岩手・宮城・福島の産業復興事例集30 2019-2020 東日本大震災から9年~持続可能な未来のために
106/145

が、福島県内には、戻れなくなった蔵、酒を造れないでいる蔵が、数多く生まれてしまった。「信じられないことに、自分たちの理由以外で、生まれた土地から剝がされるということが起きました。こんなことになって、自分は福島が大好きなんだと気付かされました。これから先は、絶対に後悔しないように理想の酒造りをしていこうと決心したんです」。被災後の片付けに追われる中だったが、蔵の改革に乗り出す決意を固めた鈴木氏は、従業員一人ひとりと「これからは仕事も厳しくやっていく。良い酒造りをして、地域に何か残せる蔵にしていこう」という話をしていった。その結果、ベテラン従業員は皆、辞めてゆき、若手の2人だけが残った。鈴木氏はいとこを呼び寄せ、平均年齢29歳という若い4人で、曙酒造を再始動させることになった。蔵の体制を整えていく一方、鈴木氏は「福島・会津で自分にできることは何か」を考えながら、酒造りに精力的に取り組んだ。5月、東日本大震災で瓶が割れ純米から大吟醸までさまざまな品種が混ざってしまった「天明」を、再度火入れを行い「ハート天明」として出荷。売り上げの一部を震災孤児のために寄付した。6月には、日本酒ベースのヨーグルトリキュール「Snowdrop」を発売。売れ行きは好調で、その収益は設備投資に使われている。さらに、当時は会津坂下町でしか作られていなかった極早稲「瑞みず穂ほ黄こ金がね」を使った「天明 中取り零号」を、11月に発売。県の放射性物質検査を最初に通った米を使い、「福島の酒の安全・安心を、誰よりも早く発信したい」という鈴木氏の思いを形にした新酒だった。若返りが図られ、曙酒造の雰囲気は見違えるように明るくなっていった。その中で、自分たちの思いを乗せた酒が次々と造られ、従業員たちの士気も上がっていく。そして、生き酛もと山廃造りに挑んだり、10年ぶりに「天明 掌しょう玉ぎょく」を復活させたり、ビンテージを始めたり、自分たちの可能性を確かめるためにいろいろな酒造りに挑んでいった。その結果、2013年度から3年連続して全国新酒鑑評会金賞を受賞。蔵の可能性を確認しようといろいろな酒造りに挑んだ「Snowdrop」や梅酒などのリキュール類は主力商品に成長した「ハート天明」売り上げの中から1本につき600円を、あしなが育英会東日本大震災津波孤児基金に寄付した。東日本大震災以降、各地で造られるようになった「義援酒」の先駆けとなった酒。「Snowdrop」地元の酒屋のアイデアを元に、会津坂下町で作られたヨーグルトを使って、2年間試作を重ねていた。リキュール製造に必要となる公的な書類が届いたのは、2011年3月10日だった。福島231106

元のページ  ../index.html#106

このブックを見る