岩手・宮城・福島の産業復興事例集30 2019-2020 東日本大震災から9年~持続可能な未来のために
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陸奥国一宮・鹽しお竈がま神社の門前町、歴史ある港町として知られる塩竈市。JR本塩釜駅エリアにある塩竈市海岸通商店街に、1934年の創業以来、地元住民から愛され続ける老舗茶屋「矢部園茶舗」はある。そこで来店した一人ひとりに「お茶飲んでってけさい(飲んでいってください)」と声を掛け、自ら入れた茶を振る舞うのが、矢部茶園本舗3代目の矢部亨氏だ。2009年11月、株式会社矢部園茶舗代表取締役に就任。全国・世界に向けて、お茶の豊かさとおいしさを伝えている。東日本大震災の津波は、塩竈市海岸通商店街を大きく飲み込んだ。1950年に建てられた矢部園茶舗の店舗にも天井の下まで津波が押し寄せ、店内にあった商品や備品などすべてを押し流した。再開まではしばらくかかるだろうと見込んでいた矢部氏だったが、町の状況を見て「店の明かりはつけないといけない」と決意する。建物を復旧するためにグループ補助金を活用。株式会社東日本大震災事業者再生支援機構による債権買取は、事業の行方や展望に向けて負担を減らすために利用し、店の再開に役立てた。発災後の初動対応を支援する傍ら京都に出向き、建具や引き戸、照明器具などの部材をそろえた。「避難所や仮設住宅に身を寄せていて、『今日も(避難所や仮設住宅に)帰るのかと思うと気が重い』という声が多かったんです。そういう方が店に来られたときに『あら、すてきね』『居心地がいいね』と言ってもらえるように、落ち着いた雰囲気の、港町の粋な町家のような店を作ろうと思って動いていました」。店を再開したのは7月31日。「4カ月以上も閉めていたので、お客さまはほかのお茶屋さんに行ってしまって、もう用済みかもしれないという思いもありました」という矢部氏の不安をよそに、迎えた再開初日、店頭には約150人の客が列を作った。最初に来店した客から、「いやいやいや、あんだいの(あなたのところの)お茶飲めなくて、うんとしんどかったよ(とても大変だったよ)。あんだいのお茶じゃなきゃ駄目だ」という声に涙が出たという。客の声だけではなく、天の声も聞こえたような出来事がある。店内に飾られた「茶匠」認定証には、「2011年3月11日」の日付が刻まれている。実は発災当日、矢部氏は最終検定のため東京にいた。「これはもう神様が、お前はお茶をやって、被災地の人たちの役に立てと言われているんだろうなと思いました」。復興に向け明かりをつける老舗茶屋3代目の決意ついに迎えた涙の再開茶屋の使命をかみ締める鹽竈神社陸奥国一之宮として古くから朝廷や庶民の崇敬を集めてきた、全国の鹽竈神社の総本社。初詣には約50万人が訪れ、3月の帆手祭は日本三大荒神み輿こしに数えられる。「茶匠」生産や流通、歴史など緑茶のあらゆることに精通した茶専門経営士。全国茶商工業協同組合連合会が主催する茶経塾が認定する資格。矢部氏は2011年3月11日に認定を受けた。2030年復興への歩み[売上高推移(百万円)]※9〜翌8月156●8月ロサンゼルスマルカイコーポレーションにてデモンストレーション販売●伊達の正夢玄米茶発売開始2016年1682015年166●4月アイベックスエアラインズ仙台−伊丹便に「伊達茶ペットボトル」採用●7月オリジナルボトル「茶摘み」が全国有名料亭に採用2019年134●5月JR東日本「トランスイート四季島」のお茶に4製品が採用2017年150●11月高品位ペットボトル緑茶「茶摘み」発売2018年復興五輪新分野/新市場/海外進出観光振興/地域交流拡大事業承継被災地での再生・創業/被災地への進出13100250050150200[SDGs]2030年に向けて良い仕事をするには家庭環境をできるだけ汲んでいきながら、スタッフ同志が支え合うことが大切。互いに助け合う社風にしたい。スタッフが家庭をできるだけ尊重して安心して働ける社風と環境を【目指していくゴール】2009年●11月矢部氏が株式会社矢部園茶舗代表取締役(3代目)就任2010年2392011年●3月茶専門経営士「茶匠」取得●7月本店での店舗事業再開2312012年●6月「くきほうじ茶 夕顔 香福」発売223・グループ補助金・東日本大震災事業者再生支援機構による債権買取2013年200●5月オリジナル急須「shaker 急須(with Hibiya Bar)」を発売2014年18671

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