岩手・宮城・福島の産業復興事例集30 2019-2020 東日本大震災から9年~持続可能な未来のために
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品はそのほとんどの販路が学校給食。取引先や学校給食会が復興支援のために採用したいと声を掛けてくれることも多かったが、それ以上に、不安を感じる保護者からは反対意見が寄せられ、採用を断られることが続出した。特に西日本は「壊滅的」だったという。「東北から放射線の影響を恐れて西日本に避難されている方もいて、『なぜ追い掛けてくるんだ』という思いすら抱かれたかもしれません」とつらい表情を浮かべる。この結果、再開年度(2012年3月期)の売上高は震災前の6割にとどまり、銀行に示していた10カ年計画を書き替える必要に迫られるほど大きな誤算となった。この風評の打破は一朝一夕でできることではない。製品全種類と原材料の全ロットで放射性物質検査を行い、安全性を地道に訴え続けた。その取り組みが徐々に信頼を集め、2013年3月期の売上高は震災前の9割にまで回復した。一つ壁を越えたところで、次の壁が立ちはだかった。人材不足だ。工場再開時に協力社員の再雇用を行ったが、戻ってきたのは半分ほどだった。正社員と合わせても従業員数は被災前の7割ほど。再開年度は売り上げ低迷でバランスが取れていたが、取り引きが正常化するにつれて人手不足が顕著になり、売り上げが頭打ちになった。状況を打開すべく津田氏は4つの改善策に取り組む。新卒の積極的な採用、生産性の改善、機械化の推進、外国人技能実習生の採用だ。機械化では5億円の追加投資を行い、例えばこれまで十数人で行っていたラインを3〜4人にまで削減。異物検査や箱詰めの工程にも機械を導入し、自動化を進めた。技能実習生は2017年3月期の10人を皮切りに、2019年3月期までに10代、20代の29人のベトナム人が就労し、現場で活躍している。「今やわが社にとって欠かせない戦力です」と津田氏。さまざまな取り組みが功を奏し、2018年3月期はついに売上が被災前の水準に達し、2019年3月期はそれを3億円近く上回った。やっと完全復活といえる状態まで持ち直した津田商店だったが、今度は原材料不足が業界全体に襲い掛かっている。主要製品の原材料となる魚種がことごとく獲れない。80年以上続く会社の歴史の中でも好不漁の波はあったが、類を見ない危機的状況だ。「こればかりは私たちだけではどうしようもありません。資源が枯渇しないように管理をしてもらうことが、水産加工業者として深刻な人材不足に投じた4つの改善策1学校給食「さばゴマ味噌煮」「さんまみぞれ煮」「いわし梅煮」「鮭塩焼」などの自社製品を提供。津田商店では、製造量は缶詰の方が多いが、事業規模は冷凍食品の方が大きい。生産性の改善岩手県の取り組みとして3年間にわたりトヨタ自動車から事業の「カイゼン」指導を受けた。当時水産加工業としては革新的だったこの取り組みは、現在では東北各地に広がっている。自社ブランドの缶詰商品「ほかのどこにも無いもの」「一過性で終わらないもの」「価格不問」「缶型不問」「原材料不問」という条件で始動。数十品の提案から絞り込み、完成にこぎ着けた。岩手2360

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