岩手・宮城・福島の産業復興事例集30 2019-2020 東日本大震災から9年~持続可能な未来のために
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2011年11月、福島市大波地区で作られた米から、国が定める食品暫定基準値を超えるセシウムが検出された。当時の佐藤雄平県知事が福島の米が安全であるとPRしたわずか数日後だっただけに、福島の米に対する信頼は一気に落ちた。県は翌年から、農地にカリウムをまくなど土壌の改善にも力を入れ、出荷される米の全量全袋検査をスタートさせる。「当初は検査の仕組みも完全ではなかったので、米を集荷する業者との連携がうまくいかないこともあったりして、手間は増えましたね。それでもおいしい米を作る努力は続けていました」(晃司氏)。地域の稲作を絶やしてはいけないという、就農当時の気持ちを忘れず米作りに没頭した晃司氏。2014年にはブロックローテーションが廃止となり、作付面積を拡大。米作りをやめた農家の田んぼも借り、売り上げは増加していった。しかし、風評には頭を悩ませることになる。絵美氏は当時の苦悩を次のように振り返る。「子どもたちには自分たちの作った米を食べさせていました。でも、小さい子どもを持つ母親の中には、本当に福島の米を食べさせて大丈夫なのかと言う人もいて、そういう言葉を聞くとつい不安になることもありましたね。うちで米を買ってくれていた友人の中にも、東日本大震災以降は買わなくなってしまった人もいました」(絵美氏)。自分たちではどうすることもできない風評に対して、加藤夫妻は心無い声に耳を貸すことも、ことさらに安全をアピールすることもなく、ただただおいしい米作りをしている姿を発信し続けた。「過度な主張はせず、自分たちを応援してくれる人たちに目を向けていこうと思ったんです」(晃司氏)。信念を貫く二人の姿勢は、2014年にカトウファームとして法人化するときも変わらなかった。実は、周囲からは法人化を止められていたという。「でも、反対した人は農業法人をやったことがない人ばかり。何事もやってみなければ分からないと思ったので、法人化を決めたんです。また、僕自身が農業を始めたときは農機具などを準備するために多額の借金を負ったこともあって、後々もし子どもが農業をしたいと言ってくれたときに、僕と同じように借金を負わせたくないという思いもありました」(晃司氏)。就農してから多くの人と出会い、風評に苦しめられるも自分たちの信念を貫く米作りをベースにして多くの事業に挑戦したい「GLOBALG.A.P」食品安全や環境保全に配慮した「持続的な生産活動」を実践する企業に与えられる世界標準の認証。G.A.P.はGood Agricultural Practices(適正な農業実践)の略。ブロックローテーション圃ほ場じょう全体を数ブロックに分け、毎年異なるブロックで転作を行う集団転作の手法。同一圃場で同一作物を作ることによる連作障害を避け、転作作物の生産性を上げることが主な目的。「B-eat JAPAN」絵美氏が、福島県内の農家仲間と立ち上げた団体。福島の食や農業者の活動などを、国内だけでなく海外にも幅広くPRする活動を行う。2019年にはパリやバンコクでイベントを開いた。福島3214598

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