被災地での55の挑戦 ―企業による復興事業事例集―
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80 漁業協同組合の組合員2名の保証人が必要であったが、松原社長は保証人無しで買参権を取得している。「今は大手企業も潰れる時代。仮に組合員が保証人になった大手企業が倒産すれば組合自体の存続が危ぶまれる。そうであれば誰も保証人になろうとはしない。その結果、買参権の取得者は徐々に減尐し、市場そのものが衰退する」と説得したのだ。セリに直接参加した結果、中間流通コストを削減でき、多様な魚種を取り扱うことで顧客のニーズにきめ細かく対応することができるようになったという。 2005年には冷凍魚・生鮮魚介類保管施設と加工施設を、2009年には冷凍施設(3000t)を確保した。水産物の卸売商社にも引けを取らない独自の流通システムを構築した理由は、「良い商品を安く提供する」ことに徹底的に拘る経営方針にある。通常の流通システムでは一旦冷凍した原料を2~3回解凍することが多く、鮮度が悪くなり味も落ちてしまう。流通システムを自前で構築したことで、解凍は1回だけで済むようになり、新鮮・安全な商品(原料と加工品)を提供することが可能になった。活魚の場合は、加工場内に設置された生簀で一時保管した後、自社で保有する活魚車を使用し、輸送時の鮮度を管理する。また、大型冷凍倉庫を完備することで原料の大量仕入れが可能になった。鮮魚を大量購入した場合は加工場で下処理を施した後に冷凍倉庫にストック。イカやキンキ等通年で使用する魚介は相場が下がりやすい旪の時期に1~2年分先買いし、冷凍保存するという。 当社は流通システムの構築と並行して、積極的な出店戦略を展開。100坪150~200席を標準規模としてする多店化を進めてきた。出店は居抜き物件が主体で初期投資は一部の店を除き、4500万円以下に抑え、家賃も1坪あたり2万円以下が基準という。これにより駅至近の好立地に店舗を構えながら低コストでの開業を実現している。また、直営店舗数を拡大させることは食材・原料の有効利用を可能にする。例えば、煮付けに用いるカサゴは、成長が進むと皮の色合いが落ちるため市場価値が大きく下がる。当社はそうしたカサゴを破格値で一度に大量購入する。煮付けであれば皮の色合いは問題にはならず、むしろ身に脂が乗って品質は向上するという。さらには加工場では商品にならない部分、例えば魚のあら等は外食事業やホテルの食事に有効活用する等、徹底的なコスト削減を図る経営を行ってきた。 '3(チャレンジ'挑戦( ところが津波によって運営するホテル等が壊滅的な被害を受け、当社は多額の負債を負った。復旧にあたっては「中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業(グループ補助金)」を一部活用できたが、7億円の被災額のほとんどを自己調達しなければならなかった。また、地震によって設備や内装が破壊された店舗の復旧には億単位の損害が発生し、復旧資金も全て自前で調達するしかなかった。震災による負債が大きかったことで震災前に直営店舗であった新宿の店舗はフランチャイズ化せざるを得なかったという。しかし、加工場、冷凍倉庫等の主要な生産設備には大きな被害がなかったこともあり、震災後は新たな収益力の確保を目指し卸売事業を本格化させている。2013年9月には、農林水産省の「農村漁村6次産業化対策整備費補助金」が活用できたことで、加工場の改装と冷凍倉庫を5000トン規模に拡張。これまでも外食企業等に食材を卸していたが、売上規模は全体の10%程度だった。単なる食材供給だけでなく、食材と商品提案をセットで売り込む等、自社で外食店を運営する強みを活かした卸売事業の拡大を図り、今後は売上高の50%まで引き上げる予定。松原社長は「マグロを使った新商品開発等も考えている。塩釜はかつてマグロ日本一の漁獲量だったにもかかわらず、マグロに関するお土産がない。発売中のクジラの生ハムに続き、マグロの生ハムを開発し、土産物品店に卸していきたい」と語っている。 '4(エッセンス'大切なこと( 本事例は、独自の流通システムを構築した点に加え、複数の事業で経営資源を共有化し、経済性を高めている点も特徴である。加工場、冷凍倉庫という経営資源がシナジーの期待される複数の事業'水産加工業、外食業、ホテル業等(に共通して活用されることで「範囲の経済性」を可能にする経営が実現されている。 当社の加工装置

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