岩手・宮城・福島の産業復興事例集30 2021-2022 第二章、始動~ニッポンの次世代モデルを目指す
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◆「3K」職業のイメージが定着漁師自身が、子どもに継がせたくないと語る現状だった。「きつい」「汚い」「危険」のイメージが強く、将来に希望が持てない。一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンイッパンシャダンホウジンフィッシャーマン・ジャパン 漁業、飲食料品小売業ほか 阿部勝太氏[代表理事] 宮城県石巻市千石町8-20 TRITON SENGOKU 0225-98-7071 https://fishermanjapan.com 2014年 2億661万円(2020年度)、1億9,930万円(2019年度) − 東日本大震災後、石巻市を中心に三陸沿岸の若い漁師たちが集まり、日本の水産業の未来を切り開くべくさまざまな課題に取り組む。2014年に一般社団法人化。販路開拓や人材育成、飲食店展開などを行う。 0225-90-4579 10人◆浜ごとに分断され、横のつながりが無い被災地の水産業の復興を考える上で、横断的なネットワークが無く、課題解決に向けた取り組みがなされていなかった。問題意識も低かった。◆生産者の高齢化と担い手不足20年前に比べ、生産者の人数は半減している。特に若い世代が少なく2割に満たない。国内水産物の生産額も半減している。フィッシャーマン・ジャパンのオリジナルグッズ。Tシャツ、キャップ、サコッシュなどを展開一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンが掲げるのは「新3K」。3つのKは「きつい、汚い、危険」ではなく、「カッコいい、稼げる、革新的」だ。フィッシャーマンを単に漁師と定義するのではなく、水産業に関わるすべての仕事で、水産加工業や流通、そこに関わるカメラマンやデザイナーをも含めている。目標の一つは、2024年までにフィッシャーマンを1,000人増やし、100億円の新産業をつくることだ。始まりは、津波で大きな被害を受けた石巻で、2011年に若手漁師の阿部勝太氏(現代表理事)とヤフー株式会社の復興支援室勤務で石巻に駐在していた長谷川琢也氏が出会い、漁業の将来を語ったことだった。そこから若い漁師仲間を増やしていった。被災後、石巻を含む三陸沿岸は津波被害からどのように復興していくかを模索していた時期。漁師は浜ごとの結び付きは強いが、広く横断的な視野に立っての活動が少なかった。そうした中で、阿部氏を中心に若手漁師の飲み会的な集まりを重ねるうち、自分たちの力で将来を切り開いていこうという機運が盛り上がった。2014年、一般社団法人を設立。設立メンバーは、石巻のみならず女川町や南三陸町、塩竈市など三陸沿岸各地から集まった漁師8人、魚屋3人と事務局2人。全国に波及させることを目的に、「日本の水産業の課題解決ののろしを三陸から上げる」と、名称に「ジャパン」を入れた。水産物の販路開拓から始め、大型商業施設等で催事を行うなどして、三陸の海の幸をアピール。2015年から担い手育成事業「TRITON PROJECT」を始める。1998年には全国で約28万人いた漁業従事者が20年間で約15万人まで減少している現状に鑑みて、担い手の育成や漁業の魅力発信を行い、若者を受け入れる土台をつくった。求人サイト「TRITON JOB」の運営や生活キャリアサポート、複数の浜でのシェアハウス展開などを通し、これまでに50人以上を就業させることができた。62背景と課題東日本代震災を契機に目指すは「新3K」とフィッシャーマンの1,000人増宮城県石巻市日本の水産業の課題解決へ日本の水産業の課題解決へ三陸沿岸からのろしを上げる三陸沿岸からのろしを上げる一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン99

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