岩手・宮城・福島の産業復興事例集30 2019-2020 東日本大震災から9年~持続可能な未来のために
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の水などはあった。それで野菜のみそ汁を作り、地元の被災者に振る舞った。「ご近所さんの家が津波で流されるのをテレビで見てしまったので、じっとしていることはできませんでした。そこで私の妻が陣頭指揮を執って、避難所を回って炊き出しを始めたんです」。舞台ファームが行った炊き出しは、最終的に3万食にまで達したという。その後、各地から集ったボランティアが寝泊まりする場所として自社のプレハブを提供するなど、力を合わせて避難生活を乗り切っていった。そのとき、針生氏と一緒に行動していたのが、現在株式会社ワンテーブルの社長を務める島田昌幸氏である。「われわれは震災の経験を通して、食の大切さを改めて思い知らされました。人間、水を飲まずに24時間、物を食べずに48時間が過ぎると、どんどんネガティブになっていくんです。島田氏もこの経験を通して、今の事業を実行していったのでしょう」と針生氏は振り返る。舞台ファームは東日本大震災の影響で、数億円の債務超過に陥ってしまう。しかし、東日本大震災事業者再生支援機構による債権買取を利用して、2015年の2月に債務超過を脱出した。「東日本大震災は、私のビジネス観を一変させる出来事でした。今までの農家の延長にある考え方では、遠からず事業に限界がやって来る。被災以降も事業を継続していくために、農業を軸とする新たなビジネスモデルを創設していく、いわば“農業商社”を目指すことにしたんです」。針生氏いわく、「農業というのは足し算でしか増えていかない」。収穫量を倍にしたければ、倍の面積の農地に、倍の種をまかなければならない。これではコストや労働力の面でいずれ頭打ちになる。工業や情報産業なら技術革新やシステムで掛け算式に増やしていくことも可能だが、農業はそういった試みが難しいというのだ。農業商社とは、農業を軸とした新たな仕組みを構築し、自治体や異業種の会社などと連携して6次産業の先にあるビジネスチャンスをつくり出す、舞台ファームの次世代の姿を指す。その一例を針生氏はこう解説してくれた。「例えば、農作物の値段には運送コストが大きく反映されています。そこで自前の流通網を持って、そのコストを圧縮するんです。自社製品の物流網は2016年に構築済みですが、自社以外の商品も運べるよう、運行管理者資格も取得したので、車両を緑ナンバーへ切り替え予定です」。近年、舞台ファームは自治体との連携を強化している。宮城県美里町での農組織の法人経営支援、茨城県境町での「グリーンカラー(農業経営者)育成支援」の包括連携協定、福島県浪江町での農業に針生流ビジネスは「TPPA」農家から“農業商社”へ進化株式会社ワンテーブル多賀城市に本社を持つ食文化創造事業、備蓄・防災事業を手掛ける企業。常温で5年間備蓄できるゼリー「LIFE STOCK」を開発(P.36にて事例紹介)。宮城423142

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