浪江町の復興のシンボル「道の駅なみえ」にある食堂「フードテラスかなで」で総料理長を務める料理人・西芳照(にし・よしてる)さん。サッカーワールドカップでは5大会連続でサッカー日本代表を支え、なでしこジャパンやラグビー日本代表の専属料理人としても世界を巡った食のプロが、生まれ育った福島への想いを胸に、食を通じた地域の魅力づくりに取り組んでいます。
福島県いわき市出身で、アイドルグループ「=LOVE(イコールラブ)」のメンバーとして活動する諸橋沙夏さんが「道の駅なみえ」を訪れ、西さんにお話しを伺いました。
- 諸橋
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福島県には、サッカー日本代表が合宿やトレーニングを行う拠点の一つ「Jヴィレッジ」がありますが、西さんはそこでシェフをされていたんですよね?
- 西
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はい。1997年にJヴィレッジがオープンした時、私は、東京で修行していて、当時35歳でした。小学3年生と5年生の娘が2人いて、東京より自然豊かな場所、山があって海があるーそういう自然がいっぱいのところで子どもを育てたいなと思っていたところに、ちょうどJヴィレッジ開業の話があり、応募したら採用になりました。もともとサッカー施設だとは知らず、「ホテルができるらしい」という程度の認識で行ったんです(笑)。
- 諸橋
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西さんは本当にすごい方で、サッカーワールドカップでは5大会連続で帯同。その後、サッカー日本女子代表(なでしこジャパン)やラグビー日本代表でも専属料理人として腕を振るわれていたんですよね。西さんの料理を食べると、選手の皆さんパワーが出るんですね!
- 西
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どうでしょう、そうだといいですけど(笑)。
東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の直後、原発事故対応のための前線基地・後方支援拠点として大きく役割を変えたJヴィレッジ。当時の状況について伺いました。
- 西
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地震のあった夜、楢葉町のJヴィレッジが避難所になり、200人ほどが避難してきたので夕食と朝食を提供しました。その後すぐに「全員ここから避難してください」と指示があり、そこにいた人たちはいわき市の小学校へ移動しました。私は両親が南相馬市小高にいたんですが、国道6号線が北上できない状況だったので、東北道を通って福島市で合流し、東京へ避難しました。
その後、Jヴィレッジのレストランサービスを運営する会社の本社が東京にあったので、そちらで働いていました。みんな着の身着のまま避難してJヴィレッジに貴重品を置いたままだったので、何度か車で通いながら従業員やスタッフの荷物を整理したりしていました。すごく寒い時期で、作業員の皆さんが廊下や踊り場の床に段ボールを敷いて仮眠を取っていたんです。「食事はどうしてるのか?」と聞くと、「缶詰かな?」と言うので、大変だなと思っていました。何回か行っても食事環境が改善されていないようで、少しでも収束が早くなるなら、作業員の皆さんの食事を作れないかと思い、会社を辞めて福島に戻り、またJヴィレッジで作業員と東京電力の方々に食事を作り始めました。
- 諸橋
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実際にその様な状況を見たからこそ、西さん自身が「何とかしたい」と思われたんですね。
- 西
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そうですね。あの環境で皆さん本当によく頑張っている状況でした。
震災後の日本代表帯同と福島の食材
- 諸橋
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震災後もサッカー日本代表の専属シェフとして帯同されたと思うんですけれど、その時にも福島のことが頭をよぎったり、何か感じることはありましたか?
- 西
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震災の年も海外遠征があり、「福島のために何かできることはないか」と協会に打診したところ、「福島の食材を何でも持って行っていい」と言っていただきました。当時、“世間的には福島の食材は汚染されている”といった風評がありましたが、「福島のためになるなら、PRにもなるし、どんどん使ってください」ということで、お米やうどん、味噌など持ち運べるものをたくさん持って行きました。
- 諸橋
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選手の皆さんも福島の食材を喜ばれましたか?
- 西
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震災直後、選手の皆さんから「何かできることないか、力になれることはないか?」と連絡をいただいていたので、遠征先で「これ福島のお米なんです」と伝えると、「いいね、食べよう!」と言ってくださって。福島に帰ってきて、生産者の皆さんに「選手が喜んで食べてくれた」と伝えると、とても喜ばれました。私もうれしかったですね。
Jヴィレッジから浪江へ。西さんの新たな挑戦
道の駅なみえの「フードテラスかなで」で総料理長に就任された経緯を伺いました。
- 西
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道の駅なみえの駅長が、以前Jヴィレッジで一緒に働いていた方なんです。当時私はいわきでお店を出していましたが、テナント全部退去となり悩んでいたところ、「ぜひうちで総料理長としてやってほしい」と声をかけていただきました。私は南相馬市小高の出身で、浪江町は隣町なので最初は断ったんですが、「西さんが来てくれることで、もっと浪江を知ってもらって、美味しいものを提供して全国からたくさんの人に来てほしい!別にお店を作ってもいい!」と。そこまで言われたら断れないですよね(笑)。
- 諸橋
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背中を押してもらって決意されたということですね。
- 西
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浪江町をどうにかしたいということで、私の力が少しでも役に立つなら。
ご当地グルメの「なみえ焼そば」や請戸で水揚げされた新鮮な「しらす丼」が人気。
選手たちアスリートに愛された「代表カレー」
日本代表の専属シェフだった西さんが試合直後の選手たちに振る舞うカレーは、疲労回復とエネルギー補給の定番メニューとして知られ、長友佑都選手をはじめ多くのアスリートから愛されてきました。
- 諸橋
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たくさんのお客さんで賑わっている道の駅なみえですが、「フードテラスかなで」には「代表カレー」という名物メニューがありますよね?「代表」ということは…?
- 西
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サッカー日本代表の選手の皆さんに試合後の夕食で提供していたカレーになります。選手の皆さんは、試合が終わってホテルに戻ってきて、ご飯を食べてからその日の夜に移動、もしくは翌日の朝に移動とか結構忙しいんです。だから試合後の食事は結構大事で、疲労を残さないようにするためのリカバリー食になります。カレーなら、お肉でタンパク質、野菜でビタミン、ご飯で炭水化物がバランスよく摂れる。皆さん喜んで食べてくれていました。
- 諸橋
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すごい!選手の胃袋を掴みましたね。
福島で生まれ育ち、料理人として全国の食材と向き合ってきた西さん。その経験の中で、改めて気づいたのは“ふるさと福島の食の豊かさ”でした。
- 西
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高校を卒業して最初は居酒屋で働いて、その後本格的な和食のお店で働かせてもらいました。35歳まで17年間です。
- 諸橋
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そして1997年のJヴィレッジ開業を機に福島に戻られたということで…。福島は農水産物にとても恵まれていますが、料理人として福島の食材への想いは強かったんですか。
- 西
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うちは農家で、田んぼが二町歩(約2ヘクタール)ぐらいあったんです。米や野菜は家で作っていたもの、魚も地元で獲れたものを普通に食べていましたが、高校生までは何とも思わなかったですね(笑)。料理人として働き始めて、当時の築地市場に買い出しに行けば、ヒラメとか夏であればスズキとかあんこうといった常磐ものが高値で取引されていて、「福島ってすごいところなんだな」と、自分で使うようになって分かりました。今の時期の常磐もののスズキは、洗い(薄切りにした身を氷水にさらして引き締めたお造り)にしたら、美味しいなんてもんじゃないです(笑)!そういう福島の食の魅力を改めて知りました。
- 諸橋
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大人になって気づくこと、分かることもありますよね。
- 西
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そうなんです!こんなにいい環境にいたんだなって…。福島には、魚でしょ、米でしょ、くだものでは桃、これからの季節は梨があります。豊水・幸水・新高とか。ブドウもシャインマスカットとかいろんな種類があります。福島はフルーツ王国です。本当に恵まれた環境で育ちました。
- 諸橋
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春夏秋冬、美味しいものがたくさんある福島。そんな福島が直面したのが、原発事故による食品に対する風評被害だったと思います。当時、西さんご自身も風評を感じたり、目の当たりにすることはありましたか?
- 西
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震災後(原発事故後)は店頭に並ぶ福島県産品は安く、買い手がいないから値段が下がってしまう。市場で値がつかなかったですよね。でも、福島県産品ほど安全安心なものはない。全て検査をしていましたから世界一安全です。
東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から15年が経ち、浜通りの姿が少しずつ変わり始めています。帰還する人、新たに移住してきた人─西さんに地域の未来をどう見ているのか伺いました。
- 諸橋
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浪江町を含め浜通りの多くの町は、人口が震災前の水準まで回復していないということですが、少しずつ帰還される方や移住される方も増えて、今の浜通りの様子をご覧になって感じることはありますか。
- 西
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避難解除が遅かったところは帰還率も低いですけれど、逆に新たに移住して「双葉郡のために力になりたい!」という人がたくさんいらっしゃる。居酒屋や飲食店に行くと、若い人がいっぱいでお店に入れないぐらい、今までの浜通りの日常が変わりつつありますし、新たな力を感じています。お酒を飲みながら「この地域を良くするにはどうしたらいいんだろう」「私はこう思う」といった会話も耳に入ってきます。そういう意味においては、すごくいいことだなと思っています。今までになかった発想で新しく仕事を始める人もいますし、将来的に楽しみでもあります。
- 諸橋
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西さんが描いている今後の福島の未来の姿。どう考えているか教えてください。
- 西
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新しいテクノロジー。農業が盛んになったり、新たな旅立ちというか、たくさんの人にこの地に来ていただいて働いていただく、見ていただく。そういう意味では希望に満ちているとも言えるんじゃないでしょうか。私は東京に行っていろんなことをしたという思いで修行をしていました。逆に今は、福島に来ればこういうことができる、こういうことが学べる。そういう場所になりつつあると思います。
今年の春、天皇皇后両陛下ならびに愛子内親王殿下が、令和になって初めて福島をご訪問され、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の被災地を視察されました。その特別な機会に、西さんは福島の食材を使った料理を提供する役目を担いました。
- 諸橋
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今年の春、天皇皇后両陛下が福島をご訪問された際、西さんがお料理を提供されたと伺いました。
- 西
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はい、福島の食材をいっぱい使ったランチを提供させていただきました。請戸で揚がったヒラメやコチ、福島牛や野菜も福島産のものを使いました。
- 諸橋
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召し上がっていただき、いかがでしたか?
- 西
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両陛下に福島の食材をふんだんに使った料理を召し上がっていただき、完食してくださったことが本当にありがたかったです。
ラジオ放送情報
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