被災地での55の挑戦 ―企業による復興事業事例集―
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84 業者だけの利益を求めても、仲買が仲買だけの利益を求めてもビジネスはうまく機能しない。生産者は、両者が存続して初めて事業が成立するものであることを由比漁協関係者との対話から体感した。次に、復興の推進母体となる組織を作ることであった。組織作りでは、「三陸漁業生産組合i」の設立をサポート。幸運にもヤマト福祉財団から資金面等の支援を受けることができ、鮮度管理のための海水製氷機、漁具、冷凍庫、冷蔵庫、漁具等を整備した。八木氏は「人格のあるお金が託されたことは生産者(組合)にとっては意識の面で非常に大きかった」と語る。設立当時はただの組織であったが、この支援をきっかけにしっかりとした組織に育ってきたという。現在、組合は加工も手掛け、販路を確保するため県内外の飲食店とも提携。取引先に水揚げ場所や日時などの情報を提示し、魚介物のトレーサビリティー(生産流通履歴)にも取り組んでいる。 この間、当社は生産者の要望に応え、CAS(セル・アライブ・システム)を導入。CASは千葉のアビー社による最新鋭の冷凍装置である。独自のノウハウにより、解凍後もドリップがないなど高品質の冷凍保存が可能になる。 生産(組合)と販売(当社)を結び(コールドチェーン)、付加価値の高い商品作りに向けた取り組みを加速化させたのがこのCASであった。CASにより魚のおいしさ・鮮度をそのまま冷凍保存し、新鮮なまま消費者に魚を届けるだけでなく、付加価値の高い加工品づくりや安値の魚を冷凍保存することで魚価対策にもつなげられる。 CASの導入は、当社の事業内容も大きく変えた。これまで鮮魚中心であった事業モデルは、①市場では流通ししていなかった魚介を生産組合から積極的に調達し、②消費者視点を活かした付加価値の高い冷凍加工品中心にシフトしている。八木代表は、「被災前は鮮魚専門であったが、消費者が年々包丁を持たなくなっている中で従来のビジネスモデルは成り立たないようになってきていた」と指摘する。 2013年8月、漁師の妻たちが鮮魚で浜の料理を作り、販売する「漁師のおつまみ研究所」が始動。地元漁師が普段なにげなく食べている台所料理をそのまま消費者に届けるためだ。漁師の食文化には、消費者が知らない、地場産品の食べ方がいくつもある。例えば、消費者にしてみればアワビやウニは刺身等にして食べるのが一般的だが、「イヤというほど」食べている彼らは、食べ尽くすために具がアワビだけのカレーを作ったり、ウニを溶いたしょうゆで刺身を味わう。彼らの秘密レシピは単に美味しいというだけでなく、消費者に思いもよらない驚きを与える。つまり、消費者の購買意欲をくすぐる要素は既に産地が食文化として育んできた。ならば、商品と一緒に食文化までも流通させることが高付加価値な商品に繋がるはずだと考えた。現在、漁師のレシピを集めつつ新たな商品開発を実施しており、消費者視点を大事にする当社ならではの取り組みが始まっている。 '4(エッセンス'大切なこと( i 漁業生産組合は、水産業協同組合法(1948年)に基づく組合の一種で、漁業に関わる生産手段の購入、生産物の加工・販売等を協同して行う組合。生産組合には、この他に農業協同組合、事業協同組合等もある。 導入されたCASの写真 郷土料理:ウニの炊き込みご飯 当社は、震災を契機に生産者との連携を強め、水産業の活性化に向けて着実な歩みを進める。両者がうまく機能しているのは、目的やビジョンを共有し連携の相乗効果を図るための仕組みや仕掛けが用意されたためだ。連携を強化するために行った「由比漁協への視察」、「生産組合の設立」と「CASの導入」という仕組みや仕掛けは、生産者の意識を変え、夢のある水産業の追求という目的を再確認させるだけでなく、その実現に向けた手段にもなった。これに加えて、生産者は当社から消費者視点で価値の創ることの重要性・難しさを学び、当社は生産者から消費者への訴求力がある漁師料理を学んだのだ。「漁業には関係の薄かった分野'ex.観光業(との連携も強化していきたい」と八木代表は次なるステージを目指している。

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