被災地での55の挑戦 ―企業による復興事業事例集―
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106 '3(チャレンジ'挑戦( 社員の主体性が効果を発揮したのは震災時の対応だけでない。震災前から取り組んできた「滑りにくい靴」の開発・商品化もその一つである。1990年代後半の病原性大腸菌「O157」の流行をきっかけに、食品工場の多くがHACCP等の導入を通じて衛生対策を強化。工場内の床は細菌が付着しないようにコーティングされ、滑りやすい環境になっていた。その結果、転倒事故が増加し、水や油で濡れた床面に対する靴底の耐滑性の向上が望まれていた。そんな折、日頃から付き合いのあった仙台市産業振興事業団の「御用聞き型企業訪問事業」をきっかけに、東北大学大学院工学研究科の堀切川一男教授と「滑りにくい靴」の共同開発を2007年から着手。当時、作業靴メーカーの業界では、滑った時の止まりやすさ(動摩擦)を重視し、床面に接する表面積が広い平らな靴底が滑りにくいとされていた。堀切川研究室と開発チームは、滑りの発生及び転倒を防止するためには動摩擦だけでなく、ソールそのものの滑り出しにくさ(静摩擦)を同時に向上させることを重要視し、両方に優れたソールパターンの開発に取り組んだ。ほとんどのメーカーが動摩擦係数の向上ばかりを追求する中で、静摩擦を向上させるという考えは業界の常識を破る斬新なものであった。この発想はトライボロジー(摩擦・摩耗・潤滑に関する総合科学技術分野)を専門とする堀切川教授によってもたらされた。 当社は自社製品のあらゆるソールを堀切川研究室に提供し、専門の試験機で耐滑性を解析して得たデータを元にソールパターンを試作し、耐滑実験を繰り返した。約1年半の研究の結果、ざらざらとした粗面に平らな鏡面をサンドイッチ状に挟み込んだ、すべりにくいソールパターンを完成させた。 試作のソールパターンは完成したが、製品化への道のりは険しかった。滑りにくいソールのカギを握る複雑な凹凸は設計通りに製造しないと、想定した性能を発揮しない。そこで、開発チームはパターンを忠実に再現した金型づくりに取り組んだ。金型メーカーと何度も協議を重ね、靴のサイズごとに型を作成。そこからゴムの配合や生産工程のなどの調整を終え、製品化に辿りつくまでには約3年の歳月を要した。西五社長は、「上市に導いたのは製品化を成し遂げようとする開発チームの情熱だった」と振り返る。 2012年10月に食品加工・厨房用向けの超耐滑シューズ「シェフメイトグラスパー」を発売。国内生産で高価だが一度使った業者の評価は抜群であった。「滑りにくさ」が理論と数値で実証されていること等から、転倒事故に悩む食品加工メーカーのみならず、官公庁からも問い合わせが舞い込むようになっているという。 この「滑りにくい靴」の商品化は産学連携の成功モデルとして注目されたが、西五社長は試作品の完成までほとんど関与していなかったという。「ゴム長靴で研究開発を続けるのは当社ぐらい」と語るように、常日頃から他社との差別化を図る上での研究開発や商品開発を重視していたが、その具体策は現場の責任者に委ねていた。「商品化は容易いものではない。数多くの障害に直面するが、それを乗り越える原動力はトップの指示ではなく、現場の『想い』や『情熱』にある」との考えを持つ。開発なくして発展なしの精神は、300名を超える社員に着実に浸透している。なお、超耐滑シューズの開発により、2013年に第5回ものづくり日本大賞(優秀賞)を受賞している。 '4(エッセンス'大切なこと( 当社が商品化した「滑りにくい靴」 当社の迅速な復旧も「滑りにくい靴」の商品化も社員の主体性があって初めて成立する。西井社長は社員一人ひとりが主体的に考え行動するためには、常日頃のトップと社員のコミュニケーションのあり方が重要だと語る。「社員には『どうしましょうか』とは言うな。自分で考えろ」と常日頃から伝えている。現在、2014年度以降の中期経営計画を策定中だが、30~40代の中堅社員自らが策定に当たっているという。「社員自らが目標とそれを実現するための計画を立てることが、着実な実行を可能にするはずだ」と西井社長は期待を込める。

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