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髙木復興大臣記者会見録[平成27年10月23日]

髙木復興大臣閣議後記者会見録(平成27年10月23日(金)11:00~11:12 於)復興庁)

1.発言要旨
 おはようございます。
 私から1点でございます。本日午後からでありますけれども、福島県の浪江町、葛尾村、川内村を訪問いたしまして、私の就任の挨拶として、各首長さんとの意見交換をさせていただく予定でございます。
 以上でございます。質問ございましたら、どうぞ。
2.質疑応答
(問)昨日、国土交通省が、旭化成建材の杭打ちを行った物件3,040件の内訳の公表、概略を公表しましたけれども、その中で、復興工事にかかわるもの、例えば被災地の災害公営住宅ですとか小中学校の再建等で当該の物件というのはございますでしょうか。
(答)昨日、旭化成建材が公表いたしましたデータは、いわゆる個別物件のデータではございません。ですから、復興事業の該当があるかどうかは今のところわかっておりませんが、復興庁としては、今後は、今、国土交通省において、杭施工時のデータの転用・改変の有無について調査・報告するよう指示をしていると聞いておりますので、まず、国交省の対応状況を注視しつつ連携しながら、必要があれば対応するものと考えているところであります。
(問)楢葉町の避難指示解除に関してお伺いしたいんですけれども、楢葉町の避難指示解除がされて1カ月余り経ちますけれども、まだ住民帰還のほうが5%程度にしか至っていないという現状があります。今後、避難指示解除も順次進んでいかれるかと思うんですけれども、楢葉町の避難指示解除での住民帰還が今後の試金石的な役割になると思うんですが、今後、楢葉町の避難指示解除に伴う住民帰還をするに当たって、どういった取組をされていくかお聞かせください。
(答)私も先般19日だったかと思いますが、安倍総理と一緒に楢葉町へ行ってきました。帰還した住民の方々からは、楢葉町が好きで、楢葉町に戻ったというような前向きな御意見もいただきました。安倍総理もそのときおっしゃっておりましたけれども、避難指示解除というのは、復興の終わりではなくてスタートでございますから、今後、町民の帰還や町の復興、再生をより一層本格化させていく必要があるというふうに考えております。今後とも、一人でも多くの方が帰還できるように、関係省庁あるいは県等と一層緊密に連携しながら生活関連サービスの再開、私も先般見てはまいりましたけれども、買い物だとか医療だとか福祉だとか介護だとか、そういったような充実に向けてこれから全力を尽くしていく、それが一人でも多くの方が帰還していただける道だというふうに思っております。
(問)大臣は就任後、宮城と福島の被災地に足を運ばれていると思いますけれども、岩手は多分まだですよね。岩手の被災地にはいつごろ足を運びたいと思っていらっしゃいますか。
(答)なるべく早くというふうには思っておりますが、正直なところ、もちろん宮城、岩手もまだまだのところございますが、この新しいステージを迎えて、来年迎えるわけでありますけれども、少し道筋はできたかなと、予算あるいはまた人材、こういったものをしっかりとつけていけば10年後には、10年後というのは、要するに、あと5年半でありますけれども、復興になるかなという感触を得ておりますが、福島はなかなかまだそうはいかないような感じもいたしておりますので、まずは、今日もそうでありますけれども、福島を訪問させていただく。もちろんなるべく早く岩手の被災地の皆さんからも、いろいろな声を聞かせていただきたいと思っておりますので、それは極力早く行きたいというふうに思っております。
(問)ラグビーのワールドカップについて2点ほど伺いたいと思います。
 日本スポーツ振興センターの助成委員会が、東京オリンピックやラグビーワールドカップの競技場の整備費として助成をするということを決めたという報道がございました。被災地に配慮するという内容でもございました。ラグビーのワールドカップは釜石市でも開催されることになっております。その整備費というのは課題になっておりまして、地元でも注目されております。この件についての大臣の受け止めを、これがまず1点と、あと、以前に、竹下前大臣が、県や市などと、地元と交えて課題を協議する会合を開きたいというようなことを示していましたけれども、それについての何か具体的なスケジュールがお決まりでしたらお聞かせください。
(答)昨日、事業費の最大4分の3を助成すると、ワールドカップの会場施設整備等にという案が了承されたというふうに聞いておりまして、大変うれしく思っております。要するに、東日本大震災の被災地を支援するものだというふうに思って、うれしく思っているところでございます。
 復興庁といたしましては、例えば、岩手県釜石市で共同開催されるワールドカップの施設整備、いわゆる鵜住居地区ラグビー場を支援するため、これまでも文科省を通じて、スポーツ振興くじの助成が受けられるようにお願いをしてきたところでございます。今後とも、関係者等と十分に連携をいたしまして、岩手県釜石市でのラグビーのワールドカップの開催、そしてまた、更には復興五輪の成功に向けて努力していきたいというふうに考えております。
 2点目でございます。復興スタジアム整備に向けた関係者打ち合わせ、前の竹下大臣が発議をされたというふうに聞いております。近いうちに前の大臣にも入っていただき、あるいは遠藤大臣、知事、釜石の市長、そして日本スポーツ振興センターの理事長、ラグビーフットボール協会の会長などの皆さん方に集まっていただき、私も入りまして会合を持たせていただく予定でございます。積極的に取り組んでまいります。
(問)会合は、その開催地は岩手県か東京かとかというところは。
(答)今のところ、東京でというふうに考えております。
(問)16日の復興推進会議後のぶら下がり会見というか閣議後会見でお伺いしたかったんですが、あのときは、安倍総理が被災地に行くとか、あるいは新しい閣僚の方が決まられて、今後のポストをどうするかということで、被災地としても大変注目した会議だったんですけれども、そのぶら下がり会見で、ちょっと本筋と関係ない質問が出て、大臣はそれに対して、お答えする場でないということでお帰りになられましたけれども、録音を見ると、大体2分程度でした。
 20日の閣議後会見で大臣は、あの場はあくまで復興推進会議のぶら下がりだったということでしたけれども、振り返ると、16日のときに大臣は、復興推進会議についての質問についてはやはり答えようという意思と、又はお時間というのをある程度確保してあったんでしょうか。
(答)はい、もちろんです。復興推進会議についての記者会見、ぶら下がりだと思っておりましたので、その後、質問があればお受けする予定でございました。
(問)でも、実際は、一つ質問が出たときに、大臣は失礼しますと、そのまま会見が終わってしまったわけですけれども、なぜ打ち切られたんでしょうかね。
(答)ああいった場所は、復興推進会議のぶら下がりでありますから、まず、やっぱりそういった御意見、御質問をいただけるものというふうに思っておりましたが、いきなり関係のない質問でございましたので、これは、それは勝手な判断といえばそうかもしれませんけれども、そういった復興推進会議あるいは復興に関する質問は今日はないのだなというふうに判断をさせていただいたということでございます。
(問)少なくとも私は用意していたんですけれども、それはさておきまして、そうすると、復興についての課題を議論しなければならないことは当然あったと思います。それについて答える意思も大臣はお持ちで、時間もある程度用意していた。ところが、関係のない質問が来たから切ってしまうというのはですね、外形的に見ると、都合が悪い質問があったら、課題があっても帰ってしまうのかなと、そういう印象を実は持っています、被災地ではかなり、土日の話もいろいろありましたので。それについては、大臣、復興政策に対する向き合い方として、もしかしたら間違ったメッセージを発しているのかもしれませんので、それについて御説明をお願いいたします。
(答)いろいろと週刊誌報道がございます。そのことにつきましては、この火曜日にお話ししたとおりでございます。そういったことがあるから復興の妨げになるとか、私の仕事に支障を来すとか、そういうことのないようにしっかりと、まさに今日も行きますし、現場主義、そしてまた被災地に寄り添った形でしっかりとこれからも私の大臣としての職責を果たしていくというのが私の務めだというふうに思いますし、ぜひ、被災地の皆様方にはそういった思いで取り組ませていただきますので、御理解いただければというふうに思います。
(問)1983年に、大臣の父親であらせられます敦賀市の当時の市長が、原発推進の講演会で、「50年後、100年後に生まれた子供はかたわになるかもしれない。原発は金になる」というような発言をしまして、当時問題となりました。原発災害からの復興をあずかる大臣として、この御自身の父親の公人としての発言についてどのような見解をお持ちですか。
(答)非常に昔のことでもありますし、つぶさに父親の発言を詳細に知っているわけではありませんけれども、それは、もしそういう発言があるとするならば、遺憾なことだというふうに思います。多分、私の推測でありますけれども、父親も必ずしもそうした趣旨で申し上げたんではなくて、よくありがちでありますけれども、多分前後の発言等話を聞いていただければ、それだけが全てだということではないと思います。しっかりと地元の皆さん方と共同歩調しながら理解をいただきながら、そして、あくまで安全というものを最優先に、父親も私もそうでありますけれども、その原子力政策を進めてきたと、私はそのように認識をいたしております。

(以    上)

 
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