名な山形県高畠町に家族旅行に行ったんです。そこは東北でも有名な高畠ワイナリーがあり、ふと入った店はワインを求める他県からのお客さんで賑わっていました。こういった光景を南相馬市小高区でも実現したいと思ったんです」

経験がない中、三本松さんは独学でぶどう栽培を学び始めました。しかし、そう上手くはいきません。そうした中、南相馬市小高区と同じ2016年に避難指示が解除された川内村でワイン製造を目指したぶどうの栽培が始まったことを知り、三本松さんはボランティアとしてワイン造りを学ぶことに。その後、地域おこし協力隊たちの手で川内村から富岡町にもワイン造りが広がり、三本松さんはそこでも作業を手伝いながら経験を積みました。
そして、2019年春、ついに故郷の南相馬市小高区にぶどうの苗木を植え、ワイン造りをスタートさせたのです。かつて牛舎だった場所がぶどう畑となり、農場の名前を「コヤギファーム」とつけました。
「地域名の“小屋木地区”に由来しています。いつかワインが有名になれば、この土地も知られるようになると思い、この名前にしました。それとコヤギって何だか可愛らしいじゃないですか…ヤギはいませんけどね」
2021年には川内村のワイン醸造所に協力してもらい、900本のワインを初めて出荷するまでになりました。その後、耕作放棄地や遊休農地を借りて少しずつぶどう畑を広げていき、現在では白ワイン用のシャルドネや赤ワイン用のメルローやカベルネフランなど7種類のぶどうを栽培していると言います。

「始めたばかりの頃は“こんな場所でぶどう作りなんて”と馬鹿にされていました。それでも年を重ねるごとに話題が広まっていき、ぶどうの栽培を手伝ってくれるボランティアの人たちも増えていきました。酪農を諦めてからは大変なことの方が多かったですが、何とか形にできたので安心しています」
そして、ワイン造りを始めて5年目の今年、新たな商品が誕生しました。それは世界的にも珍しい「赤のスパークリングワイン」です。本来、スパークリングワインは白ワインをもとに作られますが、赤ワインを使って作られる商品は少ないといいます。一体、どんな味わいなのでしょうか?次回は、諸橋さんの試飲リポートをお伝えします。
【動画はこちら】イコラブ諸橋沙夏さんが南相馬と飯館村で新たな特産品をリポート!
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